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異界の旅人と運命の少女  作者: はるきち
第一章『ヴァレンシュタイン辺境伯』
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一章2 異世界の朝

翌朝。

神谷悠真は、見知らぬ天井を見上げながら目を覚ました。


「……ん?」


しばらくぼんやりと天井を眺める。


白い天井。

木製の梁。

見慣れない家具。

そして、窓から差し込む柔らかな朝日。


「……そうか」


昨日の出来事が、少しずつ蘇ってくる。


突然の転移。

見知らぬ森。

魔物。

そして――エレナ。


「……夢じゃなかったんだな」


悠真はベッドから身体を起こした。

部屋の中を見回す。

昨夜は疲れ切っていて気づかなかったが、かなり広い部屋だった。

ベッドのほかに机と椅子、衣装棚。

窓際には小さなテーブルまで置かれている。

貴族の屋敷らしい上品な造りだ。


「これ……俺が使っていいのか?」


昨日、レオンハルトからこの部屋を使うよう言われた。

異世界に来たばかりの人間を、いきなり客人として扱う。

普通ならあり得ないことだろう。


しかし――。


コンコン。


「失礼いたします」


扉の向こうから声が聞こえた。


「どうぞ」


扉が開く。


「おはようございます、ユウマさん」


入ってきたのはセシリアだった。

手には白い布を掛けたトレイを持っている。


「おはようございます」


「よく眠れましたか?」


「はい。久しぶりに……というか、こんなに安心して眠ったのは久しぶりかもしれません」


「それはよかったです」


セシリアは穏やかに微笑む。


「朝食の準備が整っております。身支度が済みましたら食堂へお越しください」


「あ、はい」


セシリアが部屋を出ようとする。


「あの、セシリアさん」


「はい?」


「昨日の服……俺の服って、どうなってます?」


「洗濯をしております。少々傷んでいたので、エステルが補修しているところです」


「え?」


悠真は自分の服を見た。

転移する前に着ていたシャツとズボン。

確かに昨日は魔物から逃げ回ったせいで、かなり汚れていた。


「すみません。そこまでしてもらって」


「お気になさらず」


セシリアは首を横に振る。


「それから、こちらを」


彼女が持っていたトレイから、折り畳まれた衣服を取り出した。


「旦那様が用意させました」


「俺に?」


「はい」


渡されたのは、白いシャツと黒いズボン。

どちらもシンプルだが、仕立てが良い。


「サイズも合うと思います」


「ありがとうございます」


「それでは、食堂でお待ちしております」


セシリアが一礼して部屋を出ていく。

悠真は服を見つめた。


「……本当に異世界に来たんだな」


そう呟きながら、着替えを始めた。


――――――――


身支度を整えた悠真が食堂へ向かうと、そこにはすでに何人かの人がいた。


「おはようございます、ユウマさん!」


明るい声。


 フィオナだった。


「おはよう、フィオナ」


「まあ! とても似合っていますよ」


「そう?」


「はい。まるでこの城の人みたいです」


「それはさすがに言い過ぎじゃない?」


悠真が苦笑すると、フィオナも笑った。


「そんなことありませんよ」


その隣では、エステルが食器を並べている。


「おはようございます」


「おはよう、エステル」


「昨夜はよく眠れましたか?」


「おかげさまで」


「それなら何よりです」


エステルは淡々としているが、表情は穏やかだった。


そして、食堂の奥。

窓際の席にエレナが座っていた。


「おはよう、ユウマ」


「おはよう」


「昨日は大丈夫だった?」


「かなり寝たから平気」


「そう」


エレナが微笑む。

その表情を見て、悠真は少しだけ安心した。

昨日、森で出会った時は命の危険に晒されていた。

それが今では、こうして朝食を共にしている。

不思議な感覚だった。


「座って」


エレナが向かいの席を指す。


「ありがとう」


悠真が席に着く。

しばらくして料理が運ばれてきた。


焼いた肉。

パン。

スープ。

見たことのない野菜。


「……うまそう」


思わず声が漏れる。


「どうぞ召し上がってください」


セシリアが微笑む。

悠真はパンを手に取り、一口食べた。


「……!」


素朴な味だった。

しかし、昨日から何も食べていなかった悠真には、それだけで十分すぎるほど美味しかった。


「美味しい……」


「それはよかったです」


セシリアが嬉しそうに微笑む。

エレナも小さく笑った。


「そんなに?」


「昨日から何も食べてなかったから」


「ああ……そうだったわね」


食事を進めながら、悠真はこの世界について質問した。


「なあ、エレナ」


「何?」


「この世界には、本当に魔法があるんだよな?」


「もちろん」


「誰でも使えるのか?」


「誰でも、というわけではないわ。魔力を持っている人なら、ある程度は」


「魔力……」


「魔法には火、水、風、土、それから光や闇。人によって得意な属性も違うの」


「なるほど」


悠真は昨日、エレナが魔法で魔物を吹き飛ばした光景を思い出した。


「あれも魔法だったのか?」


「ええ」


「すごかったな」


「そう?」


「俺の世界には魔法なんてなかったから」


「あなたの世界では、本当に魔法がないの?」


「少なくとも俺が知っている限りでは」


エレナは興味深そうに悠真を見る。


「じゃあ、あなたの世界には何があるの?」


「車とか、電車とか、飛行機とか……」


「飛行機?」


「空を飛ぶ乗り物」


「魔法なしで?」


「ああ」


エレナは驚いた顔をした。


「それはすごいわね」


「こっちからしたら魔法のほうがすごいけどな」


二人が話していると――。


「楽しそうだな」


低い声が食堂に響いた。

悠真が振り返る。

そこにはレオンハルトが立っていた。


「おはようございます、旦那様」


セシリアたちが一礼する。


「おはよう」


レオンハルトは悠真の向かい側に座った。


「よく眠れたか?」


「はい。おかげさまで」


「そうか」


レオンハルトは短く答えた。

そして、朝食を取りながら悠真に告げる。


「今日は城内と領都を案内させよう」


「俺にですか?」


「この世界で生きるなら、まずは自分がいる場所を知っておけ」


「ありがとうございます」


「それと――」


レオンハルトが悠真を見る。


「午後から魔力の適性を調べる」


「魔力?」


「昨日の話を聞く限り、お前は魔法を知らないようだが」


「はい」


「異世界から来た人間だからといって、魔力を持っていないとは限らない」


悠真は目を見開いた。


「俺にも……魔法が使える可能性がある?」


「可能性はある」


その言葉に、悠真の胸が少しだけ高鳴った。


異世界。

魔法。

魔物。

そして――自分自身の力。


もし自分にも魔法が使えるのなら。

悠真は思わず拳を握った。


「……ちょっと楽しみになってきたな」


エレナが笑う。


「ふふっ。昨日まであんなに困っていたのに」


「そりゃ困るだろ。いきなり異世界だぞ?」


「それもそうね」


穏やかな時間だった。


しかし――。


レオンハルトだけは、悠真の言葉を聞きながら静かに考えていた。


異世界から来た青年。

突然現れた少女。

そして、二人を結びつけた偶然。


果たして本当に、すべてが偶然なのか。

レオンハルトは窓の外へ視線を向けた。


北の空。

そこには黒い雲が広がっていた。


「……嫌な風だな」


誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

この時、ローデン城から遠く離れた場所では――。

黒いローブを纏った者たちが、静かに動き始めていた。

だが、そのことを知る者はまだいない。


悠真も。

エレナも。

そして、この城の誰も。


――新たな運命の歯車が、すでに回り始めていることを。

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