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異界の旅人と運命の少女  作者: はるきち
第一章『ヴァレンシュタイン辺境伯』
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一章14 《嫉妬》のリゼリア

――北門。

黒い霧が森を覆っていた。

その中心に立つ女――リゼリア・ノクスは、まるで戦場そのものを楽しんでいるかのように微笑んでいる。


「終焉教団、第二席《嫉妬》……」


セドリックが剣を構える。


「一人で乗り込んでくるとは、随分と余裕だな」


「あら」


リゼリアが紅い瞳を細める。


「副団長さん、怖い顔ね」


「貴様……」


「でも、私はあなたには興味ないわ」


リゼリアの視線が、真っ直ぐにアルトリウスへ向く。


「私が興味があるのは――」


その先。

城の中を見つめる。


「彼女だけ」


「エレナのことか」


アルトリウスが問う。


「ええ」


リゼリアは嬉しそうに笑った。


「やっぱり知っているのね」


「彼女には何の罪もない」


「罪?」


リゼリアは首を傾げる。


「そんな話をしているんじゃないわ」


「なら、何が目的だ」


「知りたい?」


「ああ」


「ふふ……」


リゼリアは一歩前へ出る。


「――あの子は、私たちにとって特別なのよ」


アルトリウスの表情が険しくなる。


「特別、だと?」


「ええ」


リゼリアは楽しそうに笑う。


「でも、今はまだ教えない」


「ならば、ここから立ち去れ」


「嫌よ」


黒い魔力が彼女の周囲に集まり始める。


「だって――」


リゼリアの紅い瞳が妖しく輝く。


「あなたたちが、あの子を守ろうとしている顔を見るのが面白いんだもの」


アルトリウスは剣を構えた。


「……くだらない」


「そう?」


リゼリアも手を上げる。


「じゃあ、試してみましょうか」


次の瞬間――。

黒い魔力が爆発した。


「総員、散開!」


アルトリウスの声が響く。


――ドォン!


地面が砕ける。

黒い衝撃波が北門へ向かって走った。


「くっ!」


聖騎士たちが盾を構える。

だが、衝撃波は盾を容易く吹き飛ばした。


「うわぁっ!」


「隊列を崩すな!」


セドリックが叫ぶ。

アルトリウスだけは、その場から動かなかった。


「……」


剣を片手に構える。

黒い魔力が迫る。


「――ふっ!」


アルトリウスが剣を振る。

白銀の斬撃が走った。

黒い魔力が真っ二つに切り裂かれる。


「……!」


リゼリアの目が僅かに見開かれた。


「さすがね」


「その程度か」


アルトリウスが前へ出る。


「王国最強の騎士……」


リゼリアは嬉しそうに笑う。


「やっぱり、あなたは面白いわ」


アルトリウスが一気に距離を詰める。


――ガキィン!


剣と黒い魔力が衝突する。

凄まじい衝撃。

地面が震える。


「団長!」


セドリックが叫ぶ。


「手を出すな!」


アルトリウスが叫び返す。


「こいつは俺が相手をする!」


「しかし――」


「他の者は城を守れ!」


「……了解!」


セドリックが振り返る。


「全員、北門を固めろ!」


「はっ!」


聖騎士たちが一斉に動く。


――――――――


ローデン城内。

エレナは窓から北門の方角を見ていた。

遠くで何度も爆発音が響いている。


「……アルトリウスさん」


悠真も不安そうにしている。


「大丈夫かな」


「きっと大丈夫よ」


「でも、相手は終焉教団の幹部なんだろ?」


「……」


エレナは答えられなかった。

胸の奥に、また奇妙な感覚が走る。


――誰かが、自分を呼んでいる。


「エレナ?」


「……また」


エレナが胸元を押さえる。


「何か聞こえるの?」


「声じゃないわ」


目を閉じる。


「もっと……近い」


「近い?」


「うまく言えない」


その時。


「エレナ!」


レオンハルトが部屋へ入ってきた。


「ここにいたか」


「レオンハルト様」


「今すぐ地下の避難室へ行け」


「でも、北門が……」


「アルトリウスがいる」


レオンハルトは断言する。


「あの男なら、そう簡単には負けない」


「……はい」


エレナは頷く。

しかし――。

窓の外を見た瞬間。


「……!」


エレナの目が見開かれた。


「どうした?」


「森……」


北の森。

黒い霧の中に、一瞬だけ赤い光が見えた。


「誰かが……こっちを見てる」


レオンハルトの表情が変わる。


「全員、警戒!」


その瞬間。


――バンッ!


窓ガラスが砕け散った。


「きゃっ!」


エレナが身を伏せる。


「エレナ!」


レオンハルトが彼女の前に立つ。

飛び込んできたのは、黒いナイフだった。

床に突き刺さる。


「……!」


レオンハルトがナイフを見る。

柄には、終焉教団の紋章。


「やはり……」


レオンハルトが剣を抜く。


「奴らは城内にもいる」


悠真がエレナの前へ立つ。


「エレナ、下がって!」


「うん!」


廊下から複数の足音が響く。


「来るぞ」


レオンハルトが構える。


――ザッ!


黒衣の男たちが廊下へ現れた。


「エレナ・ヴァレンシュタイン」


一人が呼びかける。


「我らと共に来てもらう」


「断る!」


悠真が木剣を構える。


「お前たちに渡すものか!」


「異界人……」


男が悠真を見る。


「邪魔をするなら殺す」


「やってみろ!」


悠真が飛び出す。


――ガキン!


木剣と短剣がぶつかる。


「ぐっ!」


悠真は押される。


「ユウマ!」


「大丈夫!」


悠真は必死に踏みとどまる。

しかし、相手は訓練された教団員。

少しずつ押し込まれていく。


「くそっ……!」


その時。


――ザンッ!


