第8話 テントウムシ
年の頃は、二十五歳前後だろうか。
目鼻立ちははっきりとしているのに、どこか人の良さそうな顔立ちをしていた。
整った身なり。
けれど、その口から出た第一声は――。
「尻腐れですね。
土壌づくりの際、石灰はまかれましたか?」
……尻。
あまりにも、その外見に似つかわしくない単語だった。
けれど私は、呆気に取られながらも首を横に振る
「なるほど。
カルシウムを溶かした水を与えると良いですよ」
「失礼ですが!」
とジョアンナが声を上げた。
私より背の低い彼女が、さっと前へ出る。
「どちら様でしょうか?
個人のお庭に勝手に入られるのは、いかがなものかと思います!」
男性は弾かれたように目を丸くした。
そして、私も気づく。
……そうだわ。
この人、いつの間に私の、私たちの庭に。
「も、申し訳ありません!」
彼は慌てて一礼した。
「そちらのご令嬢にご挨拶するよう、お父上よりお許しをいただいております」
その場にいた全員が、
――げ。
という顔をした。
無理もない。
ひっつめ髪。
豪奢な生地のブラウスにズボン。
綿のアームカバー。
長靴。
襟足隠し布付きの帽子。
そして、泥。
ついでに水浸し。
令嬢らしさは、たぶん今この庭のどこにもない。
ジョアンナが慌てて私をトマト畑へ押し込もうとする。
もう遅いと思うのだけど。
半身をトマトの苗へ突っ込まれたあたりで、男性が再び口を開いた。
「あ、あの……私は、その。
大学で植物学を学んでおりますので、どうかお気になさらず」
ジョアンナが、困り果てたように私と彼を見比べる。
その時、私の帽子にとまっていたテントウムシが、ぷんと飛び立った。
……植物学を学ぶ人が皆、このような不始末姿の令嬢に慣れている理由はない。
けれど、今はその言葉に甘えることにした。
「それで……症状を見るに、土中のカルシウム不足による尻腐れです」
彼は、穏やかにトマトを示す。
「カルシウムを補った水と、石灰を。
それで改善する可能性があります」
尻腐れ。
ようやく私は、それがトマトの不調を指す言葉だったのだと理解した。
「カルシウム不足……連作障害でしょうか」
ジョアンナが誰ともなしに言う。
「いえ、ここは以前、薔薇園だったと伺っています。
連作というより、土壌のバランス変化や吸収障害かもしれません」
男性とジョアンナは、そのまま原因究明を始めてしまった。
……少しも、ついていけない。
けれど、私にも分かることがひとつだけある。
カルシウムと石灰を買えばいいのね。
私はおずおずと口を挟んだ。
「あの……ありがとうございます……」
そこで、はたと気づく。
……お名前。
良いことをもたらしてくださった方なのに、
私、この方のお名前を知らないわ。
困っているのを察したのだろう。
「ナナホシ・フォン・ベルナーです。
ロザリア・ド・ポモフィ様」
すると彼は、少しだけ気まずそうに続けた。
「ナナホシ、とは……テントウムシを意味する東洋の言葉だそうです」
「……ナナホシ、様……」




