うかれる杖とあきれる魔道技師32
「うー、あたまいたい」
二日後、トール達と冒険者、それに馬車の御者は帰還の徒についていた。
前日はナーリャとリューナが帰るということで、盛大な食事会が催され、いつかの夜以上に盛り上がった。その時お酒を進められ、リューナに止められたにも関わらず、興味本位から飲んでしまったナーリャは、二日酔いに苦しんでいた。
「だから止めたんですよ。アレだけ言ったのに、聞かなかったナーリャさんが悪いです」
「だってぇ。おいしそうに、みんな飲んでるんだもん」
今は鉱山まで来たときと同じ馬車の中で、ナーリャは横になってリューナに膝枕をしてもらっている。
それを同じ馬車に乗るリーノがうらやましそうに眺めているのを、トールが眺めていた。
「そういえば、二日酔いに効く薬とかはないんですか?」
リーノはさすがに苦しんでいるナーリャが心配になったのか、リューナに薬について尋ねる。
「ありますよ」
そして返ってきた答えは、あっけらかんとしたものだった。
「ええ、あるの!?」
「ええ。もちろん今も持ってます」
「じゃあ何で教えてくれないの!? あいたたた……」
自分で大声をだしてしまい、それが頭に響いたのか、ナーリャはリューナのひざの上で悶えている。
「ナーリャさんのためにならないからですよ。一度苦しんだ方がいいんです。そうしないと、また同じ事をしでかしますから」
「うう~……」
半泣きになりながら悶えているナーリャに、リューナは先ほどの言った台詞とは間逆に、やさしい表情をしてその頭をなでている。
そうして夕方まで苦しんだナーリャと、それを看病するリューナという微笑ましい光景に包まれながら、馬車は順調に進んでいった。
数日の間、鉱山に来たときのように山賊に襲われる事もなく、魔物の襲撃といった事もないまま、一行はダナン城塞都市が見える距離まで帰ってきていた。
「やっと到着だね。リューナちゃん大丈夫?」
「え、ええ。すみません、ご心配をかけて」
ダナンが見える距離まで来ると、ナーリャとリューナの立場は逆転していた。リューナが馬車酔いになったためである。
来たときは問題なかったが、帰りは疲れがたまっていたのか、二日ほどした後に馬車酔いに掛かってしまっていた。すでに酔い止めは飲んでおり、最初よりは症状が軽くなったとはいえ、まだしんどそうである。
ちなみに酔い止めを飲む際には、ナーリャがリューナに意地悪をするといったことがあった。子供である。
「もうちょっとの辛抱だからな。頑張れ」
ナーリャに膝枕をしてもらっているリューナに、トールは励ましの言葉を掛ける。トールも生前は船酔いを起こした事があり、その辛さは実感していた。
「あと数刻といったところでしょう。……お水飲みますか?」
こうやって甲斐甲斐しく看病を受けながら、リューナは何とか無事にダナンへと入るまで持ちこたえる事に成功した。
馬車は街に入ると、そのまま鉱山ギルド経営の店まで進んでいく。約半月ぶりの帰還に、ナーリャは懐かしそうに馬車の外を見ていた。
「さて、到着です。皆さん御疲れ様でした」
リューナはナーリャに付き添ってもらいながら馬車を降りる。
リーノは具合の悪いリューナに気を使って、直ぐに部屋へと案内すると一旦席を外す。残されたのはトールとナーリャ、それにリューナである。今まで護衛を努めてくれていたカルンとイオンは、街に着いた事で報酬を受け取るため一緒ではない。
「大丈夫?」
「ええ、ようやく落ち着いてきました。ご心配をおかけしました」
しばらくの間休憩していると大分落ち着いてきたのか、リューナは店員が持ってきてくれたお茶を一飲みする。
そうしてお茶を楽しみながら待っていると、リーノを連れたセービアがノックと共に部屋へと入ってきた。
「皆さん、この度は有難う御座いました。お蔭様で鉱山の冠水も一段落できそうです」
まずはお礼を述べると、セービアは綺麗に一礼を行う。そしてナーリャ達とは向かい側の席に着く。
「それと途中の山賊の襲撃と、ハーピーの襲撃です。こちらに関しましても、危険手当を出させて頂きたいと思います」
これは迷惑料のほかにも、今後を見据えてのものである。内勤の者に現場での依頼を出す際、危険だからと言って断られるのを、少しでも報酬の上乗せで釣るのが目的だ。
トールがそんな事を考えていたが、ナーリャとリューナは特に気にした様子なくお礼を述べている。
「さて、報酬の件ですが、当初通りまずは100万オーロです。お納め下さい」
セービアが合図を出すと、リーノは持っていた皮袋をテーブルへと置く。
ナーリャが皮袋を開けると、そこには大きめな金貨が10枚ほど入っている。この国の通貨で1枚10万オーロ、日本円にして大体50万円ほどの価値がある。それが十枚で占めて100万オーロである。
「ありがとう御座います。頂きます」
ナーリャは金貨の入った皮袋を自分の方へと寄せる。
