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異界の旅人と運命の少女  作者: はるきち
第一章『ヴァレンシュタイン辺境伯』
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一章6 異世界での第一歩

ローデン城へ戻る頃には、空はすっかり夕暮れに染まっていた。

馬車の窓から見える空は赤く、遠くの山々が黒い影となっている。

悠真は今日一日で見たものを思い返していた。


魔物。

魔法。

領都で暮らす人々。


そして――辺境伯として領地を守るレオンハルト。


「……色々ありすぎたな」


悠真が呟く。


「そう?」


向かいに座っていたエレナが首を傾げる。


「俺にとっては全部初めてなんだよ」


「ああ……そうだったわね」


エレナは少し申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい。忘れていたわ」


「いや、謝らなくていいって」


悠真は苦笑する。


「むしろ、少しずつ慣れてきた気がする」


「本当に?」


「ああ」


窓の外を見る。


見慣れない景色。

見慣れない建物。

見慣れない人々。


それでも、昨日まで感じていた強い孤独は薄れていた。

理由は分かっている。

ローデン城には、自分を受け入れてくれる人がいる。


エレナ。

セシリア。

フィオナ。

エステル。

そして、レオンハルト。


たった一日。

それだけなのに、少しずつこの世界が自分の居場所になり始めていた。


「……不思議だな」


「何が?」


「昨日まで日本にいたのに」


悠真は小さく笑う。


「今は、あの城に帰るって思ってる」


エレナはしばらく黙っていた。

そして、優しく微笑んだ。


「それなら……よかった」


その言葉に、悠真も笑った。


――――――――


ローデン城へ到着すると、セシリアたちが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ」


「ただいま」


悠真が答える。

その瞬間、自分でも少し驚いた。

自然に「ただいま」と言っていた。

セシリアも気づいたのか、嬉しそうに微笑む。


「お帰りなさい、ユウマさん」


「……なんか、変な感じですね」


「何がでしょう?」


「昨日来たばかりなのに、もう『ただいま』って言ってる」


「ここを家だと思っていただけるのでしたら、私たちも嬉しいですよ」


その言葉に、悠真は照れくさそうに笑った。


「ありがとうございます」


「夕食の準備ができております」


「分かりました」


エレナと共に食堂へ向かう。

その途中、悠真はふと足を止めた。


「そういえば、魔力の訓練は?」


「今日はもう遅いから、明日からよ」


エレナが答える。


「そっか」


「楽しみにしているの?」


「かなり」


悠真は笑った。

自分にも魔力がある。

それが分かっただけで、少しだけこの世界で生きていける気がした。


――――――――


夕食後。

悠真は一人で廊下を歩いていた。

窓の外を見ると、夜のローデン城が広がっている。

城壁の上では兵士たちが警戒を続けている。

昼間の魔物の襲撃があったため、普段より警備が厳しくなっているようだった。


「……眠れないな」


悠真は小さく呟いた。

今日一日、色々なことがあった。

特に気になっているのは、領都で見た黒い外套の男。

レオンハルトが何かを警戒していたことも気になる。

悠真は窓辺に立った。

その時。


「ユウマ?」


背後から声がした。

振り返ると、エレナが立っていた。


「エレナか」


「こんなところで何をしているの?」


「ちょっと考え事」


「昼間のこと?」


「まあな」


エレナも窓の外を見る。


「魔物のこと?」


「それもある」


悠真は少し迷ったあと、口を開いた。


「エレナは、この世界で怖いと思ったことないのか?」


「もちろんあるわ」


「そうなのか?」


「魔物だって怖いし、戦争だって怖い。大切な人を失うことも怖い」


エレナは静かに答える。


「でも、怖いからって何もせずにいるわけにはいかないでしょう?」


「……強いな」


「そうかしら」


「俺なら、逃げたくなる」


「それでも昨日、私についてきたじゃない」


「それは……」


悠真は言葉に詰まった。


「エレナが助けてくれたから」


「じゃあ、お互い様ね」


エレナが微笑む。


「私があなたを助けて、あなたが私についてきた」


