うかれる杖とあきれる魔道技師30
ナーリャ達が治療に当たっていた場所である建物には、既に2人とトール以外はいなかった。そのためトールは持ってきた毛布を、そこで眠ってしまった二人にかけると、そのまま《守護者の巨人》を使い、2人を覆うようにドーム状の幕を張り巡らせる。
「さて、俺はこのまま見張りでもしますか」
そう言葉にして決意したトールであったが、杖の体が疲労に強いとはいえ、ここ数日眠っていなかったのと先の戦闘によって、精神的な疲労がたまっていた。そのため、トールは睡魔に誘われるように、徐々に意識を失っていった。
次にトールが気付いたのは、ゴンゴンと叩くような音によってだった。
意識を取り戻したトールが音が鳴るほうへと視線を向けると、そこには《守護者の巨人》によって作ったドームを叩くリーノの姿があった。
トールが眠りこけていたとはいえ、《守護者の巨人》はその機能を十分に発揮していたようだ。
「ああ、すまない。今解除する」
トールは作り出していたドームを解除すると、リーノの手前まで浮かんでいく。
「おはよう御座います。御2人はまだ?」
トールが後ろを振り向いてナーリャ達を確認すると、2人は仲良く手を握った状態で眠っていた。
「ああ、昨日は流石に疲れたんだろう。すまないがもう少し眠らせてあげてくれ」
「分かりました。朝食の準備が出来ていますから、御目覚めになりましたら伝えて下さい」
リーノはそうトールに伝えると、建物を後にする。
先ほどまでトールは気がつかなかったが、ドアの付近にはカルンとイオンの2人が立っていた。起こしちゃ悪いと思い、トールは静かに2人の方へと向かった。
「や、おはよう」
「おはようっす」
「おはようございます」
少し小さめの声で朝の挨拶をする。ドアから漏れている光は、今日も天気がいい事を教えてくれていた。
「2人はもう食事は食べたのか?」
「ええ、お先にいただきました」
トールがカルンとイオンの2人と軽い世間話をしていると、後ろの方で動く気配がする。どうやらナーリャが起きてきたようだ。
ナーリャは一度辺りを見回すと、起き上がってトール達のほうへとやって来た。
「うー、おはよう、みんな」
少し寝ぼけ眼で、目をこすりながら挨拶をするナーリャに、それぞれが挨拶を返す。
「さっきリーノが来て、朝食の準備が出来てるって伝えにきてくれたよ。食べられそうなら行って来るといい」
「うん。リューナちゃんを起こして一緒に行って来るよ」
ナーリャはリューナの方へと駆け寄って、体を揺さぶり起こそうとする。しばらくの後、リューナも目を覚ましたようでゆっくりと体を起こす。
ナーリャはリューナの寝癖を手櫛で直しながら、カバンからタオルを取り出す。そしてまだ目覚めきっていないリューナを、顔を洗いに手を握ってつれて行く。
「顔を洗ったらそのまま食事に行くから、トールは自由にしてて」
「ナーリャ。あたいらはどうするっすか?」
「んー。カルンちゃんとイオンちゃんも食事が終わってるなら、自由にしててほしいかな」
ナーリャはそういうとそのままリューナをつれて外へと出て行く。トールもいまさら護衛は要らないだろうと、そのまま見送ることにした。
元々護衛の役割だったカルンとイオンも、ナーリャの言葉に従いここに残るようだった。
「付いていかなくてもいいのか? 護衛の仕事として」
「まあ、流石に何か問題が起こるとは思えませんし。それにトールさんに少し御話を伺いたかったんです」
俺に話し? とトールが疑問に思っていると、カルンのほうから切り出してきた。
「あたいの体質のことっす。あの、何とか症候群ってやつと、対外なんちゃらのことっすよ」
魔力過多症候群と対外魔力排出不良である。ほとんど言えていない。
イオンがカルンの訂正をして、正式な名称を述べると、トールに向かって問いかけてくる。
「この二つの症状なんですけど、本当のところは治るのでしょうか?」
トールは一瞬ナニを聞かれているのか分からなかった。以前も言ったとおり、名称と症状以外トールにも不明なのである。