「それと、追加報酬ですが其方様の必要な分の、カリュプス鋼で如何でしょう? たしか元々はそれが目的だったかと存じていますが?」
「いいのか!?」
その提案にいち早く反応したのは、トールである。元々ゴーレム作りのために、それが目的でこの依頼を受けたからである。
思わずといった反応をしてしまい、しまったとトールは内心反省する。交渉ごとでこちらの目的のものに直ぐに食いつくなど、下策である。
しかしそんなトールの反応を楽しむかのように、セービアは笑顔でトールに向かって頷いた。
「もちろんです。必要な方に必要な物を。商売の鉄則ですな」
トールは正直助かると思っている。お金を得た事で買い付けるのは出来るが、今度は何処から買うのかで問題になる。その点追加報酬としてもらえるのであれば、願ったり叶ったりだ。
「えっと、それでいいか?」
トールはナーリャとリューナに確認する。2人と共に働いて得た報酬である。流石に勝手に決めてしまうのは問題だ。
しかしナーリャとリューナは気にした様子は無く、トールに向かって返事をする。
「トールがよければ問題ないよ」
「トールさんさえよければ、問題ありません」
2人の答えに、トールは少し感動してしまう。こんな杖のために追加報酬を棒に振るようなものである。それを直ぐに快諾してくれた2人に感謝しながら、トールはセービアに答える。
「待たせてすまない。それだったら150カグアムほど頂きたい」
150カグアム。大体150kgである。価格にして30万オーロほどであろうか。
この重量、実は以前トールが計算した、人間の骨格を基準にして決めていた。大体人間の骨の重さは、15%ほどと聞いたことがあり、そこから鉄の重さに逆算した時は約40kgほどである。ゴーレムの骨格に必要な分として、その計算を元に考え、他にも付属品、予備と吹っかけの意味を込めて、150kgとしたのだ。
流石にこれは承諾されないだろうとトールが考えていると、セービアの答えは意外なものであった。
「わかりました。どうせでしたら200カグアムほど差し上げます。それで如何でしょう?」
まさかの追加である。この太っ腹な態度に逆にトールは心配になる。
暫しトールが考え事をして黙っていると、セービアが口火を切り出す。
「何かを追加でお願いしようとしているわけでは御座いません。いうなれば御2人とあなた様との、今後とも宜しくといった意味合いが強いのですよ」
にこやかに答えるセービアを見て、トールは魔道技師たる2人に、恩を売っておきたいといったところかを考える。今回のように新しい発明で解決できる事もあれば、他にも利用できる事があるかもしれない。
そう考え、商売の幅が広がる分には問題ないかと思い、それを受諾することにした。
「ではありがたく頂こう。気を使わせたようですまないな」
「いえいえ、こちらこそ宜しくお願いいたします。さて、実はカリュプス鋼の準備は既に出来ております。ナーリャ様のお店まで、運ばせましょうか?」
手際のいい事である。これは最初から考えていたなと、トールはその先見の妙に感心した。それと同時に、ようやくゴーレムの素材が手に入る事に、いわれぬ高揚感に包まれていた。
「どうせなら今もらっちゃえば?」
ゴーレムの素材が手に入ると、久々に柄の部分をうねらせて浮かれているトールを見て、ナーリャはそう進言する。
「しかしかなりの量ですよ。流石に持ち帰るのは……」
「こちらのカバンに入れていただければ、問題ありませんから」
リューナの言葉に、ナーリャがカバンを差し出す。それは空間拡張に重量軽減の魔法陣を組み込んだ、特製のバックであった。
「こちらに、ですか?」
その事を知らないセービアは疑問の声を上げる。リーノも不思議そうにしていた。
そういえばリーノにも説明していなかったなと思い、トールはそのカバンについて話す。中は空間が広げてあり、尚且つその中のものは、重量が軽減されるのである。
その説明を受けたセービアの表情の変化は凄いものであった。まずは驚き、その後思案した顔になったあと、普段の笑顔になる。
正直こんな物流を変えそうな技術が目の前にあれば、トールだってそうする。
「これは驚きました。ぜひ商談とさせて頂きたいところではありますが、それはまた後日とさせて頂きましょう」
では、と一言いうと、セービアは使用人を呼ぶと、この部屋に用意していたカリュプス鋼を持ってくるように伝える。命令を受けた使用人は、一瞬怪訝な顔をするが、そのまま一礼して部屋を退出する。
「さて、そうしましたら準備が出来るまで、出来れば鉱山での御話を伺わせて頂けないでしょうか? 何分私は現場に出る事が久しくないものですから、ぜひ皆さんの御話を伺いたいのです」
その要請を受けて、トール達は鉱山であった出来事の話しを始めたのであった。
骨に関してはざっくり計算です。




