杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト9
残されたトールは、一体なにが目的だとアルマースの思惑を推測していた。
まさか本当に男同士の話というわけでもあるまいし、娘に付く変な虫に対する警告というわけでも無いだろう。杖だし。
そうやってトールが考えを巡らしていると、アルマースは話を切り出す。
「さて、トール殿。わざわざ残ってもらって悪かったな」
「いえ、お気になさらないで下さい、アルマース様。それで私にどのような話が?」
「なに、本当に少し話をしてみたかっただけだよ。男同士というのは冗談だがね」
そんなことを本気で信じるトールではない。より緊張感を持って対峙する。
「ご冗談を。わざわざクリシュ様に席を外させてまでのお話ですか?」
「ふむ、その通りだ。流石に無理があったかな」
「はい。クリシュ様に案内をさせるなど、普通では考えられませんから」
アルマースは楽しそうに小さく笑うと、トールに語りかける。
「それで本題だが……」
アルマースはパチンと指を鳴らす。するとすぐさま天井より一人降って来る。全身黒い装束に身を包んだそれは短刀を手に持ち、トールの背後を取るとそれを振りかぶってきた。
トールにはいきなりのことで反応しきれず、その短刀はそのまま兜と鎧の隙間に入り込もうとする。
しかしそれはガキンという音と共に、隙間に入る前に弾かれる。トールが念のために張り巡らせていた《守護者の巨人》によるフィールドである。
装束に身を包んだ者は一旦トールとの距離を離そうと、後ろに飛び下がった。
「逃がすか!」
トールは椅子に座ったまま手を後ろに回すが、あっさりとそれは避けられる。しかしトールはそれを予想していた。
大きな光る手を《守護者の巨人》で作り出し、そのままゴーレムの手から伸ばす。
それを装束の者は驚きの声を上げ、逃げようとしたがトールの方が一歩早かった。そのまま大きな手は装束の者を包みこみ、捕まえる。
「公爵閣下。どういうことでしょう?」
光る手で侵入者を捕まえながら、トールはアルマースへと尋ねる。武道の心得の無いトールではあるが、今一杯の警戒心を持って。
それに対しアルマースは、余裕を持った態度で座ったままである。
「すまないね。ちょっと試させてもらった。君の戦闘能力をね」
アルマースは座ったまま動いていないが、その直ぐ横にカルプスが立っている。いつでもトールと対峙できるようにである。
「さて、これ以上の害意は無い。すまないがその者を離してはもらえないか」
トールは少し逡巡したが、離すことにした。理由として、一つはこの者を離したところで、《守護者の巨人》で弾けたことで傷は付けらることは無いと判断したためである。
もう一つはこの装束衣装のものを人質にしたところで、無駄と思ったことも挙げられた。アルマースの眼が物語っている。
トールが離すと、装束を纏った者はすぐさま天井裏へと入っていった。
「さて、まずは謝罪しよう。このような行いをしてすまなかったな」
「……理由を説明いただけますか?」
トールは努めて冷静にアルマースへ問いかける。内心は怒り心頭である。
しかしゴーレムの体はそれを見せることなく、冷静な対応をしているとアルマースに錯覚させていた。
「先ほども言った通り、君の戦闘能力を見たかったというのが目的だよ。正直あのお嬢さん方が、あそこまで有能だとは思っていなかった」
アルマースは椅子に深く座りなおすと、直ぐ横に出ていたカルプスを下げさせる。カルプスは難色を示したが、再度指示を出されると、アルマースの後ろへと就いた。
「君も把握しているようだから分っていると思うが、彼女らの発明した技術は実に危険だ。それこそ自分の領地に誘いたい貴族は、数多いるだろうね。それに、それは我が国だけではないだろう」
空飛ぶ箒と空間拡張のカバン。この二つだけでも使い方によっては、軍事力を底上げするには十分である。
軍事力は貴族の力関係を変えるだけではなく、他国に渡ればそれだけで戦争を誘発しかねない。そうアルマースは判断していた。
「そこで私も出来る限り守らなければならない。しかし常に傍にいる君が、戦闘能力が低いとあればそれ相応の対応をしなければと思ってね」
「つまりは、そういう意味で私を試した、ということですね。それで合格ですかね?」
「ああ。取り合えずは合格だな。最初は反応し切れなかった様だけど、その後の対応は見事だったよ」
アルマースは表面上嬉しそうに話す。要はトールに護衛役を果たすことができるかをテストした、ということである。
トールにとってそれは、考えは解るがいきなり命を狙われた者としては納得が出来るものではない。しかしここは素直にしたがっておく方が得策と判断し、それを飲み込む。
「解りました。そういった理由とあれば、今回は眼を瞑ります。しかし……」
「しかし、なんだね?」
トールは一呼吸置くと、一気に話す。
「もし仮に、あなたが2人に危害を加えようとするなら、それに報復を持って返します。たとえ何処にいようと、必ず見つけ出し清算させてもらいます」
トールはナーリャとリューナの2人に危害を及ぼすのは、何も別の貴族だけとは思っていない。むしろこういった行動をすぐさま実行できるアルマースこそ、これ以上危険と判断すれば、どういった行動に出るかは想像に難くない。
トールの脅しとも取れる発言に、背後に控えていたカルプスは剣の柄に手を添える。それを制止し、アルマースは笑顔のままトールへと話しかける。
「約束しよう。彼女達には私は手を出さないよ。これでも権力争いにはウンザリしていてね。これ以上は求めることはしないよ。ただ今回は協力してもらいたいな」
「最終決定は彼女達です。俺は相談にのるが、決定はしない」
