表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/34

24.隠さなきゃ

カーテンを閉め切った部屋は、昼夜の境界を失っていた。


フローリングの床には、コンビニ弁当の空き容器が散乱している。


プラスチックの蓋についた油汚れが、薄暗い部屋の中で鈍く光る。


私はベッドの上で膝を抱え、その光景をぼんやりと眺めていた。


食べかけのおにぎり。


半分残ったパスタ。


飲みかけのペットボトル。


それらは私の生活力の欠如と、精神の停滞を示す墓標のようだ。


おじさんからの連絡はまだない。


「来週は必ず」という言葉だけを頼りに、私は呼吸を続けている。


けれど、その頼りない希望は、時間とともに腐敗していく。


不安という蛆が湧き、思考を食い荒らす。


誰かに聞いてほしかった。


この不安が杞憂なのか、それとも予知なのか。


ネットの中にしか居場所のない私は、震える指で匿名掲示板のスレッド作成ボタンを押した。


『【相談】風俗嬢に本気になる客って、いますか?』


ありふれたタイトル。


内容は少しぼかして書いた。


元風俗嬢で、今はパパ活をしていること。


相手は若く見える30代の独身男性で、清潔感があり、優しくて、金払いも良いこと。


身体の関係よりも会話やスキンシップを求めてくること。


送信。


レスがつくまでの数分間、私はスマホを祈るように握りしめた。


「あるよ」「いい人だね」


そんな無責任な肯定を求めていた。


しかし、画面に並んだ文字は、冷徹な現実だった。


『1: 名無し』


『創作乙。そんな優良物件がパパ活なんかにいるわけない』


『2: 名無し』


『まあ、なくはないけど極めて稀だな。たいていはヤリモクの演技』


『3: 名無し』


『仮に本気だとしても、男側の世間体を考えろよ。元風俗嬢と結婚とか、親になんて紹介すんの? 普通の神経してたら無理』


文字の刃が、無防備な心を切り裂く。


世間体。


普通の神経。


そうだ。


おじさんは「普通」じゃない。


異常なほど優しいエラーだ。


でも、彼が一度「普通」の視点に戻ったら?


自分の社会的地位や、将来のことを冷静に考えたら?


私なんて、真っ先に切り捨てるべき汚点だ。


私は焦って、追加の情報を打ち込んだ。


『でも、私がパニックになった時も優しく介抱してくれました』


『実は私、うつ病で通院してるんですが、それでも受け入れてくれて……』


これが私の切り札だった。


病んだ私すら愛してくれる彼なら、きっと本物だと言ってほしかった。


更新ボタンを押す。


レスが一気に増える。


その内容は、私の期待を粉々に砕くものだった。


『15: 名無し』


『うわ、メンヘラかよ。解散』


『16: 名無し』


『おいイッチ、それはあかん。絶対に隠せ』


『17: 名無し』


『男が一番嫌うのは面倒くさい女だぞ。今は優しくても、依存されたら逃げるに決まってる』


『18: 名無し』


『病気の女と付き合うメリットなんてゼロ。同情引こうとしてるなら逆効果』


『警告』という言葉が、画面から飛び出してくるようだった。


絶対に隠せ。


依存するな。


バレたら捨てられる。


スマホを取り落としそうになる。


私はとんでもない過ちを犯していたのかもしれない。


先週のホテルでの出来事。


薬を飲み忘れて錯乱し、泣きじゃくり、彼に縋り付いた夜。


あれは「二人の絆が深まった夜」ではなかった。


彼に「こいつは地雷だ」と認識させた、致命的な夜だったのかもしれない。


「優しいですね」という言葉は、爆発寸前の地雷を刺激しないための、慎重な撤去作業の言葉だったのではないか。


血の気が引いていく。


嫌われる。


捨てられる。


今、彼が連絡をよこさないのは、仕事が忙しいからじゃない。


私という重荷をどう処理するか、あるいはどうやってフェードアウトするかを考えているからかもしれない。


「……隠さなきゃ」


私は呟く。


震える手で、散らばったゴミ袋の一つを掴んだ。


普通のふりをしなければ。


病気なんてない、明るくて、聞き分けの良い、都合のいい女。


彼が求めているのは「練習相手」だ。


カウンセラーでも、介護士でもない。


次に会えたら、絶対に笑おう。


どんなに辛くても、薬を何錠飲んででも、完璧な笑顔で彼を迎えよう。


「おじさん……ごめんなさい……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