第9話 座り込む
壁一面に広がったゴーヤを、私は片っ端から収穫した。
二つだけ料理長に渡し、残りは箱へ詰める。
そして、大きな看板をつけた。
「ご自由にお持ちください」
それを家の前の通りへ設置し、私は藪の中へ座り込む。
ゴーヤには、わざとつると葉を残して切った。
しばらくして、母親と子供が通りかかる。
子供は嬉しそうに手を伸ばし、
母親は少しだけ考えてから、子供に頷いた。
子供は実よりも、つるや葉を楽しそうに握っている。
……そうね、分かるわ。
実と、つると、葉。
そのセット、ときめくわよね……。
代わる代わる人が訪れ、ゴーヤは少しずつ減っていく。
私の心のもやつきも、どうかゴーヤと一緒に持って行ってほしい。
……いい年をした令嬢が、茂みに隠れてそれを見守っているなど、誰も思うまい。
けれど、頼むから見させてほしい。
ゴーヤが減っていく、その様を。
この世の救いを、今の私はゴーヤに託しているのだ。
幸い、午前のうちにゴーヤはすべてもらわれていった。
なんと心洗われる光景だろう。
……その様を見届けて、私は少しだけ頭を冷やすことができた。
ガサガサと藪を抜け出し、
とぼとぼとした足取りでトマト畑へ向かう。
トマトは真っ昼間に手入れをしない。
だから私は、ぼんやりとトマトの間へ座り込んだ。
葉から水蒸気が出るらしい。
そのせいか、心なしか少しだけ涼しい。
私は、思いを巡らせる。
ナナホシ様。
父に呼ばれ、私に助言をくれた植物学専攻の青年。
彼の言葉通りにしてから、トマトのお尻は少しずつ丸く、赤くなってきた。
そのことは、本当に感謝している。
……けれど。
多分。
彼は、私の新しいお見合い相手だ。
……ナナホシ様。
穏やかな話しぶり。
深い知性。
私の農作業姿にも引かずにいてくださった。
非の打ち所のないお方。
家の繁栄は、貴族の義務だ。
私もいずれ嫁入りせねばならない。
素敵な方とのご縁は、ありがたく、かけがえのないもの。
……そのはずなのに、私の心は晴れなかった。
ふと、鼻先をトマトの葉の香りがかすめる。
私は、トマトを見る。
尻腐れの実は、もう取ってしまった。
傷んだままでは、次が育たないから。
……私も。
心の一部を、取ってしまえばいいのかしら。
そうすればもっと上手に。
家のために。
新しいご縁を受け入れられるのだろうか。
けれど――。
「……私、まだ」
言葉が、ぽつりとこぼれる。
「この庭にいたいの……」




