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異界の旅人と運命の少女  作者: はるきち
第一章『ヴァレンシュタイン辺境伯』
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一章11 王国最強の騎士

翌朝。

ローデン城の城門が開かれた。

しかし、いつもの朝とは違っていた。

城門前には、見慣れない白銀の鎧を身につけた騎士たちが並んでいる。

その胸元に刻まれているのは、王国聖騎士団アルカディアの紋章。


「……聖騎士団?」


悠真は城壁の上から、眼下を見下ろしていた。


「昨日、王都へ向かった急使が途中で襲われたらしいの」


隣に立つエレナが答える。


「その急使を助けたのが、聖騎士団だったみたい」


「じゃあ、あの人たちは……」


「王都から来たのね」


白銀の騎士たちの中央。

一際目立つ男が馬から降りた。


銀色の髪。

整った顔立ち。

無駄のない白銀の鎧。

そして、静かな眼差し。


男が周囲を見渡す。


「……あの人が?」


「ええ」


エレナが頷く。


「アルトリウス・セイバー。王国聖騎士団アルカディアの団長よ」


「王国最強の騎士……」


悠真は思わず息を呑んだ。

遠目から見ただけでも分かる。

あの男は、ただ者ではない。

立っているだけなのに、周囲の空気が違う。

その時。


「ユウマ、エレナ」


後ろから声がした。

レオンハルトだった。


「ここにいたか」


「レオンハルト様」


エレナが振り返る。


「聖騎士団が来たんですね」


「ああ」


レオンハルトは城門へ視線を向ける。


「昨日の急使が、アルトリウスたちと合流したらしい」


「ということは……」


「王都も事態を重く見ているということだ」


レオンハルトの表情は険しい。

その視線の先で、アルトリウスがこちらへ歩いてくる。

その後ろには副団長のセドリック・グランベルをはじめ、数名の聖騎士が続いている。


「レオンハルト・フォン・ヴァレンシュタイン殿」


アルトリウスが声をかける。


「アルトリウス・セイバー殿」


二人は向かい合う。


「久しぶりだな」


「ああ」


レオンハルトとアルトリウス。

どちらも王国を代表する武人。

その二人が並ぶだけで、周囲の兵士たちに緊張が走った。


「まずは急な訪問を許してほしい」


アルトリウスが言う。


「構わない。むしろ、こちらから要請した」


「王都へ届いた書状は確認した」


アルトリウスの表情が変わる。


「終焉教団が北方で活動している可能性が高い」


「ああ」


「そして、魔物が何者かによって誘導されている」


「その通りだ」


アルトリウスは一度黙った。


「王都では、この件を非常に重く見ている」


「国王陛下は?」


「陛下は、必要なら王国軍の派遣も許可すると仰せだ」


レオンハルトは頷く。


「それほどか」


「終焉教団が本格的に動いているのであれば、当然だ」


アルトリウスの視線が北へ向く。


「我々が昨日襲撃した連中も、終焉教団の構成員だった」


「やはりか」


「間違いない」


アルトリウスは懐から黒い紋章の描かれた布を取り出す。


「襲撃者の一人が持っていた」


レオンハルトはそれを受け取る。


「……同じ紋章だ」


「さらに、奴らは何かを探していた」


レオンハルトの表情が変わる。


「何を?」


「分からない」


アルトリウスは答えた。


「だが、ヴァレンシュタイン領へ向かっていたことだけは確かだ」


その言葉を聞いたレオンハルトの視線が、一瞬だけエレナへ向く。

エレナはその変化に気づいた。


「……?」


しかし、レオンハルトは何も言わない。

アルトリウスもその視線を追う。

そして、エレナを見る。


「彼女は?」


「私の保護している娘だ」


レオンハルトが答える。


「エレナ・ヴァレンシュタイン」


「……そうか」


アルトリウスはエレナを見つめる。


「初めまして。アルトリウス・セイバーだ」


「初めまして。エレナです」


エレナが頭を下げる。


「よろしくお願いします」


「ああ」


アルトリウスはそれ以上何も言わなかった。

だが――。

彼の視線が一瞬だけ、エレナの顔から離れなかった。

何かを感じたのか。

それとも、ただの偶然か。

誰にも分からない。


「それで、彼は?」


アルトリウスが悠真を見る。


「……俺?」


「昨日の報告書に名前があった」


レオンハルトが答える。


「神谷悠真。異世界から来た青年だ」


「異世界……」


アルトリウスが僅かに目を細める。


「本当に存在するのか」


「俺自身が証拠ですよ」


悠真が苦笑する。


「なるほど」


アルトリウスは悠真をしばらく観察する。


「魔力は?」


「少し使えます」


「属性は?」


「まだ分かりません」


「そうか」


アルトリウスは短く頷いた。


「無理はするな」


「はい」


「異世界へ来たばかりなら、この世界の常識も十分に理解していないだろう」


「……その通りです」


悠真は苦笑した。


「でも、強くなりたいと思っています」


アルトリウスが悠真を見る。


「なぜ?」


「自分の身を守れるようになりたい」


悠真は少し考えた。


「それと……」


エレナを見る。


「大切な人を守れるくらいには」


エレナが驚いた顔をする。


「ユウマ……」


アルトリウスは黙って悠真を見る。

そして、ほんの僅かに笑った。


「悪くない答えだ」


「え?」


