杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト6
「さて、それじゃあちょっと確認したいことがあるんだが、いいか?」
「なんでしょうか、トールさん」
一頻り笑いあった後、タイミングを見計らってトールは切り出した。いくつか確認したいことがあったためである。
「すまないが、貴族とはどういったものだろうか? みんなの意見を聞かせてほしい」
トールの中にはもちろん貴族というものの知識はある。しかしそれは、地球におけるものであり、それも歴史の知識として知っている物だけである。
この世界の貴族がどの程度の権力を有しているのか、それを確認しておきたかったのである。
「貴族、っすか。お偉い方って感じっすかね」
「そうですね。正直なところ、今まで接点はほとんど無かったので、私にもあまり分らないです。余計にこちらの国となると……」
カルンとイオンは、他国の出身とも相まってほとんど分らない存在だということである。そもそも、唯の山村出身の2人にとっては、天上人のようなものなのだという。
それだけで、トールには貴族がどういった存在なのかが見えてくるので、二人の意見はありがたかった。
「わたしはあんまり好きじゃないんだけどね、貴族」
と、いつもは朗らかと言っていい様子で暮らしているナーリャが、少し険しい表情でそんな発言をした。
「おばあちゃんが生きていた頃、しょっちゅう何とか様の使いって人が来て、おばあちゃんが追い返していたんだ。その時わたしもぶたれたりしたことがあって、あんまりいい思い出はないんだよね。あ、クリシュ様は別だよ。いい人だし、なんだか物腰柔らかくて、綺麗なお姫様って感じ出し」
最後の方は、擁護しているんだか良く分らない論調である。
しかしトールは意外だな、と思っていた。ナーリャはあまり嫌いといったことを口にしない。しかしそれでも貴族は好きじゃないと、言っているのである。
ぶたれれば誰だって嫌いにはなるかと思い、トールはリューナの方を見る。
唯一意見を口にしていないリューナは、少し思いつめた顔をしていたが、トールの視線を感じたのか、それを正して口を開く。
「貴族とは本来、国王より承った領地を運営することで生をなす方々です。一般的には領民を富ませることで自身の収入を増やし、そしてそれを使い更なる発展を行う考えを持っています。ただしもちろん例外もあります」
リューナは一旦話を区切ると、お茶を一口飲む。
「領民を富ませることなく搾取するもの。ただ自分の快楽のためだけに領地を扱うもの。様々な悪事に意を染め、それを権力を持ってなかったことにする。そういった存在もいます。そういった貴族は、出来るだけこちらから近づかないほうが得策ですね」
今回はもう遅いですが、と一言話し、リューナはさらに続けた。
「そして貴族として、一市民にはなかなか理解できないことの一番は、おそらく誇りを傷つけられることを嫌うということでしょう」
「どういうこと?」
リューナの話に、ナーリャは疑問を口にする。
「誇りというか面子というか、そういったものを重要視します。貴族の間では、それが自身の信用となり、同時に権力となりえます。そのため面子を潰されると、貴族のほとんどは敵対します」
なるほど、とナーリャは聞いた話に納得しているようである。なにか思い当たる節があったのだろう。
トールもまた、今まで聞いていた話を統合し、思っていた貴族と大差ないことを確認していた。歴史の勉強に感謝である。
「なるほどな。ということは、今回の件はその誇りと面子に関係しそうだな」
「そうですね。その線が濃厚かと思います」
「どういうことっすか?」
トールとリューナの2人で納得していると、カルンがそのことについて聞いてくる。他にもナーリャとイオンも理解が出来ていないらしく、首を傾げていた。
「つまりだ。今回のコンテストは国王が発布したものなのだろう? そういった催しで、公爵たる領主様が急に参加を取りやめるといったら、どう思う?」
「何か別の用事があったとか?」
「気が乗らなかったんじゃないっすかね」
「えっと、準備が出来なかったとか……」
ナーリャ、カルン、イオンの3人は思い思い自分の考えを口にする。
「いいえ、違います。まず国王側としては、今回自分の発布で催されたコンテストに参加しないともなれば、自分のことを軽んじられた、つまり面子がつぶされたと考えるでしょう」
「他にも準備が出来ませんなんていえば、それこそ公爵様がそんなことすら出来ないのかと、他の貴族に馬鹿にされるだろうな。そういった意味で、今回は誇りと面子に掛かってくるわけだ」
そういった訳で、トールとリューナは今回の件は誇りと面子に関わってくると考えていたのである。
トールとリューナの説明に、イオンは理解して様子を見せていたが、他の2人は、ほぇーと口を開いている。
トールが大丈夫かと思っていると、リューナは首をかしげながらトールに聞いてくる。
「なんでトールさんは分かるのでしょうか? もしかして以前も貴族に関わったことがあるとか?」
「なんでって。ちょっと考えただけだよ。貴族様なんぞに関わったことなんざ、いままで一度もないさ」
