第12話 トマトと待ち時間
「勝手に私を忘れ難いなどと仰って、居なくならないで!
……私と、ご婚約ください!!!」
談話室が、しんと静まり返った。
ナナホシ様は、完全に呆気に取られていたが
絞り出すように話し始める。
「し、しかし私は……学業のため、まだ結婚は出来ない身で……」
「貴方様の学業の区切りまで、お待ちします!」
我ながら、見事な即答だった。
「私もこの庭で、まだ育てたい好きなものがありますもの。
何年でも、お待ちできます!」
ナナホシ様がパチッと瞬きをする。
「私は、貴族の娘です。
数年のうちには、いずれ結婚しなければいけない」
「しかし、まだ……せめてあと数年、この庭にいたかったのです。
ですから本来、私はご縁談そのものをお断りするつもりでした」
「お前、それは失礼な!」
父が思わず口を挟む。
「お父様は黙ってて!」
父は口を閉ざし、遠い目をした。
……少しだけ、申し訳ない。
でも今は、それどころではない。
私は改めて、ナナホシ様をまっすぐ見つめた。
「私は、お相手がナナホシ様なら良いと思いました」
「……ロザリア様」
「お優しくて、博識で。
私の欠点とも言える庭造りを、笑わずに楽しんでくださった」
泥だらけでも。
トマトまみれでも。
尻腐れでも。
そんな言葉は飲み込んで、私は続ける。
「ナナホシ様。
どうか、私とご婚約ください」
ナナホシ様の表情が、揺れる。
嬉しそうに、困ったように。
「………貴方を、お待たせしてしまうのが心苦しい」
その言葉に、私は一歩踏み出した。
「では、その未練を抱えて生きていかれますか?
私は待つと、申しております!」
ナナホシ様が、言葉を失う。
「学業されている間、私はこの庭で、貴方を待てます。
とても前向きに過ごすことができます」
一呼吸置いて続ける。
「来年も、再来年も、トマトを育ててお待ちします!」
「……と、トマトは連作に向きません」
思いのほか真顔で返された。
「間に何か別の作物を挟むか、土を休ませないと……」
私は、一瞬だけ黙った。
「では、その方法も私に教えてください!」
今度こそ、ナナホシ様が目を丸くする番だった。
「そして、私と一緒に庭を……畑を整えてください」
言葉にすると、心がはっきりする。
そうだ。
私はただ待ちたいのではない。
この人と、育てていきたいのだ。
「私には、貴方が必要です!」
あまりに一度に言い切ったので、さすがに肩で息を――
……していない。
あら。
畑に出ているうちに、体力がついていたらしい。
そんな自分に一瞬驚いている間に、ナナホシ様の顔が、みるみる笑顔へ変わっていった。
呆気に取られた顔から、困った顔。
困った顔から、嬉しそうな顔へ。
そして最後には、どうしようもないほど優しい笑顔になった。
「ありがとうございます、ロザリア様」
その声は、ひどく穏やかだった。
「私は……最初にあの庭へ入った時から、素敵なお方だと思っていました」
「……ナナホシ様」
「泥だらけでも、トマトまみれでも」
……やっぱり、そこは入るのね。
けれど、その目は真剣だった。
「庭を丁寧に作られるご令嬢を、私は初めて見ました」
そして、片膝をついた。
そっと、私の手を取る。
「ロザリア様。
お待たせしてしまいます。
けれど、その時間も必ず、お役に立ちます」
少しだけ照れたように笑って、
「どうぞ、私とご婚約ください」
今度は、私が呆気に取られる番だった。
「……はい!」
気づけば、私は満面の笑みで頷いていた。
心から嬉しくて、ほっとした。
父だけが、最後まで呆気に取られていたけれど。
「………………………丸く収まったんだ?」
と、小さくつぶやいた。