「すまないが、どういった意味だろう? 前にも言ったが、今のところは治療法は不明だよ」
「それじゃあ、あの2人に気を使ってそう言った訳じゃないんすか?」
そう聞かれて、ようやくトールはピンと来た。
2人は、実はこれらの症状に治療法がないことを知って、それでも治したいを考えているナーリャとリューナに気を使って嘘を言ったと思われていたのだろう。
もちろんそんな事はなく、トールは《知識の泉》で得た情報を口にしただけであって、この件に関しては何かを隠しているという事はなかった。
「そんな事はないさ。確かにその名称と症状は知っていたが、治療法は知らないんだ。ただ魔力に関することだから、その扱いに長けているナーリャとリューナに調べてもらうように言ったんだ。もちろん俺も調べるけどな」
「そうだったんすね。ほらイオン、あたいの言った通りだったすよ」
「ええ、そうですね。すみません、急に不躾な質問をして」
イオンはそう言って頭を下げる。トールはそんな事は気にしないとイオンに伝えた。
「そういえば、2人はこの後どうするんだ?」
「この後っすか? 2人が戻ってきたら、いつも通り護衛っすよ」
「ああ、すまない。聞き方が悪かった。この依頼が終わったらの話だよ」
トールとしては、カルンが英雄予備軍である事を知っている。そうでなくても、かなりの力量を持った二人の冒険者で、なにより女の子であるから、これからもナーリャとリューナに良くして貰えたらと考えていた。やましい気はない。父性である。
「そういうことっすか。どうしよっか、イオン?」
「そうですね。できれば皆さんに、カルンちゃんを良く診てもらいたいとも考えているんですよね」
元々この2人の旅の目的はカルンの治療法探しであった。そのため北にあるボレアース帝国から、このクリーオス王国までやって来たのであった。
「それなら、ダナンに滞在するといいんじゃないか。結構大きな街だから仕事もあるだろうし、何よりナーリャとリューナも喜ぶと思うよ」
トールの提案に対して、カルンは軽くいいっすねと答える。イオンも少し悩んだそぶりを見せたが、カルンに同意した。
「取り合えずは無事にダナンについてからだな。さて、結構時間が経ったと思うんだけど、2人とも遅いな」
トールは外に出ると、食事場のほうを確認する。カルンとイオンも一緒になって外に出てくる。
食事場のほうからは大きな声が聞こえてきており、普段とはまた違った様相を呈していた。
「これは、2人だけで行かせたのは間違いだったか」
トールはそう呟くと、急いで食事場へと向かう。
カルンらと共にトールが食事場に付くと、そこはトールが想像していたものとは異なっていた。
「嬢ちゃんありがとな! おかげで怪我もすっかり良くなったよ」
「すげえな、空を飛んじまうなんてよ!」
「あ、あの。よければ俺と……」
それはいつかの夜の盛り上がりとそっくりであった。
あからさまに朝食には多すぎる料理がテーブルに並べられ、ナーリャとリューナの周りには大勢の男達が集まっている。以前と違う事があるとすれば、あの時は鉱夫達だけであったが今度は冒険者も交じっている事であった。
囲まれているナーリャとリューナは、表情に苦笑いを浮かべそれぞれが対応している。
「迎えにきたぞ。さあ、仕事しないとな」
トールは男達に割ってはいると、ナーリャ達の前までやってっくる。
いきなり浮かんだ杖がやって来たが、既になれたもので特に驚きの声が上がるといった事はなかった。だがその他の声は上がる。
「こら、杖野郎。俺とナーリャちゃんの憩いのひと時を邪魔すんじゃねえ」
「リューナちゃんとの間を邪魔する、奴は燃やしちまうぞ」
「ナーリャちゃんの所有物……俺も杖になりたい」
若干1名おかしなことを言っている者もいるが、大半はトールに向かってブーイングである。
トールはため息一つ付くと、説得もめんどくさいと《守護者の巨人》を使い、文字通り巨人を作り上げた。
「ほら、散った散った!」
巨人に手で追い払われ、男達はしぶしぶと退散していく。残ったのはトール達のほか、普通に食事をしていた面々だけであった。




