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異界の旅人と運命の少女  作者: はるきち
第一章『ヴァレンシュタイン辺境伯』
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一章4 北門の戦い

警鐘が鳴り響くローデン城。

城内の空気は、先ほどまでとは一変していた。


「北門、開けるな!」


「弓兵は城壁へ!」


「魔法兵は配置につけ!」


兵士たちが慌ただしく走り回っている。

悠真は中庭から城壁へ続く階段を上りながら、その光景を呆然と見ていた。


「……本当に魔物が来るのか?」


「ええ」


隣を歩くエレナが答える。


「でも、ローデン城は何度も魔物の襲撃を退けているわ」


「そうなのか?」


「ここは北方の防衛拠点だから」


エレナの声は落ち着いている。

しかし、その手は僅かに握り締められていた。

怖くないわけではない。

それでも、この城で暮らす者として覚悟を決めているのだろう。

城壁の上に出ると、北側の森が一望できた。

遠くの木々が大きく揺れている。


そして――。


「……来た」


誰かが呟いた。

森から、一匹の魔狼が飛び出した。


続いて二匹。

三匹。

十匹。


次々と黒い影が森から姿を現していく。


「多いな……」


悠真は息を呑んだ。

昨夜、自分を襲った魔物と同じ種類。

だが、数が違う。

さらに奥から巨大な影が現れた。


「オーガです!」


兵士の叫び声。

身長三メートルを超える巨体。

赤黒い肌。

手には巨大な棍棒。


それが一体だけではない。


「三体……いや、五体いるぞ!」


兵士たちの間に緊張が走る。


「落ち着け!」


城壁の上にレオンハルトが姿を現した。


その一言だけで、騒がしかった兵士たちが静まり返る。


「魔狼は弓兵が処理する。オーガには魔法兵を集中させろ」


「はっ!」


「城壁に近づけさせるな」


「了解!」


レオンハルトは冷静だった。

まるで、この程度の襲撃は何度も経験しているかのように。


「放て!」


号令と同時に、弓兵たちが一斉に矢を放つ。

無数の矢が空を切り、魔狼の群れへ降り注ぐ。


「ギャウッ!」


一匹が倒れる。

しかし、残りの魔狼は止まらない。

さらに距離を詰めてくる。


「魔法兵!」


レオンハルトが叫ぶ。


「撃て!」


数十人の魔法兵が一斉に手を掲げた。


炎。

風。

氷。


様々な魔法が森へ向かって放たれる。

轟音が響き、地面が震える。


「すごい……」


悠真は目を見開いた。

昨日エレナが使った魔法とは規模が違う。

これが、この世界の戦いなのか。


「ユウマ!」


エレナの声で我に返る。


「ここから離れて!」


「でも……」


「あなたはまだ戦えないでしょう?」


「……そうだけど」


「だったら、今は見ているだけでいい」


エレナの言葉に、悠真は悔しそうに拳を握った。

何もできない。

それが、こんなにも歯がゆいとは思わなかった。


その時――。


「右側から来ます!」


兵士の叫び声。

悠真が振り向く。

城壁の右手。


森の中から、一体の巨大な魔物が飛び出してきた。


「何だ、あれ……」


オーガよりさらに大きい。


 全身を黒い毛で覆われ、頭には二本の角が生えている。


「魔獣……?」


エレナが呟いた。


「違う……」


レオンハルトが低く言う。


「これは……魔境深部にいるはずの種だ」


レオンハルトの表情が変わった。


「なぜ、こんな場所まで出てきた?」


魔獣が咆哮する。


「グォォォォォッ!」


その声だけで、周囲の空気が震えた。

兵士たちが怯む。


「まずい……」


魔獣が城壁へ向かって突進する。


「迎撃!」


魔法兵が一斉に魔法を放つ。


炎が。

雷が。

氷が。


次々と魔獣へ命中する。


しかし――。


「効いてない……?」


悠真は目を疑った。

魔獣は身体を震わせただけで、そのまま走り続けている。


「来るぞ!」


誰かが叫ぶ。

魔獣が城壁へ飛びかかった。


――ドォンッ!


