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異界の旅人と運命の少女  作者: はるきち
第一章『ヴァレンシュタイン辺境伯』
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一章7 初めての魔法

ローデン城の訓練場。

朝の冷たい空気の中、悠真は右手を前へ伸ばしていた。

手のひらには、淡い光が浮かんでいる。


「……これが魔法か」


何度見ても、不思議な感覚だった。

自分の身体の中にある何かを意識し、それを手のひらへ集める。

すると、光が生まれる。

科学でも手品でもない。

本物の魔法だ。


「喜ぶのはまだ早い」


正面に立つレオンハルトが言った。


「今のお前ができるのは、魔力を外へ出しただけだ」


「魔法じゃないんですか?」


「魔法の第一歩ではある」


レオンハルトは訓練場の端に置かれていた木製の的を指差した。


「次は、魔力を形にする」


「形?」


「炎、水、風、土。属性によって方法は異なる。だが、まずは自分の魔力を正確に操れ」


悠真は頷いた。


「分かりました」


隣にいたエレナが声をかける。


「力を入れすぎないでね」


「どういうこと?」


「魔力は筋肉と同じよ。無理に動かそうとすれば疲れる」


「なるほど」


「最初は小さくていいの。自分の中にある魔力を感じて、それを手のひらへ集める」


「やってみる」


悠真は再び目を閉じた。

身体の奥へ意識を集中する。

昨日感じた熱。

それを探す。


「……」


胸の奥。

小さな鼓動のような感覚。

それが少しずつ強くなる。

悠真はその力を右腕へ流していく。


肩。

肘。

手首。


そして――手のひら。


「……!」


光が生まれる。

先ほどよりも強い。


「そのまま」


レオンハルトが静かに告げる。


「力を外へ押し出せ」


「……こうか!」


悠真が手を前へ突き出す。


――バシュッ!


