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27.恋人繋ぎ

私はその手を目で追い、呼吸を整えてから、そっと自分の左手を伸ばした。


彼の指先に私の指先が触れる。


ビクリ、と彼の手が大きく跳ねた。


立ち止まりそうになる彼を、私は視線だけで制し、そのまま手首を滑らせて手のひら全体を包み込む。


彼の皮膚は熱く、少し湿っていた。


緊張による発汗。


生理的な反応が、彼がどれほど動揺しているかを雄弁に物語っている。


私は口元だけで笑みを作り、囁くように言った。


「ダメですよ、おじさん。デート中に手をブラブラさせてちゃ。女の子は、リードしてほしいんですから」


もっともらしい理屈を並べ立て、私は彼の指の間に自分の指を割り込ませる。


第一関節、第二関節と、互いの指の根元まで深く噛み合わせる。


いわゆる、恋人繋ぎ。


肌と肌の密着面積が最大になる、最も親密な繋ぎ方だ。


彼の喉仏が上下するのが見える。


視線が定まらず、足元と私の顔をせわしなく往復している。


「か、かすみさん……」


絞り出すような声。


私は小首を傾げ、覗き込むように彼を見る。


「ど、どうしました……? 嫌でしたか?」


不安げな演技。


拒絶されることなどないと分かっていながら、私はあえて下手に出る。


彼は首が千切れそうなほど激しく横に振った。


「い、いいえ……! 嫌なわけ、ないです。ただ……」


彼は一度言葉を切り、繋がれた手を見つめ、それから恥ずかしそうに目を細めた。


「かすみさんは、とても優しいな、って」


優しい。


また、その言葉だ。


私の胸の奥で、甘い蜜と苦い泥が同時に湧き上がる。


私は優しくなどない。


自分の寂しさを埋めるために、不慣れな彼を利用し、手玉に取って楽しんでいるだけだ。


数日前には、別の男の汚らわしい手で触れられていたこの手で、彼の純粋な手に触れている。


「……練習、ですから」


私は自分に言い聞かせるように、そして彼を安心させるように、小さく呟いた。


「ほら、もっと力抜いてください。ガチガチだと、女の子も緊張しちゃいますよ」


私は彼の硬直した親指を、自分の親指で優しく撫でた。


ゆっくりと、円を描くように。


強張っていた筋肉が、少しずつ弛緩していくのが伝わってくる。


「……はい」


彼は素直に頷き、私の手のひらに、恐る恐る自分の重みを預けてきた。


握り返してくる力は弱く、壊れ物を扱うように慎重だ。


その不器用な優しさが、私のささくれ立った神経に染み渡る。


風が吹き抜け、並木の葉がざわめく音がする。


木漏れ日が二人の肩に落ちる。


私は繋いだ手を軽く引き寄せ、彼の二の腕に自分の肩を寄せた。


「歩く速さも、大事です。女の子はヒール履いてるから、少しゆっくりめに。……そう、その調子」


一歩、また一歩。


二人の足音が重なり、一つのリズムを作る。


周囲の景色が、スローモーションのように流れていく。


すれ違う人々が、私たちを見て微笑ましそうな視線を向けてくるのが分かる。


彼らの目には、私たちはどう映っているのだろう。


仲睦まじいカップルか。


それとも、パパ活中の年の差男女か。


どちらでもよかった。


今、私の右手には彼の体温があり、私の隣には彼がいる。


この確かな感触が、不安定な私に幸せを齎した。


「上手ですよ、おじさん」


褒め言葉を投げる。


彼は耳まで赤くして、はにかむように笑った。


その笑顔を見ていると、これが練習であることも、金銭が介在する関係であることも、すべて忘れてしまいそうになる。


私は繋いだ手に、ほんの少しだけ力を込めた。


離したくない。


このまま、この並木道が永遠に続けばいいのに。


そんな叶うはずのない願いが、ふと脳裏をよぎり、私は慌ててそれを心の奥底に押し込んだ。


「……あ、あそこのベンチで、少し休みましょうか」

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