「それだけ?」


「今は、それだけでいいんじゃない?」


悠真は少し笑った。


「そうだな」


しばらく二人で夜空を眺める。

二つの月。

日本では見ることのできない、不思議な景色。


「綺麗だな」


「ええ」


「俺の世界にも月は一つしかなかった」


「一つ?」


「ああ」


「変な世界ね」


「そっちも十分変だよ」


二人は笑った。


穏やかな時間だった。

しかし――。


その頃。

ローデン城の別の場所では、レオンハルトが一人の兵士から報告を受けていた。


「領都で不審者が確認されました」


「例の男か?」


「おそらく」


「特徴は?」


「黒い外套。顔は確認できませんでした」


「追跡は?」


「途中で見失いました」


「そうか」


レオンハルトは机の上に置かれた地図を見る。

そこにはヴァレンシュタイン領と北方の魔境が描かれている。


「魔物の異常発生と同じ時期に現れた不審者……」


偶然とは考えにくい。


「北の監視所へ連絡を」


「はっ」


兵士が退室する。

部屋に静寂が戻る。

レオンハルトは地図の北側を見つめた。

そこには、誰も近づくことのできない地域が記されている。


――魔境。


数百年前から魔物が棲みつき、人間の支配が及ばない場所。


「……何を企んでいる」


レオンハルトが呟いた。


その時。


扉がノックされた。


「入れ」


「失礼します」


入ってきたのはセシリアだった。


「旦那様」


「どうした?」


「エレナ様とユウマさんが、先ほど廊下で話しておられました」


「そうか」


「お二人とも、随分と仲良くなられたようですね」


レオンハルトは少しだけ黙った。


「……ああ」


セシリアが続ける。


「ユウマさんを、このまま城に置かれるおつもりですか?」


「今のところはな」


「異世界から来たということが、やはり気になりますか?」


「それもある」


レオンハルトは椅子から立ち上がる。


「だが、もう一つある」


「もう一つ?」


「エレナだ」


セシリアの表情が少し変わる。

レオンハルトは窓の外へ目を向けた。


「ユウマがエレナと出会ったことが、偶然なのかどうか……」


「……」


「私はまだ判断できない」


セシリアは何も答えなかった。

レオンハルトだけが知っている。

エレナには、決して他人に知られてはならない秘密がある。

その秘密が、いつかエレナ自身を苦しめることになるかもしれない。

だからこそ――。


「エレナは、私が守る」


レオンハルトは静かに言った。


「何があろうとな」


――――――――


翌朝。

悠真は再び訓練場へ向かっていた。


「今日は魔法の練習だな!」


「そんなに楽しみなの?」


隣を歩くエレナが笑う。


「昨日からずっと楽しみにしてた」


「じゃあ、最初は簡単な魔法からね」


「分かった」


訓練場には、すでにレオンハルトが待っていた。


「来たか」


「はい」


「今日は魔力を操る練習をする」


レオンハルトが手を差し出す。


「魔法は、魔力を感じるところから始まる」


「感じる?」


「ああ」


悠真は目を閉じる。


「体の中にある力を意識しろ」


言われた通りに集中する。

最初は何も感じない。

だが――。


「……?」


胸の奥に、僅かな熱を感じた。

それは徐々に広がり、身体の中を巡っていく。


「これが……魔力?」


「そうだ」


「分かる……」


悠真が目を開く。

手のひらを見る。

すると、そこに小さな光が浮かんだ。


「おお……!」


淡い光。

まだ弱々しい。

それでも確かに、自分の意思で生み出したものだった。


「成功ね」


エレナが笑う。


「すごいな……」


悠真は自分の手を見つめる。

異世界へ来て二日。

初めて、自分自身の力を使った瞬間だった。

レオンハルトはその光を見つめていた。


「……やはり」


その呟きは、誰にも聞こえなかった。


悠真の魔力。


そして昨日、水晶に一瞬だけ現れた不可思議な反応。

レオンハルトはまだ、その意味を知らない。

だが確信していた。

神谷悠真という青年は――。


この世界にとって、決して無関係な存在ではない。

そして、その青年がエレナと出会ったこともまた。

決して、ただの偶然ではないのかもしれない。

ローデン城で始まった悠真の異世界生活。

その第一歩は、静かに踏み出された。

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