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狐と鼠の陣取り合戦 3

 霊格の高い神使同士なら、そんなつまらないことで小競り合いをすることはまずないだろう。だが、一般の動物妖怪は、精神性が元の動物に近いものである。肉体を持たず、食事を必要としないあやかしであっても、オリジナルの動物が食う―食われるの関係にある狐と鼠の妖怪が仲良く共存できるわけがなかった。


「それにしても、問題を起こしているっていう肝心の妖怪の姿がちっとも見当たらないね」


 続いてそう口にしたのは、ふわふわと宙に浮かんで周囲を見回している千綾である。喬は小馬鹿にするようにフンと鼻を鳴らした。


「そりゃ、野生の動物妖怪は警戒心が強いからな。お前みたいな猫又が堂々と表に出てたら、姿を現さないのは当たり前だろ」

「なんだと!? この俺のせいだっていうのか!?」


 シャーッと毛を逆立てる千綾。


「こら。喧嘩しないの」


 紬は千綾の首根っこをつかんで制止しつつ、同時に喬へ非難の目を向けた。喬はポケットに手を突っ込んだまま肩をすくめて言う。


「僕は本当のことを言っただけだぜ? 普通の妖怪はこんな真昼間から人前に出てきたりしないって、あんたもよく分かってるだろ?」

「む……」


 紬は眉根を寄せて、いきなりずいっと喬の正面に詰め寄った。喬は「な、なんだよ?」と動揺を露わにし、半歩後ずさる。紬は彼の鼻先に人差し指を突き付けて言い放った。


「ダウトです! あなたはさっき、日中から妖狐の見回りに出かけようとしていたでしょう!? それはつまり、狐番のあなたには、いつでも妖狐を呼び出す術があるってことじゃないんですか!?」

「うっ……。意外に鋭いね、あんた……」


 喬はひきつった笑みを浮かべた。それから、紬の気迫に押されるように、のろのろとポケットから親指サイズの鈴を取り出し、チリン、と彼女の目の前に紐で吊り下げる。金色に輝くその表面には、狐を象った精緻な浮彫が施されていた。


「これは……?」


 紬が鈴の美しさに魅入って尋ねると、喬は観念した口ぶりで答える。


「うちの家に代々伝わる『狐呼びの鈴』だよ……。といっても、この鈴自体には何も特別な力は宿っていないんだけどさ。この辺りの妖狐たちはこの鈴の音を覚えてくれているから、僕がこれを鳴らすと安心して出てきてくれるんだよ」

「おおっ! そんな便利アイテムを隠し持っていたんですね! 問い詰めて正解でした!」

「まったく……。こんなにしつこい陰陽師はあんたがはじめてだよ……」


 喬はげんなりした表情を浮かべて言った。


「――で、どうする? って、聞くまでもないか。どうせ僕に妖狐を呼び出せって言うんだろ?」

「はい! お願いします! 一緒に来てもらったのはそのためですから!」


 紬は勢い込んで頷く。喬は露骨に嘆息して、鈴を社の裏の茂みに向けて掲げた。


「はあ……。仕方ない。じゃあ、とりあえず、妖狐が隠れていそうなところで鈴を鳴らしてみよう。狐は林縁を好むから、特に怪しいのはあの辺りだね」


 喬の言葉を聞いた紬は意外な気持ちで目を瞬く。


「へえ~。エセ狐番かと思ってたら、一応、妖狐についての知識はちゃんとあるんですね」

「おい。シンプルに失礼だな?」

「あっ。すみません。つい本音が漏れてしまいました。早く鈴を鳴らしてください」

「ちぇっ。こう見えて、妖狐の目付けはちゃんとやってるんだぞ?」


 喬は不服そうに呟きながら、じっと茂みを見つめ、一定のリズムでシャンシャンと鈴を鳴らしはじめた。周囲の観光客の注意を引くほど大きな音ではないが、じんわりと耳の奥に沁み込んでくるような心地よい響きである。と、間もなく、


「わあい! キョウだ!」


という歓声とともに、四つの灰色の毛玉が次々に茂みから転がり出してきた。思わぬあやかしの登場に、紬は目を丸くする。


「えっ!? 何? この子たち……」

「何って……。妖狐の子供だけど」


 喬はしゃがみこんで、毛玉たちに手を差し出しながら答えた。そのサイズは喬の手に乗りそうなほど小さいが、よく見ると、短い四肢、丸っこい頭、細い尻尾を備えていて、確かに獣の赤ちゃんの形をしている。しかし、これが妖狐の子供と言われても、にわかには信じがたい見た目だ。

 面食らっている紬に向かって、喬は意地の悪い笑みを浮かべる。


「へえ~。新進気鋭の動物の怪係さんでも、生後間もない子狐の毛が灰色ってことは知らないんだねえ」

「うっ……。み、見たことなかったんだから、仕方ないじゃないですか……。でも、そういえば、狐や狸の赤ちゃんが犬と見間違えられて保護されるケースがあるという話は聞いたことがあります。この見た目なら納得ですね……」


 紬はゆっくりと屈んで、妖狐の子供をまじまじと見つめた。灰色の毛は綿毛のようにポワポワしていて、スラッとした狐のイメージからは程遠いフォルムである。あどけない顔とぎこちない動きが反則級に可愛くて、紬は胸が苦しくなるような感覚に襲われた。

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