「力を求める理由としてはな」


そう言って、アルトリウスは城内へ向かう。


「だが、力を手に入れるには覚悟が必要だ」


「覚悟……」


「魔物も、人間も、戦いになれば命を奪う」


アルトリウスは振り返る。


「それでも強くなりたいと思うなら、自分の意思で進め」


「……はい」


悠真は力強く頷いた。


――――――――


その後。

レオンハルト、アルトリウス、セドリックは執務室へ入った。

悠真とエレナも同席している。

机の上にはヴァレンシュタイン領の地図が広げられていた。


「現在、確認されている終焉教団の動きは三か所」


セドリックが説明する。


「北の村。王都へ向かう街道。そして、魔境の入り口付近です」


地図上に印が付けられる。


「共通しているのは?」


レオンハルトが尋ねる。


「すべて北側から南へ向かっていることです」


「つまり、何か目的がある」


アルトリウスが言った。


「それも、かなり重要な目的が」


悠真は地図を眺めていた。

ふと、何かに気づく。


「……待ってください」


全員が悠真を見る。


「どうした?」


レオンハルトが尋ねる。


「この三か所って……」


悠真は地図を指差す。


「全部、ローデン城へ向かう道に繋がってませんか?」


沈黙。

レオンハルトが地図を見る。

セドリックも確認する。

アルトリウスが目を細める。


「……確かに」


「じゃあ、終焉教団の目的は――」


悠真が言葉を止める。

レオンハルトが低く呟いた。


「ローデン城」


その瞬間。

部屋の空気が変わった。

エレナが顔を上げる。


「……城を?」


「可能性は高い」


アルトリウスが答える。


「なら、城の中を調べる必要があります」


セドリックが言った。


「内部に協力者がいる可能性も考慮すべきです」


「分かった」


レオンハルトが頷く。


「全使用人と兵士を調べる」


その言葉に、エレナが不安そうな顔をする。


「そこまでしないといけないの?」


「敵の目的が分からない以上、必要だ」


レオンハルトは答える。


「だが、お前は心配するな」


「……はい」


レオンハルトの声は、いつもより優しかった。

それを見たアルトリウスは、何かを感じたようにレオンハルトを見る。

しかし、何も聞かなかった。


――――――――


その夜。

ローデン城の地下。

誰もいない暗い通路を、一人の人物が歩いていた。


黒いローブ。


その手には、終焉教団の紋章が刻まれている。


「……確認した」


男は小さく呟く。


「対象は確かに、この城にいる」


その人物は、ある部屋の前で立ち止まった。

そして――。

扉の向こうから聞こえる声に耳を澄ます。


「明日の朝から、魔法の訓練を始めましょう」


エレナの声。


「分かった」


悠真の声。


男は口元を歪める。


「異界の青年まで……」


その時。


「そこで何をしている?」


背後から声がした。


「――!」


男が振り返る。

そこに立っていたのは――。


レオンハルトだった。


手には抜き身の剣。


「……」


男は一歩後退する。


「ここはヴァレンシュタイン家の城だ」


レオンハルトの瞳が鋭く光る。


「貴様のような者が、勝手に歩き回っていい場所ではない」


男は笑った。


「やはり、あなたは警戒している」


「何者だ」


「今は名乗る必要はありません」


「そうか」


レオンハルトが剣を構える。


「ならば、力ずくで聞くまでだ」


男は黒い魔力を放つ。

しかし――。

レオンハルトの剣が一閃した。

黒い魔力が真っ二つに切り裂かれる。


「……!」


男が驚く。


「これが……辺境伯……」


「二度は言わん」


レオンハルトが迫る。


「ここから消えろ」


男は舌打ちする。

次の瞬間、黒い煙が広がった。


「またか……!」


煙が晴れた時、男の姿は消えていた。

床には一枚の黒い紙だけが残されている。

レオンハルトが拾い上げる。

そこには一言だけ。


『もうすぐ迎えに行く』


レオンハルトの表情が凍りつく。


「……奴らは、エレナを狙っている」


紙を握り潰す。

その瞳には、強い怒りが宿っていた。

だが、その時――。

廊下の向こうから足音が聞こえた。


「レオンハルト様?」


エレナだった。

レオンハルトは素早く紙を隠す。


「どうした?」


「何か音がしたから……」


「問題ない」


「でも――」


「エレナ」


レオンハルトは優しく言った。


「部屋へ戻れ」


「……分かった」


エレナは不思議そうにレオンハルトを見る。

そして、ゆっくりと去っていく。

レオンハルトはその背中を見つめる。


「……必ず守る」


誰にも聞こえない声で呟いた。


その頃。

遠く離れた場所では――。

一人の男が月明かりの下に立っていた。


黒い外套。

冷たい瞳。


アザゼル・ノクティス。

終焉教団の最高指導者。


「……エレナ」


その名を、静かに口にする。


「まだ何も知らないのか」


アザゼルは微笑む。


「それでいい」


そして、遥か遠くのローデン城へ視線を向ける。


「その時が来るまでは――」


冷たい風が吹き抜ける。


「真実を知らないままでいろ」


誰も知らない。

彼がエレナを見つめる理由を。

そして――。

彼女がいつか知ることになる本当の名前を。

今はまだ。


エレナ・ヴァレンシュタイン。


それが彼女の世界のすべてだった。

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