9.余命200万円
残高は、約200万円。
これが、私の二十五年間の人生の総決算だ。
電卓を叩く。
家賃、4万円。
食費、自炊で切り詰めて2万円。
光熱費と通信費で5000円。
心療内科の診察代と薬代で5000円。
国民健康保険、5000円。
年金は免除申請をしているからゼロ円。
合計、最低でも毎月約8万円が、息をしているだけで蒸発していく。
200万円を8万円で割る。
約20ヶ月。
約2年間。
それが、私の残された時間だ。
何も生産せず、何も生み出さず、ただ暗い部屋で膝を抱えて過ごした場合の限界値。
残高の数字が、カウントダウンのタイマーに見えてくる。
一秒ごとに減っていく残高。
それは私の寿命そのものだ。
何かして、金を稼げなければ……
ネットの掲示板で聞いてみた。
スマートフォンの液晶画面に、匿名の文字列が並んでいる。
「パパ活なら相手も選べるし、安全だよ」
「変な人ならブロックすればいいし」
ネットの掲示板で相談したときに返ってきた言葉たちだ。
私はその文字を指でなぞる。
安全。
選べる。
その言葉の響きだけが、今の私にとって唯一の拠り所だった。
ソープランドでの強制的な労働とは違う。
自分の意思で、自分の身体を売る相手を選別できる権利。
それは、どん底にいる私に差し伸べられた、細く脆い梯子に見えた。
私はアプリ『Finder』をインストールし、プロフィールを入力した。
写真は顔の一部を隠し、清楚な雰囲気を装う。
年齢は少し若く設定し、職業は「事務職」とした。
ターゲットは30代前半のサラリーマン。
金払いが良く、深入りしてこない層を狙う。
画面の中で、私は「かすみ」という商品を再構築した。
通知音が鳴るたび、銀行口座の数字が増えていく。
カフェで顔合わせをし、当たり障りのない会話をして、ホテルへ行く。
一回4万円。
ソープ時代ほどの爆発力はないが、生活するには十分すぎる金額だ。
数十人の男たちと寝た。
彼らは私の身体を貪り、私は彼らの財布を貪る。
等価交換だ。
けれど、ホテルの白いシーツの上で天井を見上げるたび、胸の奥が冷たくなる。
鏡の中の自分を見る。
まだ肌には張りがある。
髪にも艶がある。
しかし、これは永遠ではない。
若さという名の在庫は、確実に減り続けている。
賞味期限が切れれば、私はただの産業廃棄物になる。
その事実が、喉元にナイフを突きつけられているような焦燥を生む。
どうしよう。
この先、どうすればいい。
答えの出ない問いが、脳内をグルグルと回り続ける。
ある日、一通のメッセージが届いた。
プロフィール画像は割とモテそうな男。
年齢は30代前半。
『はじめまして。プロフィール拝見しました。とても素敵な方ですね』
定型文だ。
読み飛ばそうとした視線の先で、次の文章が目に留まる。
『いきなりホテルというのは、やはり抵抗があると思います。もしよろしければ、まずはお茶でもしませんか? 初対面でそういうことをするのは、僕も恥ずかしいので』
私は瞬きをする。
恥ずかしい。
パパ活の女にマッチしておきながら、セックスを恥ずかしいと言う男。
今まで会った男たちは、皆、獣のように飢えていた。
あるいは、金を払うのだから当然だという顔で、私の服を脱がそうとした。
この男は違うのか。
それとも、これもまた、警戒心を解くための手口なのか。
「……変なおじさん」
私は小さく呟く。
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