「それもそうか。いやはや、君と話をしていると、どうにも人と話しているような錯覚に陥るね。それも君が優秀な魔道具だという証左かね」
トールはその発言でピンときたことが合った。いきなり命を狙ってきたのも、彼はトールのことを人として視ていないからだと。
もし大事な人でも殺したりした場合、完全な恨みを買ってあの2人に逃げられでもしたら事である。しかし唯の魔道具であるトールを仮に壊したとしても、それなりに報いることは出来ると判断したのだろう。
「さて、それではどうせだから男同士の話でもしようじゃないか。あんなに可愛らしい女性二人と共に暮らしてるんだ。色々大変だろう?」
今までの話は綺麗さっぱり忘れた、といった様子でアルマースはそんなことを言って来る。その表情は相変わらず楽しげである。
さてと、とトールは頭を切り替えてアルマースの冗談にのった風を装う。
「大変ということも無いですが、流石に風呂の時とかは困りますね。どうしてよいものかと」
「ほうほう、確かに。それはどうしていいか分からなくなるね。それで覗いたりしたのかい?」
いきなりの発言に、トールは喉は無いはずだが咽込んだ。
「なにを言っているんですか、急に!」
「おや、男ならそれくらいの度胸は必要がと思うけどね。あんな美しい二人を前にして、それは逆に失礼というものじゃないか?」
「男性の意識があるとは思っていても、所詮は魔道具ですよ、私は。たしかに魅力的な女性であり、美しい少女とは認めますが」
「ほう、そうかね。いやはやそういうことらしいよ。まったくちゃんと見る目があるとは思わないかね?」
と、アルマースは急に声を大きくしながらドアに向かって話しかける。
トールがドアのほうを振り向くと、ゆっくりとそれは開き、そこには微妙な顔をしたナーリャとリューナが立っていた。
「……閣下。知っていらしたんですね」
「ハッハッハ。無論だよ」
アルマースは直ぐ傍までナーリャ達が帰ってきたことを知って、トールにあんな話題を振ったのである。目的はただの嫌がらせであろう。
トールはこの公爵いい性格をしてやがると内心毒づき、何事も無かったかのように振舞う。
「お帰り2人とも。目的のものは持ってきたのか?」
「え? あー、うん。ランプなら持ってきたよ」
「そ、そうですね。持ってきましたよ」
トール達がなにやら気まずい雰囲気を出していると、クリシュがナーリャ達の後ろでクスクスと笑っている。
「さあ御2人とも、中に入りましょう」
クリシュに促されると、二人はゆっくりと元いた席へと座る。トールとは微妙に目線を外してである。
「さて、お嬢さん方。それで持って来てくれたランプとやらは、どれかな?」
「はい。こちらになります」
ナーリャがバックから取り出したランプは、一見街中で市民が普段使いしているような形状である。
アルマースがテーブルに置かれたそれを手にしようとしたところで、またしてもカルプスに止められる。残念そうにアルマースがしていると、先ほどのカバンと同じように、カルプスがランプをチェックしている。
「さて、これはそのまま魔力を流してみればいいのかな?」
「はい。それで明かりは灯ります」
アルマースはランプを持っているカルプスに指示すると、カルプスはランプに魔力を込めた。
ランプ中央のガラス枠の中に刻まれている魔法陣が一瞬光ると、それ以上の光源が魔法陣の上へと出現する。その明るさは、昼の日差しが入り込んでいるこの部屋でも、よくわかるものであった。
「ほう、これはすばらしい」
カルプスは魔力を込めた後、再度ランプをチェックしてからアルマースへと渡す。
受け取ったアルマースは、光り輝く光源を楽しそうに見つめながらランプを弄っている。
「これは、熱くは無いね。なんとも不思議な感じだ」
通常のランプは火で明かりを得ているため、熱を持つ。それがほとんど無いということに感動しているようであった。
アルマースの横で見ていたクリシュも、好奇心が沸いたとばかりにアルマースへとランプを触らせてほしいとお願いしている。アルマースは娘の要望にこたえて、ランプを手渡した。
「まあ、本当に熱くありませんわ。一体どうなっているのでしょう? それに不思議な光ですわ。白くて、とても綺麗」
いかにも感動したといった様子で、クリシュはランプのガラス部分に手を当てたり離したりとしている。
「これなら十分だろう。確かにインパクトといった面では先の二つには劣るだろうが、見るものが見ればそのすばらしさは十分に理解できるだろう。それでだが、出来れば外装を凝ったものを作ってほしい。参考に適当に我が家にあるランプを貸し出そう。それを持って、コンテストに参加と行こうじゃないか」
十分満足してもらえたことに、ナーリャとリューナは安堵の表情を浮かべる。
クリシュからランプを受け取ると、一旦光を消してそれをカバンの中へとしまいこんだ。
「解りました。それで、コンテストの日付はいつでしょうか?」
「おっと、忘れていた。コンテストは20日後に行われる。出来ればその前に到着したいから、3日後には出発したい。間に合うかな?」
「はい。大丈夫だと思います。それと、私達のほうでも護衛を雇いたいのですが、よろしいでしょうか?」
ナーリャの回答に、笑顔の表情を崩さずにアルマースは頷く。
「もちろんだとも。我が家でも護衛は連れて行くが、戦力は大いに濾したことはない。それで、どういった者達なのかな?」
ナーリャはアルマースに問われて、冒険者であるカルンとイオンについて話をした。同年代の少女だが、腕は確かでとても頼りになる人物であると。
「なるほど。それならば問題ない。クリシュも同年代の者がいたほうが嬉しいだろう?」
「はい、お父様。それにその御二方も、とても素敵な女性でしたわ」
「そうか、クリシュは面識があるのかね。それであれば、なおさらいいだろう」
はい、と答えるクリシュに、アルマースは笑顔を向けていた。




