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31.四万円の、商品でしょう

カードキーが電子音を立て、重い防音ドアが開く。


部屋に入った瞬間の独特な匂いも、彼と一緒だと不快に感じないのが不思議だった。


少しの気まずさが沈黙となって降り積もる中、彼は私のバッグを預かり、テーブルに置く。


私が上着を脱ごうとすると、彼の手が先に伸びてくる。


「いいですよ、僕がやります」


彼は私の背後に回り、ファスナーをゆっくりと下ろす。


布が擦れる音が静寂を際立たせる。


本来なら、金を貰う側の私が尽くすべきだ。


靴を揃え、上着を掛け、飲み物を用意し、客をもてなすのがプロの仕事だ。


けれど彼は、私に指一本動かすことを許さない。


浴室へ導かれ、バスタブに湯が張られる間、彼は私を椅子に座らせた。


スポンジに泡立てられたボディソープが、私の肩から腕へと滑る。


その手つきは、慎重で繊細なタッチだ。


「……おじさん、逆ですよ」


私は小さく抗議する。


「私が洗わなきゃいけないのに」


「いいんです。かすみさんは、今日は頑張ったご褒美をもらう番ですから」


彼は微笑み、私の足の指を一本ずつ丁寧に洗う。


まるでママ活をしているようだ。


あるいは、年老いた猫を労る飼い主か。


温かいお湯がかけられ、泡が流れていく。


数日前にこびりついた脂ぎった男の記憶も、自己嫌悪という泥も、彼の手によって清められていくようだった。


私は目を閉じ、その倒錯した安らぎに身を委ねるしかなかった。


ベッドのシーツは清潔で、ひんやりと肌に吸い付く。


彼が覆いかぶさるが、重みは感じない。


膝と肘で体重を支え、私を檻の中に閉じ込めるように見下ろしている。


彼の指が私の太腿を割り、内側の柔らかな皮膚を這い上がる。


そこには焦りも、暴力的な衝動も一切ない。


執拗なまでに丁寧だ。


私の反応を一つ一つ確かめるように、指先が微細に動く。


「ん、ぁ……」


声が漏れる。


喉の奥から自然とせり上がってくる、甘い音。


彼が私の秘所を捉え、円を描くように刺激する。


「ここ……ですか?」


耳元で囁かれる問いに、私は頷くことさえできず、ただ背中を反らせる。


前回もそうだった。


彼は自分の快楽を後回しにし、私が何を感じているか、私が何を求めているかを最優先に行動する。


私の体が震え、指先がシーツを掴む。


彼はそれを見て、満足そうに目を細め、さらに深く、愛おしげに私を味わう。


「かすみさん、綺麗だ」


「あ、あっ、おじさ……んっ!」


思考が白く染まる。


演技ではない。


「もっと」とねだる必要も、「すごい」と煽てる必要もない。


ただ、そこに存在し、愛されることだけが許されている。


快楽の波が押し寄せ、私は彼にしがみつき、溺れるように絶頂を迎えた。


その瞬間、私の内側にある空洞が、温かい何かで満たされる錯覚を覚えた。


行為の後の静寂は、いつもなら虚無の時間だ。


男は背を向けてスマホをいじり、女は冷めた頭で時間の経過を計算する。


だが、この部屋には別の時間が流れていた。


彼は私の汗ばんだ髪を指で梳き、頬についた髪の毛を直してくれる。


自身の欲望を処理した後の賢者タイム特有の冷淡さは皆無だ。


むしろ、慈愛の色が濃くなっている。


私は枕に顔を半分埋めたまま、荒くなった呼吸を整える。


視界の端に、彼の真剣な横顔が見える。


私を見るその瞳の透明さに、胸が締め付けられる。


耐えられない。


このまま理由もわからず、この甘い毒を飲み続ければ、私は二度と普通の生活に戻れなくなる。


いや、もう戻れないのかもしれない。


だからこそ、確認しなければならない。


この関係の正体を。


この優しさの裏側にある、本当の動機を。


「……おじさんは」


声がくぐもり、震えた。


私は顔を上げ、彼の目を真っ直ぐに見つめた。


逃げてはいけない。


ここで嘘の言葉で誤魔化せば、私は一生、都合のいい「練習相手」のままだ。


「どうして、私にこんなにも優しくしてくれるんですか?」


口に出してしまった。


パンドラの箱を開けるような問い。


「ただの練習相手でしょう。四万円で買った……商品、でしょう」


言葉にするたび、自分自身の価値を再確認し、傷口を広げる。


それなのに、どうして私を人間として、いや、それ以上に……大切な存在として、扱ってくれるんですか


涙腺が緩むのを必死に堪える。


答えを聞くのが怖い。


「気の迷いです」と言われたら。


「可哀想だから」と言われたら。


あるいは、「練習だから本番のように振る舞っているだけだ」と突き放されたら。


私は呼吸を止め、彼の唇が動くのを待った。


心臓の音が、部屋中に響くほどうるさく感じられた。

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