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第10話 ポリポリしたトマト

小さな籠いっぱいに、トマトを収穫する。

赤く艶やかな実。

まだ少し早い色のものまで、私は迷わず摘んだ。


明日は嵐が来るらしい。

ならば、今日できることは今日のうちにしておかなければ。


そう思っていた矢先、セバスチャンに呼ばれた。

「お着替えを。屋外用のドレスをご用意しております」


屋外用。

その言葉に素直に従い、私は着替えた。


決して畑仕事向きではないが

私はドレス姿のまま、庭へ出た。


皆が汗を流しながら、明日に備えて収穫を進めている。


その中へ――。

ナナホシ様が現れた。


……随分と、動きやすそうなお姿で。

帽子。

首にはタオル。

長靴。

そして、両腕いっぱいの支柱。


ふらふらと大量の支柱を抱えて歩いてくる姿は、

貴族というより、非常に頼もしい農業従事者だった。


私と目が合う。

ナナホシ様は、ぱっと顔を明るくした。


ジョセフが慌てて駆け寄り、支柱を支える。

「明日は嵐ですから、お手伝いに参りました!」

よく通る声だった。


ジョセフへ半分ほど支柱を渡し、

ナナホシ様はそのままこちらへ急ぎ足でやって来る。

「フィールドワーク姿で失礼します。

明日の風は強い。トマトに支柱を増やしましょう」


そうして彼は、次々と支柱を立て始めた。

幹を傷めぬよう固定し、

風を逃がす角度まで考えているらしい。


……手際が良い。

さすが、植物学を学ばれている方。

ジョセフもジョアンナも、すぐにその流れへ加わり、

三人は楽しそうに作業を進めていく。


……私は、屋外用ドレスだけれど。

さすがに、あそこへ混ざったら裾が裂けるわ。


いいなぁ……。


私も、トマトのためにできることをしたいなぁ……。

ぼんやりと、皆の働く姿を眺める。


そして私は、畑の入り口でひとつ、トマトをもいだ。

口へ入れる。


……はしたない、けれど、落ち着かなくて、耐えられなかった。


ぽり。

……トマトとは思えない音がした。

皮が厚い。


可愛さに負けて、つい水をあげすぎてしまう。

その結果が、これだ。


口に入れたトマトからポリポリと

耳に響く軽い音が、きこえる。

少し、なんだかいごこちがわるい。

私、まちがっちゃったんだ……


そんな罪悪感におそわれた。


ナナホシ様がいなければ、

このトマトそのものが、ここまで育たなかったかもしれない。

そして今も、こうして助けてくださっている。


作業を終えたナナホシ様が、こちらへ歩いてくる。

「以前、水をあげすぎないようにと……教えてくださいましたよね」

「ああ、前回お会いした時ですね」

「はい……でも、守れなかったのです」

私は視線を落とす。

「……なんだか、かわいそうで……」

アドバイスを守れなかった。

そのことに、少し罪悪感があった。


けれど、ナナホシ様は明るく答えた。

「この庭は、野菜たちが元気よく葉を伸ばしています」

私は顔を上げる。

「それなら、それで良いのではないでしょうか」

「……でも、美味しくなっていません」

すると彼は、少しだけ笑った。

「育てることは、必ずしも甘く美味しいことだけが正解ではありません」

私は目を丸くする。

「何をしたいか。

どう育ててみたいか。

そういう好奇心もまた、とても楽しいものです」

私は少しだけ、息を呑んだ。

ナナホシ様がトマトをひとつ口へ入れる。

その横顔を、私はじっと見つめていた。


日が暮れる前に、ナナホシ様は帰っていった。

その日の夕食は、

アクアパッツァにトマト。

パスタにトマト。

サラダにもトマト。

……見事に、トマトだった。


かぶりまくりである。


けれど、たくさん収穫できたのだから賢明だ。

むしろ、私の皿にこれだけあるなら、皆の食卓はもっと――。


「ねえ」

私はセバスチャンへ声をかける。


「トマトが多くて、うれしいわ」

セバスチャンが微笑む。

メイドが苦笑いを浮かべる。

他の給仕たちは、顔を伏せ、肩を震わせていた。


……笑っているのね。

その様子を見て、私も笑った。


セバスチャン。

ジョセフ。

ジョアンナ。

メイドたち。


皆、ここにいる。

薔薇を抜き、トマトを植える。

貴族社会では聞いたこともない奇行に、

避けることなく付き合ってくれた人たち。


優しい人々。

この庭。


……それらと、離れる。


窓の外で風が強くなる。

雨が、横殴りに窓を打ちつけていた。


私は、静かに決意する。

――ナナホシ様との、お見合いをお断りしよう。

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