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異界の旅人と運命の少女  作者: はるきち
第一章『ヴァレンシュタイン辺境伯』
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一章13 守るべきもの

翌朝。

ローデン城には、昨夜の襲撃の痕跡が残っていた。

地下へ続く廊下の壁には、黒い魔力によって焦げた跡。

石床には、悠真が吹き飛ばされた際にできた亀裂。


そして――

終焉教団が城内へ侵入したという事実。

それは、城にいる誰もが理解していた。


「……酷いな」


悠真は壁の傷を見ながら呟いた。


「昨日の奴、かなり強かった」


「あなたが無茶をするからでしょう」


隣のエレナが少し怒ったように言う。


「いや、あれは仕方ないだろ」


「仕方なくありません」


「はい……」


悠真は素直に引き下がる。

エレナはため息をついた。


「本当に心配したんだから」


「……ごめん」


「もういいわ」


そう言いながら、エレナは悠真の腕に視線を落とす。

幸い、大きな怪我はなかった。

だが、黒い魔力を受けた影響なのか、腕には薄い痣が残っている。


「痛む?」


「少しだけ」


「なら、今日は訓練禁止ね」


「え?」


「当然でしょう」


「アルトリウスさんとの訓練が……」


「休んで」


「……はい」


悠真が肩を落とす。

エレナは小さく笑った。


「命があるだけでも良かったと思って」


「それはそうだけど……」


二人の会話を、少し離れたところからアルトリウスが見ていた。

隣にはセドリック。


「団長」


「何だ?」


「あの二人を見ていると、少し微笑ましくなりますね」


「……そうだな」


アルトリウスは静かに答える。


「だが、今はそれだけでは済まない」


「はい」


セドリックの表情が引き締まる。


「終焉教団は明確にエレナ嬢を狙っています」


「その理由が分からない」


「昨日の襲撃者は『迎えに来た』と言っていました」


「……ああ」


アルトリウスはローデン城を見る。


「単なる人質目的ではないだろう」


「私もそう思います」


セドリックが頷く。


「何か、エレナ嬢自身に関係する理由がある」


アルトリウスは黙っていた。

昨夜。

エレナを見た瞬間、襲撃者の反応が変わった。

ただの標的を見る目ではなかった。


まるで――

知っている人間を見るような目。


「……レオンハルト殿に聞く必要があるな」


アルトリウスが言う。


「エレナ嬢について?」


「ああ」


しかし、その会話を――。

別の人物が聞いていた。


「……」


廊下の角。

フィオナが二人の会話を聞いていた。

彼女は何も言わず、その場を離れる。


――――――――


昼前。

執務室。


レオンハルト。

アルトリウス。

セドリック。

そして悠真とエレナが集まっていた。


机の上には、昨夜の襲撃者が残した黒い短剣が置かれている。


「まず、確認しておきたい」


アルトリウスが口を開いた。


「終焉教団は、エレナ嬢を明確に狙っている」


エレナが俯く。


「……どうして私なの?」


「それが分からない」


アルトリウスは答える。


「だからこそ、聞きたい」


視線がレオンハルトへ向く。


「エレナ嬢について、何か知っていることはないか?」


部屋が静まり返る。

レオンハルトはしばらく黙っていた。


「……ない」


短い答え。


しかし――。

アルトリウスはレオンハルトの目を見つめる。


「本当に?」


「何が言いたい」


「昨夜の襲撃者は、エレナ嬢を知っていた」


「……」


「そして、あなたはエレナ嬢を守ることに異常なほど執着している」


エレナが驚く。


「レオンハルト様……?」


「私は、この子を守ると決めている」


レオンハルトは静かに答えた。


「それだけだ」


「理由は?」


「話せない」


アルトリウスは黙った。

セドリックも何も言わない。

悠真だけがレオンハルトを見る。

やはり何かある。

だが――。


「……分かった」


アルトリウスが引いた。


「今は、それ以上聞かない」


レオンハルトは僅かに目を細める。


「助かる」


「ただし、一つだけ約束してほしい」


「何だ?」


「もしエレナ嬢の身に関わる重大な事実を知っているなら――」


アルトリウスは真っ直ぐにレオンハルトを見る。


「必要な時には、我々にも伝えてほしい」


「……分かった」


エレナは二人のやり取りを見つめていた。

自分だけが何も知らない。

そのことが、少しだけ寂しく感じられた。


「レオンハルト様」


「何だ?」


「私に何か隠していることがありますか?」


レオンハルトの表情が僅かに揺れる。


「……エレナ」


「私は、もう子供ではありません」


「分かっている」


「だったら――」


エレナは拳を握る。


「私が狙われている理由くらい、知りたいです」


レオンハルトは答えなかった。

しばらく沈黙した後。


「……今は、まだ話せない」