黒衣の男の武器が弾き飛ばされた。


「なっ――」


レオンハルトだった。


「私の城で好き勝手するな」


剣を振る。

黒衣の男が壁へ叩きつけられる。


「ぐあっ!」


残りの教団員が一斉に襲いかかる。

レオンハルトは一歩も退かない。


一人。

二人。

三人。


瞬く間に敵を倒していく。


「すごい……」


悠真が呟く。

これが――。

ヴァレンシュタイン辺境伯。

北方の魔境を守り続けてきた男の実力。

最後の一人が逃げようとする。


「逃がすか!」


悠真が追う。


「ユウマ、待て!」


レオンハルトが叫ぶ。

しかし、悠真は止まらなかった。


「ここで逃がしたら――!」


角を曲がる。

その先には――。

誰もいなかった。


「……消えた?」


悠真が周囲を見る。

その時。

背後から声が聞こえた。


「異世界の少年」


「――!」


振り返る。

誰もいない。


「お前は、あの子を守れるかな?」


「……誰だ!」


「その力で――」


声だけが響く。


「いつまで守れる?」


悠真の拳が震える。


「……くそっ!」


――――――――


北門。

アルトリウスとリゼリアの戦いは続いていた。

激しい剣戟。

黒と白の魔力がぶつかり合う。


――ガキィン!


「……強いわね」


リゼリアが後退する。


「当然だ」


アルトリウスが剣を構える。


「俺は、この国の騎士だ」


「国……」


リゼリアは笑う。


「そんなものに、何の価値があるの?」


「価値はある」


「どうして?」


「守るべき人々がいるからだ」


アルトリウスの瞳に迷いはない。


「それだけで十分だ」


「……」


リゼリアは一瞬、笑みを消した。


「くだらない」


再び黒い魔力を放つ。


「でも――」


その攻撃をアルトリウスが受け流す。


「あなたのその目、嫌いじゃないわ」


「何?」


「私、そういうものを見ると――」


リゼリアの紅い瞳が細くなる。


「壊したくなるの」


黒い魔力がさらに膨れ上がる。

アルトリウスが剣を握り直す。


「ならば、止める」


「できるかしら?」


――――――――


ローデン城。

エレナはレオンハルトの背後にいた。

しかし、突然。


「……っ!」


胸が強く痛む。


「エレナ?」


レオンハルトが振り返る。


「大丈夫か?」


「……また」


「何がだ?」


「分からない……」


エレナは胸元を押さえる。


「でも、さっきより近い」


「……」


レオンハルトの顔から血の気が引いた。


「まさか……」


「レオンハルト様?」


「いや」


レオンハルトはすぐに表情を戻す。


「何でもない」


しかし、その手は強く握り締められていた。


――――――――


北の森。

リゼリアは突然、空を見上げた。


「……時間ね」


アルトリウスが警戒する。


「何?」


「今日はここまで」


「逃がすと思うか?」


「ええ」


リゼリアは微笑む。


「だって、もう目的は果たしたもの」


「何だと?」


「確かめたのよ」


リゼリアはローデン城を見る。


「あの子が、ちゃんと生きていることを」


「……!」


アルトリウスの目が鋭くなる。


「何を知っている?」


「ふふっ」


リゼリアは黒い霧をまとい始める。


「それは、まだ秘密」


「待て!」


アルトリウスが斬りかかる。

だが、剣は霧を切り裂くだけ。

リゼリアの姿は消えていた。

残されたのは――。


黒い花びらだけ。


セドリックが駆け寄る。


「団長!」


「……逃げられた」


「追撃しますか?」


「いや」


アルトリウスはローデン城を見る。


「奴の目的は戦闘ではなかった」


「では……」


「エレナ嬢の確認だ」


アルトリウスは剣を収める。


「奴らは、彼女について何か知っている」


その事実だけが残った。


――――――――


夜。

森の奥。

リゼリアは一人、黒い霧の中を歩いていた。


「……面白いわね」


紅い瞳を細める。


「本当に何も知らない」


その口元に笑みが浮かぶ。


「自分のことも」


そして――。


「自分の父親のことも」


月明かりが、彼女の横顔を照らす。


「だけど、あの男は知っている」


リゼリアが呟く。


「レオンハルト・フォン・ヴァレンシュタイン……」


その名を口にした瞬間。

笑みが消えた。


「あなたは、いつまで隠していられるかしら?」


――――――――


ローデン城。

エレナは自室の窓辺に立っていた。

今日も、何も分からない。

なぜ自分が狙われるのか。

なぜ終焉教団は、自分を「迎えに来た」と言うのか。

そして――。

なぜ、レオンハルトは自分の過去を隠しているのか。


「……私の知らない私」


エレナは小さく呟く。

胸元に手を当てる。

そこには、母から唯一受け継いだ小さなペンダントがあった。

幼い頃から大切にしているもの。

だが、そのペンダントに刻まれている紋様を――。

エレナは知らない。

それが、遠い過去に存在した一族の紋章であることを。

そして、その紋章を持つ者の血が――。

彼女の中に流れていることを。

今夜もまた。

エレナは何も知らないまま眠りにつく。

その一方で、王都では国王エドガルド・ハインツが一通の報告書を手にしていた。


「……終焉教団が動いたか」


その横には、アルトリウスからの報告書。

そして――。

もう一通。


差出人不明の黒い封書。


国王はそれを見つめる。


「まさか……」


封蝋に刻まれていたのは――。


黒い月の紋章。


エドガルドの表情が険しくなる。


「アザゼル……」


静かな王都の夜。

その名が、再び歴史の表舞台へ浮かび上がろうとしていた。

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