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異界の旅人と運命の少女  作者: はるきち
第一章『ヴァレンシュタイン辺境伯』
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一章12 忍び寄る魔の手

翌朝。

ローデン城は、昨日までとは明らかに雰囲気が違っていた。

城内の至るところに兵士が配置され、廊下を歩く者には必ず身分確認が行われている。


終焉教団の侵入。


その事実は、一部の使用人にも知らされていた。


「なんだか、息が詰まりそう……」


エレナは廊下を歩きながら呟いた。

隣には悠真がいる。


「昨日の夜から警備が厳しくなったな」


「ええ」


「レオンハルト様、相当警戒してるみたいだ」


エレナは少し黙った。


「……昨日、何かあったのかもしれないわ」


「何かって?」


「分からない」


エレナは首を振る。


「でも、レオンハルト様の様子が少し変だった」


「そうか?」


「ええ」


幼い頃から彼を見てきたエレナには分かる。

レオンハルトが何かを隠している。

それも――。

自分に関係する何かを。


「エレナ」


「何?」


「気になるなら、直接聞いてみれば?」


「……聞けないわ」


「どうして?」


「レオンハルト様が話したくないことなら、無理に聞くべきじゃないから」


エレナは微笑む。


「それに、いつか話してくれると思う」


「エレナは、レオンハルト様を信頼してるんだな」


「もちろんよ」


その言葉に迷いはなかった。


――――――――


中庭。

悠真はアルトリウスの指導のもと、剣を握っていた。


「構えが甘い」


「はい!」


「足が止まっている」


「はい!」


「敵は待ってくれない」


「分かってます!」


悠真は木剣を握り直す。

目の前にはアルトリウス。


王国最強の騎士。


当然、悠真が敵うはずもない。

だが――。


「来い」


「……!」


悠真が踏み込む。


右。

左。


木剣を振り下ろす。


――カンッ!


簡単に受け止められた。

次の瞬間。

アルトリウスの木剣が悠真の肩へ触れる。


「ぐっ……」


「遅い」


「……もう一回!」


「いいだろう」


悠真は再び構える。

その様子を、少し離れた場所からエレナが見ていた。


「頑張って」


「見てたのか!」


悠真が振り返る。


「もちろん」


「だったら助けてくれよ……」


「自分で頑張って」


「冷たい!」


エレナが笑う。

アルトリウスも僅かに口元を緩めた。


「仲がいいな」


「え?」


悠真とエレナが同時に振り向く。


「……そう見える?」


悠真が聞く。


「ああ」


アルトリウスは淡々と答えた。


「互いに信頼している」


エレナが少し照れたように目を逸らす。


「……そうかもしれません」


アルトリウスは二人を見る。

その時――。

城壁の上から鐘が鳴った。


――カン、カン、カン!


全員の表情が変わる。


「敵襲!」


兵士の声が響く。


「北門に魔物!」


「数は!?」


「十……いや、二十以上!」


アルトリウスが即座に剣を抜いた。


「セドリック!」


「はい!」


「第一小隊を北門へ!」


「了解!」


セドリックが走り出す。

アルトリウスは悠真を見る。


「ここから動くな」


「でも――」


「これは命令だ」


「……分かりました」


アルトリウスはエレナを見る。


「君もだ」


「はい」


二人を残し、アルトリウスは北門へ向かって走っていった。


――――――――


北門。


巨大な魔物が城壁へ迫っていた。


狼型。

猪型。

そして、通常の魔物よりも遥かに大型の魔獣。


「来るぞ!」


兵士たちが弓を構える。


「放て!」


無数の矢が飛ぶ。

魔物たちの身体に突き刺さる。

しかし――。


「効いていない!?」


魔物たちは止まらない。


「魔法兵!」


セドリックが叫ぶ。


「詠唱開始!」


数十人の魔法兵が一斉に魔法を放つ。


炎。

氷。

雷。


様々な魔法が魔物へ降り注ぐ。


爆発が起こる。

土煙が舞う。


「やったか……?」


兵士が呟く。

しかし。

煙の中から魔物が飛び出した。


「なっ――!」


その瞬間。

白銀の閃光が走った。


――ザンッ!