「そう……ですか」


エレナは寂しそうに目を伏せた。


「分かりました」


それだけ言うと、エレナは部屋を出ていった。


「エレナ!」


悠真が追いかける。

扉が閉まる。

レオンハルトは目を閉じた。


「……すまない」


誰に向けた言葉なのか。

その場にいる者には分からなかった。


――――――――


廊下。


「エレナ!」


悠真が追いつく。


「待ってくれ」


「……何?」


「大丈夫か?」


「大丈夫よ」


エレナは笑おうとする。

だが、うまく笑えない。


「……レオンハルト様は、私に何か隠してる」


「俺もそう思う」


「やっぱり?」


「ああ」


悠真は少し考える。


「でも、きっとエレナを傷つけたくないからなんじゃないかな」


「……」


「昨日も、レオンハルト様はずっとエレナのことを心配してた」


「そうね」


「だから――」


悠真はエレナを見る。


「信じて待つのも、一つだと思う」


エレナは黙っていた。

やがて、小さく頷く。


「……ありがとう」


その時。


「エレナ様」


二人の後ろから声がした。

セシリアだった。


「レオンハルト様から、お話があります」


「私に?」


「はい」


「……分かったわ」


――――――――


レオンハルトの執務室。

エレナが戻ると、レオンハルトは窓辺に立っていた。


「エレナ」


「はい」


「先ほどは悪かった」


「……いいえ」


「だが、一つだけ覚えておいてほしい」


レオンハルトは振り返る。


「私は、お前を守るためなら何でもする」


「どうして……?」


「……」


レオンハルトは答えない。

ただ、優しい目でエレナを見る。


「それだけは信じてくれ」


エレナはしばらく黙っていた。

そして――。


「はい」


静かに頷いた。


「私は、レオンハルト様を信じます」


「……そうか」


レオンハルトは僅かに笑った。


「ありがとう」


その瞬間。


――ドンッ!


遠くから大きな音が響いた。

二人が同時に窓を見る。


「何だ?」


城壁の向こう。

北の森から黒い煙が上がっている。


「まさか……」


レオンハルトは剣を手に取る。


「エレナ、ここから動くな」


「でも――」


「今度こそ、絶対にだ」


その声には、強い決意が込められていた。


――――――――


北門。

アルトリウスと聖騎士たちが集まっていた。


「報告!」


「北の森に魔力反応!」


「数は?」


「不明です!」


セドリックが地図を見る。


「団長、これは……」


「ああ」


アルトリウスは森を睨む。


「昨日とは違う」


森の奥。

黒い霧が広がっている。


その中に――。

巨大な何かの影が見えた。


「……魔獣?」


「違います」


セドリックが目を細める。


「人型です」


アルトリウスの手が剣へ伸びる。


「全員、戦闘準備」


「はっ!」


聖騎士たちが一斉に構える。

黒い霧の中から、一人の女が歩いてくる。


長い黒髪。

紅い瞳。

黒いドレス。

そして、冷たい笑み。


「……聖騎士団」


女は楽しそうに笑った。


「随分と大勢いるじゃない」


アルトリウスが剣を構える。


「名を名乗れ」


「ふふっ」


女は笑う。


「私は――」


その瞬間。

黒い魔力が周囲を包み込んだ。


「終焉教団、第二席」


紅い瞳が輝く。


「《嫉妬》のリゼリア・ノクス」


アルトリウスの表情が変わる。


「……七席の一人か」


「知ってるのね」


「当然だ」


アルトリウスは剣を抜く。


「ここへ何をしに来た」


リゼリアは、ローデン城へ視線を向ける。

そして――。


「迎えに来たのよ」


紅い瞳が細められる。


「――あの子を」


アルトリウスの目が鋭くなる。


「エレナを?」


「そう」


リゼリアは笑う。


「彼女は、自分が何者なのかも知らない」


「……」


「でも、いずれ知ることになるわ」


アルトリウスが一歩前へ出る。


「その前に、貴様を止める」


「できるかしら?」


リゼリアが手を広げる。

黒い魔力が爆発的に膨れ上がった。


「――始めましょう」


北の森に、凄まじい魔力が轟く。


そしてローデン城では――。

エレナが、遠くからその気配を感じ取っていた。


「……何、この魔力……」


胸が苦しくなる。

理由は分からない。


ただ――。

その魔力を感じた瞬間。

どこか懐かしいような、不思議な感覚が胸をよぎった。


「エレナ?」


悠真が心配そうに声をかける。


「……分からない」


エレナは胸元を押さえる。


「でも、何かが……私を呼んでる気がする」


誰も知らない。

その感覚が、遠い血の繋がりによって引き起こされたものだということを。


そして――。

森の奥でリゼリアが浮かべている笑みの理由も。


「さあ――」


リゼリアは静かに呟く。


「どんな顔をするのかしらね」


ローデン城を巡る戦いが、始まろうとしていた。

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