巨大な衝撃音。

城壁全体が揺れた。


「うわっ!」


悠真の身体がよろめく。

エレナが腕を掴んで支える。


「大丈夫?」


「ああ!」


しかし、城壁の一部に亀裂が入っている。


「このままでは突破されます!」


兵士が叫ぶ。

レオンハルトが前へ出た。


「全員、下がれ」


「閣下?」


「私がやる」


レオンハルトが腰の剣を抜く。


その瞬間。

空気が変わった。

先ほどまで戦場を包んでいた緊張とは違う。


圧倒的な威圧感。

レオンハルトが城壁から飛び降りた。


「えっ――」


悠真が目を見開く。

地面へ着地したレオンハルトは、魔獣の前に立った。

魔獣が咆哮する。

レオンハルトは微動だにしない。


「……来い」


魔獣が突進する。

レオンハルトは一歩だけ踏み込んだ。


そして――。


一閃。


巨大な魔獣の身体が、真横に切り裂かれた。


「……え?」


悠真は言葉を失った。

あまりにも一瞬だった。

魔獣の巨体が地面に倒れる。

周囲が静まり返った。


「すごい……」


誰かが呟く。


「これが……」


別の兵士が続ける。


「ヴァレンシュタイン閣下……」


レオンハルトは剣を振って血を払い、ゆっくりと城壁を見上げた。


「残りを片付けろ」


「はっ!」


兵士たちが一斉に動き出す。

戦場は再び慌ただしくなる。

しかし、悠真はレオンハルトから目を離せなかった。

昨日、初めて会った時にはただの威厳ある貴族に見えた。


違う。

この男は――。


戦場に立つための人間だ。


「王国最強の騎士でもないのに……」


悠真が呟く。


「これほど強いのか……」


エレナが静かに答える。


「レオンハルト様は、ヴァレンシュタイン家に生まれた騎士よ」


「騎士……」


「そして、この北方を守る人」


しばらくして、最後の魔狼が倒れた。

戦いは終わった。

兵士たちから安堵の声が上がる。

だが、レオンハルトの表情は険しいままだった。


「……おかしい」


彼は倒れた魔獣を見つめていた。


「何がですか?」


悠真が尋ねる。


「この魔獣は、本来なら魔境のさらに奥にいる」


「それが、ここまで来た?」


「ああ」


レオンハルトは北の森を睨む。


「何かが起きている」


その言葉を聞き、エレナも森へ目を向けた。


「魔物たちが、何かから逃げている……?」


「可能性はある」


レオンハルトは頷く。


「魔物が人里へ下りてくる時には、必ず理由がある」


悠真は黙り込んだ。

そしてふと、昨日のことを思い出す。

自分がこの世界へ来た直後。

森で魔物に襲われた。


そして今日。

大量の魔物がローデン城を襲った。

偶然なのだろうか。


「……俺が来たから?」


悠真が小さく呟く。

エレナが振り返る。


「ユウマ?」


「いや……なんでもない」


レオンハルトはその言葉を聞いていた。

しかし、何も言わなかった。

ただ静かに北の森を見つめている。


その森のさらに奥。

人の足が踏み入れることのない魔境の深部では――。

一人の黒衣の男が、静かに空を見上げていた。


「……異界の門が開いたか」


男は小さく笑う。


「ならば、すべてが予定通りだ」


その言葉を聞く者は、誰もいない。

そしてローデン城ではまだ誰も知らなかった。

今回の魔物の襲撃が、単なる異常現象ではなかったことを。


神谷悠真の異世界転移と、この世界で起き始めた異変。


二つの出来事は、やがて一つの大きな運命へと繋がっていくことになる。

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