魔物の身体が二つに分かれる。

アルトリウスだった。


「怯むな!」


アルトリウスが叫ぶ。


「敵は魔物だけではない!」


その言葉と同時に――。

森の奥から黒い影が現れる。


「黒衣……!」


セドリックが叫ぶ。


終焉教団。


魔物の群れに紛れて、黒衣の信徒たちが城へ向かっていた。


「やはり、魔物は囮か!」


「全員、警戒!」


聖騎士たちが迎え撃つ。

しかし、

教団員たちは城門を狙わなかった。

そのまま森の中へ散開する。


「何をしている?」


セドリックが眉をひそめる。


「……違う」


アルトリウスが呟いた。


「城門を破ることが目的ではない」


「では、何を?」


アルトリウスは振り返る。


ローデン城。


その建物の中心を見つめる。


「城の中だ」


――――――――


その頃。

ローデン城内部。

エレナは廊下を歩いていた。


「……どうしたの?」


近くを走る使用人に声をかける。


「エレナ様!」


フィオナだった。


「北門で魔物が出たそうです!」


「魔物が?」


「はい!」


「悠真は?」


「中庭にいます!」


「分かったわ」


エレナが中庭へ向かおうとした。

その時。


――コツ。


廊下の奥から足音が聞こえた。


「……?」


エレナが振り返る。

誰もいない。


「気のせい……?」


そのまま歩き出す。

しかし――。

角を曲がった先。

一人のメイドが立っていた。


「エレナ様」


「……セシリア?」


「こちらへ」


セシリアが声をかける。


「旦那様から、あなたを地下の避難室へ移すよう命じられています」


「でも、悠真が――」


「悠真様も、すぐに呼びます」


「……分かった」


二人は歩き始める。

しかし、

セシリアは知らなかった。


背後の暗い廊下に――。

一人の黒衣の男が立っていることを。

男は二人の姿を見つめる。


「……見つけた」


小さく呟く。

そして、懐から黒い短剣を取り出した。


――――――――


一方。

中庭では。


「エレナは?」


悠真が周囲を見渡していた。


「セシリアさんと一緒に避難室へ向かったそうです」


フィオナが答える。


「そっか」


悠真は安心した。

だが、その瞬間。


――ドンッ!


城内から爆発音が響いた。


「何だ!?」


悠真が振り返る。

城の一部から黒煙が上がっている。


「……まさか」


悠真は走り出した。


「エレナ!」


――――――――


地下へ続く階段。

エレナとセシリアは急いで進んでいた。


「もう少しです」


「ええ」


その時。

背後から――。


「待て」


二人が振り返る。

黒衣の男が立っていた。


「……!」


セシリアがエレナの前へ出る。


「エレナ様、下がって!」


「セシリア……」


男が笑う。


「ようやく会えたな」


「何を言っているの?」


エレナが尋ねる。


「お前を迎えに来た」


「……私を?」


「ああ」


黒衣の男が短剣を構える。


「我らが主の命令だ」


エレナの顔から血の気が引く。


「主……?」


男は答える。


「偉大なる――」


その言葉が終わる前に。


――ガキィン!


男の短剣が弾き飛ばされた。


「なっ――!」


悠真が階段を駆け上がってきた。


「エレナから離れろ!」


木剣を構えている。

男は悠真を見る。


「異界の者か」


「だったら何だ!」


「邪魔だ」


男が手をかざす。

黒い魔力が膨れ上がる。

悠真は身構える。

その時――。


「ユウマ!」


エレナが叫ぶ。


「危ない!」


黒い魔力が悠真へ放たれる。


――ドンッ!


凄まじい衝撃。

悠真の身体が吹き飛ばされる。


「ユウマ!」


エレナが駆け寄ろうとする。

だが――。

黒衣の男がエレナへ手を伸ばす。


「来い」


「嫌!」


エレナが抵抗する。


「私は、あなたたちのところへ行かない!」


男が眉をひそめた。


「……そうか」


その瞬間。

遠くから、凄まじい剣気が走った。


「――その手を離せ」


低い声。


男が振り返る。

階段の上に立っていたのは――。


レオンハルト。


その手には抜き身の剣。

そして、その背後にはアルトリウスと聖騎士たち。


「……!」


黒衣の男が後退する。

アルトリウスが静かに剣を構えた。


「終焉教団」


その声に、明確な殺気が宿る。


「ここから先へは、一歩も進ませない」


黒衣の男は笑った。


「王国最強の騎士……」


そして、エレナを見る。


「だが――」


黒い煙が男の身体を包む。


「我らは必ず迎えに来る」


煙が消える。

男の姿も消えていた。


「待て!」


セドリックが追おうとする。


「追うな」


アルトリウスが制止する。


「今はエレナの安全が最優先だ」


レオンハルトも頷いた。

そして――。


「エレナ」


「……はい」


「怪我はないか?」


「大丈夫です」


エレナは答える。

その直後。


「エレナ!」


悠真が駆け寄ってきた。


「大丈夫か!?」


「ユウマこそ!」


「俺は平気」


悠真は笑った。


「ちょっと吹き飛ばされただけ」


「そんな簡単に言わないで!」


エレナが心配そうに彼の腕を見る。

その様子を見ていたアルトリウスは、静かに目を細める。


そしてレオンハルトは――。

誰にも気づかれないよう、拳を強く握り締めていた。

終焉教団は、エレナを狙っている。

その事実が、もはや疑いようのないものになった。


――――――――


夜。

ローデン城から遥か離れた森。

一人の黒衣の男が膝をついていた。


「申し訳ありません」


目の前に立つ人物へ頭を下げる。


「エレナ様を連れ出すことはできませんでした」


「……そうか」


静かな声。

黒衣の男――アザゼル・ノクティスは、月を見上げていた。


「だが、焦る必要はない」


「はい」


「まだ、あの子は何も知らない」


アザゼルは静かに微笑む。


「それでいい」


その目には、父親としての感情とも、教団の指導者としての冷酷さともつかない、複雑な光が宿っていた。


「いずれ、必ず私の前へ来る」


黒い風が吹き抜ける。


「その時まで――」


アザゼルは目を閉じる。


「どうか、何も知らずに生きていてくれ」


その言葉を聞く者は、誰もいなかった。


そしてローデン城では――。

エレナが眠れぬ夜を過ごしていた。

自分がなぜ狙われるのか。

あの男の言う「主」とは誰なのか。

そして、レオンハルトが自分に隠している秘密とは何なのか。

答えは、まだ遠い。

だが確実に――。

エレナの運命は、終焉教団へと近づき始めていた。

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