小さな光の塊が飛び出した。

そして、木製の的にぶつかる。


ドンッ。


的が僅かに揺れた。


「……当たった」


悠真は目を丸くする。


「当たった!」


「成功ね」


エレナも嬉しそうに笑った。


「やった!」


悠真は思わず拳を握った。


「初めての魔法だ!」


「まだ魔力弾だけどね」


「それでも魔法だろ?」


「そうね」


エレナは楽しそうに笑う。

レオンハルトも僅かに頷いた。


「悪くない」


「本当ですか?」


「ああ」


レオンハルトは的を見る。

中央には小さな亀裂が入っていた。


「初日としては十分だ」


「よし!」


悠真は嬉しそうに笑う。

しかし、その直後。


「……っ」


身体から力が抜けた。


「ユウマ!」


エレナが慌てて駆け寄る。


「大丈夫?」


「大丈夫……ちょっと疲れただけ」


悠真は膝に手をつく。

息が少し荒い。


「これが魔力切れ?」


「そうよ」


エレナが答える。


「最初はすぐに疲れるわ」


「なるほど……」


レオンハルトが悠真を見る。


「今日はここまでだ」


「え?」


「これ以上続ければ倒れる」


「でも、もう少し……」


「焦るな」


レオンハルトの声は厳しかった。


「力を得ることより、力を制御することの方が重要だ」


悠真は黙って頷いた。


「……分かりました」


レオンハルトは少しだけ表情を和らげる。


「休めば、また使えるようになる」


「はい」


悠真は自分の手を見る。

僅かに震えている。

魔法を使っただけで、これほど疲れる。

この世界で生きていくなら、もっと鍛える必要がある。

そう思った。


――――――――


昼過ぎ。

悠真は自室で休んでいた。

ベッドに横になりながら、何度も自分の手を見る。


「魔法……か」


昨日まで存在すら知らなかった力。

それを自分が使った。

その事実が嬉しかった。


コンコン。


「どうぞ」


扉が開く。


「失礼します」


セシリアだった。


「お加減はいかがですか?」


「もう大丈夫です」


「それはよかったです」


セシリアは小さな盆を机に置く。


「こちらをどうぞ」


「これは?」


「魔力を消耗した後に飲むと良い薬草茶です」


「薬草茶?」


「はい。疲労回復に効果があります」


悠真はカップを手に取る。

一口飲んだ。


「……苦い」


「ふふっ」


セシリアが笑う。


「我慢してください」


「これ、本当に効くんですか?」


「ええ。昔から使われていますから」


悠真は渋々飲み続ける。


「そういえば、セシリアさん」


「はい?」


「ここって、メイドさんが三人いるんですよね?」


「はい。私とフィオナ、エステルの三人です」


「三人でこの城全部を?」


「もちろん、他にも使用人はおりますよ」


「そうだったのか」


悠真は少し安心した。


「昨日から何でも三人でやっているように見えたから」


「フィオナは少々働きすぎるところがありますから」


「確かに」


悠真は思い出す。

フィオナは朝から元気に動き回っていた。

エステルは無駄なく仕事をこなし、セシリアは全体を見ている。

それぞれに違う役割があるのだろう。


「この城にいると、何だか不思議な感じがします」


「不思議、ですか?」


「はい。俺の世界とは全然違うのに……」


悠真は窓の外を見る。


「少しずつ慣れてきた気がします」


「それは良いことです」


セシリアは穏やかに微笑んだ。


「ローデン城を、どうか自分の居場所だと思ってください」


「……ありがとうございます」


セシリアが部屋を出た後、悠真は静かに目を閉じた。

この世界に来てから、まだ三日。

それでも、自分を受け入れてくれる人たちがいる。

そのことがありがたかった。


――――――――


夕方。

悠真が中庭へ出ると、エレナが一人で剣を振っていた。


「エレナも剣を使うのか?」


悠真が声をかける。


「少しだけね」


エレナは剣を止める。


「魔法だけじゃなくて、護身のために覚えているの」


「へえ……」


悠真は興味深そうに剣を見る。


「ちょっと見せてくれないか?」


「いいわよ」


エレナが構える。


次の瞬間――。


一歩。

二歩。


滑るように踏み込み、剣を振る。


速い。


「……すごい」


悠真は思わず呟いた。


「そんなに?」


「昨日の魔法もそうだけど、エレナって結構強いんだな」


「まだまだよ」


エレナは剣を鞘へ戻す。


「この城には私より強い人がたくさんいるもの」


「例えば?」


「レオンハルト様とか」


「あの人は別格だろ」


悠真が苦笑する。


「そうね」


二人が笑っていると――。


「エレナ」


背後から声がした。

振り返る。

レオンハルトだった。


「少し話がある」


「私に?」


「ああ」


エレナの表情が少し変わる。


「……分かったわ」


レオンハルトは悠真を見る。


「お前も来い」


「俺も?」


「関係のない話ではない」


悠真は首を傾げながら二人についていった。

向かった先は、レオンハルトの執務室だった。

部屋に入ると、机の上には一枚の地図が広げられている。

ヴァレンシュタイン領。

そして、その北に広がる魔境。


「今日、北の監視所から追加の報告が届いた」


レオンハルトが言った。


「魔物の動きが、さらに活発になっている」


「またですか?」


悠真が尋ねる。


「ああ」


レオンハルトは地図の一点を指差した。


「ここだ」


そこは魔境の奥深く。


「昨日の魔獣が出てきた場所より、さらに北だ」


エレナが眉を寄せる。


「そんなところで何が……?」


「分からない」


レオンハルトは答える。


「だが、監視兵から奇妙な報告があった」


「奇妙な?」


「魔物の群れが、何かから逃げるように南へ移動しているらしい」


悠真の表情が変わる。


「魔物が逃げている?」


「そうだ」


「何から?」


「それが分からない」


室内に沈黙が落ちる。

レオンハルトは地図を見つめた。


「魔境の奥で、何かが起きている」


その言葉に、悠真は昨日の魔力測定を思い出した。

水晶に現れた白と青の光。

そして――一瞬だけ混じった黒い光。


「……俺の転移と関係してるんでしょうか」


悠真が尋ねる。

レオンハルトは答えなかった。


「まだ何とも言えない」


やがて、そう口にする。


「だからこそ、今は情報が必要だ」


レオンハルトは悠真を見る。


「明日、領内の北側にある村へ兵士を派遣する」


「俺も行っていいですか?」


「駄目だ」


即答だった。


「えっ」


「お前はまだ戦える状態ではない」


「でも……」


「異世界に来たばかりのお前を、危険な場所へ連れていく理由はない」


悠真は黙った。

正論だった。


「……分かりました」


レオンハルトは頷く。


「魔法の訓練を続けろ。まずは自分の身を守れる力を身につけろ」


「はい」


悠真は拳を握った。

いつか。

誰かを守れるくらい強くなりたい。

そう思った。

その横で、エレナは静かにレオンハルトを見ていた。

彼女はまだ知らない。

レオンハルトが自分を守るために、何年も胸の内に秘めている秘密を。


そして――。


その秘密を知る者が、世界でほんの僅かしか存在しないことも。


ローデン城の外。

夕暮れの街道を、一台の馬車が北へ向かって走っていた。

乗っているのは、ヴァレンシュタイン家の兵士たち。

彼らは魔物の異常発生について調査するため、北方の村へ向かっている。

だが、その街道の先。

森の中から、何者かが彼らを見つめていた。


黒い外套。

深く被ったフード。


「……異界の者が、ローデン城へ入った」


男が呟く。


「ならば、こちらも動くとしよう」


男は踵を返す。

その姿は、森の闇へと溶けていった。


――異世界へ転移した青年。

――秘密を抱える少女。

――北方で蠢き始めた異変。


そして、まだ姿を見せぬ敵。

それぞれの運命が、少しずつ交わり始めていた。

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