トールは日本において、ほとんどの他の一般人と同様、貴族と関わったことなんか一度も無い。せいぜい江戸時代には将軍や侍といった権力者がいたということを知っている程度である。あと漫画や小説なんかで読んだ程度だ。
「そうでしたか。いえ、すみません。変なことを聞きました」
リューナはそういってトールに謝る。
トールはその態度に、喉に骨が残っているような違和感を感じたが、今は関係ないと思い黙っていることにした。
「さて、今のところ思いつくのはそんなところか。後はクリシュから情報を引き出すしかないか」
「そうですね。取り合えず明日にはクリシュ様に本件を受けることを伝えましょう。こういったことは、早い方が印象がよいと思いますし、何より情報も早く得られたほうがいいでしょう」
「そうだね。そうしよっか」
トール達は取り合えずの予定を立てていると、外も日が落ち始めていた。何時の間にか多くの時間が経過していたことで、今日のところは解散することとなった。
「それじゃ、明日っすね」
「また明日。私達は朝から冒険者ギルドにいるようにしますので、そこに来ていただければ連絡が取れると思います」
「分りました。それでは宜しくお願いします」
「カルンちゃん、イオンちゃん。ありがとうね」
「2人とも、宜しく頼む」
カルンとイオンは別れの挨拶を済ませると、ナーリャの店から退出していった。
残った2人と1本は、取り合えずカップや椅子なんかを片付けると、店を後にする。さすがに今日はこれ以上営業する気になれなかったようである。
店の隣にある家へと戻ってくると、トール達はテーブルに集まった。普段なら帰った段階でナーリャがお茶を淹れに行くのだが、今日は来客の時飲みすぎたこともあって、淹れに行っていない。
「本当に今日はつかれたよ」
「まさかクリシュ様からこんな話がくるとは、ちょっと油断していましたね」
リューナとしては、貴族と親交を深めるというのは得てして厄介ごとが増える要因であると考えていた。しかしクリシュの人柄の良さに親愛を抱いていたために、今回のことを予測できていなかったのである。
「それにしても、先ほどの話じゃないんだが、リューナも貴族に詳しいよな」
トールがその一言を口にした時、リューナはビクッと体を一瞬震わせた。
「そ、そうですね。私も王都暮らしが長かったですし、何より学院にはそういった貴族も多く在籍していましたから」
あからさまに何かを隠そうとしているリューナの態度に、トールは気が付いてはいたが触れられたくないのかと思い、またも黙っていることにする。
「学院かぁ。わたしもこの体質じゃなきゃ行ってみたかったんだけど、おばあちゃんに止められていたんだよね」
「サーフィ様が、ですか?」
「ん。それにわたしが魔道技師になるのも反対していたし。あんまり関わらせたくなかったみたい」
ナーリャは昔のことを思い出しながら、トール達に語って聞かせる。
実はナーリャは魔道技術を祖母から教わったことは一度もないのだという。何か聞いても決して教えてはくれず、何か作っているのをただ横で見ていただけなのだという。それでも自分で勉強して、ある程度までは扱えるようになったのだ。
「普段は優しいおばあちゃんだったけど、魔道技術に関してだけは一切教えてくれなかったんだよね。最後の方は諦めていたっぽいんだけどね」
尊敬し大好きな祖母のことを話せたのがうれしかったのか、上機嫌でナーリャは語っていた。リューナもまた尊敬するサーフィの話を聞けて上機嫌である。
2人は機嫌を良くして、一緒に台所へとむかい上機嫌で夕食の準備に取り掛かかろうとする。。
その光景を普段は見ているだけのトールであったが、今日は違った。今の自分にはゴーレムという体があるのだ。
もともとは料理が嫌いではなく、時々ではあるが自分で作っていたこともあり得意とはいえないが出来ないともいえない腕前を持っている。
「それじゃ今日は俺も手伝うぞ」
そういった訳で、トールは2人に手伝いを申し出る。
「ほんと? それじゃあ、お野菜切ってくれる?」
「トールさんが料理ですか…… 大丈夫なんですか?」
2人の反応は正反対で、ナーリャは歓迎しリューナは疑って掛かっていた。
そんなリューナの態度に、フフンと鼻で笑うと、トールはナーリャに言われた野菜を切り始める。意外と上手い手つきに、リューナは衝撃を覚えた。
「ま、まさか杖に料理で負けるとは…… いえ、まだ野菜を切っただけです。他のことはさすがに無理でしょう」
なにやら自己に入り込んだリューナを尻目に、ナーリャの指示に従って料理をどんどんと手伝っていく。多少不揃いだがそれなりに綺麗に野菜を切り、肉を焼いていく。
ナーリャもトールがどのくらい料理できるのか気になったみたいで、どんどんとお願いをしていく。
そうして料理がそろった時には、ほとんどがトールが作ったものになっていた。
「トールって本当に料理が出来るんだね」
「杖に、杖に……」
料理を前にして嬉しそうに手を叩きながらトールを褒めるナーリャに、なにやらプライドが傷つけられた様子でたたずんでいるリューナであった。




