第11話 婚約破棄
父から、ドレスを着るよう命じられた。
……つまり今日は、家に関する出来事。
多分、正式なお見合いだ。
今日は、窮屈なドレス姿だからトマトの脇芽も摘めない。
ゴーヤの収穫もできない。
私は談話室に隣接する控え間の椅子へ腰を下ろした。
けれど、ここからはトマト畑が見えない。
見えるのは、整えられた姉の庭。
美しい。
整然としている。
……そして、少しだけ、つまらない。
談話室の向こうから、父の声が聞こえてくる。
どうやら、すでに客人は到着しているらしい。
けれど、その声色には、焦りと怒りが混じっていた。
「君なら合うと思ったのに、想定外だ!」
思わず、背筋が伸びる。
「しかし、私が学生であることは、事前にお伝えしておりました」
……ナナホシ様の声だった。
「君のご両親も、許婚を持つことは望んでいるだろう」
「それは、そうですが」
「それとも、君はうちの娘に何か足りないところがあると?」
……ああーーー。
聞かなければよかった。
私だって、お断りするつもりだった。
だったのだけれど。
だからといって、相手側の不満で破談。
挙句私の欠点を聞かされる、なんだか嫌だ。
……複雑な気分だけれど、わりと普遍的な感情でもあると思う。
先日の私は、フィールドワーク姿などという洒落たものではなく、要するに泥だらけでしたし。
嵐の準備でも、屋外用ドレスで見守ることしかできませんでしたし。
不服があっても、まあ……理解はできるわ。
すると、ナナホシ様のはっきりとした声が響いた。
「いいえ。ロザリア様は、とても素敵な方です」
……予想外の答えに息を呑む。
「急な来訪にもかかわらず、真摯に対応してくださいました」
私は、思わず瞬きをする。
「それに、あの植物たちの様子を見れば、
真面目で、努力される方だと感じております」
植物で判断された。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
「では、何が不服なんだ」
お父様、深掘りなさるわね……。
私への不服前提で……。
「彼女への不服はありません!!」
ナナホシ様の大きな声に、父が一瞬押し黙る。
私まで少しびくりとした。
そして彼は、少しだけ声を落とした。
「……私は、まだ学生です」
この先も研究室へ残りたい。
何年も、お待たせしてしまうかもしれない」
それが、申し訳ないのです」
私は、目を見開く。
「ロザリア様は、とても素敵な方です」
ナナホシ様は、まっすぐに父を見る。
「学生の身でなければ。
優先したいものが無ければ……そう思います」
胸が、どくりとした。
「この庭で、ロザリア様のお心は感じました」
できれば、ここで共にフィールドワークをしたいとすら思っております」
ナナホシ様の表情は見えないが、父へ深く頭を下げた。
「大変、申し訳ありません。
本来なら、お会いする前にお断りすべきでした」
……待って、ナナホシ様……。
「ですが……お会いしてしまった今、
ロザリア様を忘れることは難しい」
私は、息を止めた。
「素敵な方です。
ですが、私にも、すべきことがある」
そう言って、ナナホシ様はゆっくりと頭を上げ、踵を返した。
私は、考えるより先に控え間を飛び出していた。
「お待ちになって、ナナホシ様!!」
談話室へ飛び込む。
父が目を見開く。
「ロザリア!?」
ナナホシ様も、驚いたように振り返った。
「ロザリア様!」
「お前、聞いていたのか……」
父は心配そうに。
ナナホシ様は申し訳なさそうにつぶやいた。
けれど私は、それどころではなかった。
「ナナホシ様!」
必死に言葉をつなぐ。
「私……私も、お断りしようと思っておりました」
ナナホシ様の表情が、曇る。
ああ、違う。
違うの。
私は慌てて言葉を続けた。
「でも、違うのです!」
私は、まっすぐ彼を見る。
「勝手に私を忘れ難いなどと仰って、居なくならないで!
……私と、ご婚約ください!!!」




