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新米陰陽師と怠惰な狐番 3

 ***


「やられたか」

「やられました……」


 陰陽師協会京都本部の事務所に帰った紬は、部長とデスクを挟んで向かい合い、この一日の業務報告を行っていた。

 机や書類棚が並ぶ事務所の内装は、近代的で小綺麗なオフィスにしか見えない。これも部外者に怪しまれないようカムフラージュするためだが、ここをある種の公的機関の事務所と考えれば、意外とこの見た目は実情とマッチしているのではないかと紬は思っていた。

 部長は名前を不動(ふどう)勝将(かつまさ)といい、五十代とは思えないほど筋骨隆々な体と、顎先を覆う逆三角形の髭が特徴的な紳士だった。しかも、彼は人間の怪係を兼任しており、鬼や悪霊を正拳突きで祓うことができるというのだから驚きだ。


「まあ、あいつはあらゆる手段を使って、我々の要請を断ろうとするサボり魔だからな……。私も幾度となく一杯食わされたよ」


 不動部長は同情的な言葉で慰めてくれる。しかし、紬はまだ腹の虫が治まらなくて、すねた子供のように口を尖らせていた。


「なんであんなやる気のない人が目付け役を任されているんですか? あの調子じゃ、全然戦力にならないじゃないですか」


 紬が不満を露わにして問うと、不動部長は困り顔で髭をつまみながら答える。


「目付け役はなかなか替えが利かない人材だからねえ。それに、あいつはああ見えて、妖狐のことはちゃんと見てるんだよ」

「ええ~。本当ですか?」


 紬はにわかに信じがたい気持ちで聞き返した。すると、部屋の隅で盆栽を手入れしていた植物の怪係の大森(おおもり)葉月(はづき)が、亜麻色のロングヘアを揺らしてこちらを振り返り、口を挟んでくる。


「紬ちゃんは真面目過ぎるところがあるから、許せないと思うかもしれないけれど、彼のことはまともに相手しちゃダメだよ~。目付け役の手が借りられない場合は、一人で依頼を解決しちゃったって構わないんだから」

「うう……。やっぱりそれが正解なんですかね……」


 紬は釈然としない表情でうつむいた。

 大森先輩の言うことは確かにもっともである。やる気のない人を無理やり働かせようとするのは無駄な努力だろう。しかし、あんなふざけた男に手玉に取られてしまったまま引き下がるというのは、なんとも気に食わない。

 紬は曲がったことが嫌いで、なにより負けず嫌いな性分であった。

 不動部長は「うーん」と悩ましそうに唸ってから、何かを思いついたらしく、不意にポンと両手を打ち鳴らす。


「そうだ。どうしても狐坂を捕まえたいなら、あいつが外出するタイミングを狙うという手はあるぞ。あいつは週に二、三回は、自転車で市内の妖狐の見回りをしているから、特にその日は狙い目かもしれないな」

「ああ、なるほど! その手がありましたか!」


 紬はぱっと顔を輝かせてデスクの上に身を乗り出した。不動部長は驚いた様子で、顎髭をつまんだまま目を瞬く。


「いや、待て待て。これはあくまで最終手段だからな? あいつの見回りの時間は予測できないし、ずっとマンションの前で張り込むわけにもいかないだろう?」

「ご心配なく! 張り込みは非番の日に行うつもりですから!」

「おいおい、やる気満々かよ!? そんなことしてたら何のための非番か分からないじゃないか!」


 不動部長は困惑の表情で額に手を当てて天井を仰いだ。一方の大森先輩は愉快そうに笑い声をあげる。


「あははっ! 面白い。部長、紬ちゃんの気が済むまで、やらせてあげたらいいじゃないですか。ひょっとしたら、彼女の働きかけで、狐番のサボり癖が治るかもしれませんよ」

「そんなにうまくいくかねえ……」


 不動部長は嘆息してから、気づかわしげな視線を紬に向けて言った。


「まあ、そもそも、私に非番の部下の行動を禁止する権限はないから、君の好きにしてもらうしかないが……。けっして無理はしないようにしてくれよ?」

「はい! 頑張ります!」

「いや、頑張んなくていいんだよ!」


 紬の元気な返事にすぐさま不動部長の突っ込みが入った。


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