うかれる杖とあきれる魔道技師29
地上に降りたナーリャとリューナは、箒から降りるとおっと、と一瞬体勢を崩す。
「なんだかふわふわする」
「そうですね。なんだかいつもと違う感覚です」
「微重力状態から戻ってきたからな。水から上がった時と同じようになるんだろう」
トールは光る腕を作り出すと、手を上げて手のひらをナーリャとリューナに向ける。それにナーリャとリューナは勢いよく手を打ち付けて、ハイタッチをした。
トールがナーリャ達とハイタッチをしていると、そこにカルンとイオンも加わる。
「お疲れっす。2人とも空を飛んじゃうなんて凄いっすね!」
「お疲れ様です。まさか空を飛ぶなんて、それも魔道具なんですか?」
駆け寄ってきた2人は、真っ先に空飛ぶ箒について尋ねてくる。
ナーリャとリューナは隠していてもしょうがないと思い、素直に話す事にした。
「うん、この箒で空を飛べるんだよ」
「まだ改良の余地はありますが、基本的な飛行は出来ます」
へぇ~、とカルンとイオンが感心していると、今度は数人の冒険者を連れてリーノがやってくる。
「ナーリャさん、リューナさん、それにトールさんも。皆さんご無事ですか?」
おまけのような扱いをされ、トールは少しいじけるが特に誰も気にしていない。
ナーリャは笑顔でうん、と答え、リューナもまたはい、と答える。
「良かった。正直御2人が空から攻撃をしていなかったら、大分厳しくなったと思います。カルンさんとイオンさんもありがとう御座いました。御二人のような優秀な冒険者に、今回同行頂けたのは幸いでした」
えへへ、と照れているカルンにいえ、と謙虚に対応をするイオン。
トールも今回この2人がいなければ、山賊の襲撃にハーピー達の襲撃にともっと手間取っていただろうと思っていた。
「俺からもお礼を言わせてくれ。二人がいて本当に助かったよ」
「気にしないでいいっすよ。これが冒険者の仕事っすから」
口では気にするなといいながらも、カルンは嬉しそうに、その赤みがかった黒い髪のおさげを振りながら答える。
「はい。私達にも収穫がありましたし」
イオンが口にした収穫とは、道中に話していたカルンの体質の事だ。魔力過多症候群と、対外魔力排出不良のことである。
治療法はまだ見つかっていないが、症状が判明しただけでも嬉しかったのだろう、その口調から伺いしれた。
リーノは取り合えずの挨拶を済ませると、そのまま被害状況を確認しに行くと告げ、この場を後にする。
トールも、まずは一段落したと感じ、改めて被害の程を確認する。
建屋の多くは、屋根に損害を受けており、所々が破損している状態であった。だが基礎部分に被害があったのは少なく、崩壊寸前になっているのは一棟だけである。
「取り合えずは一段落だな。さて、それじゃあどうする?」
「わたしは、怪我をした人がいないか見て回るよ。多分大勢いると思うんだ」
「私も同行します」
ナーリャとリューナはそう言うと、治療のために怪我人を探し始める。トールもそれについて行き、手伝いをする事にした。
カルンとイオンは冒険者同士の話し合いがあるとの事で、2人とは一旦別れることとなった。
ちょうど歩いていた人に怪我人が集められている場所を聞くと、2人と1本は向かった。戦闘があった領域から離れていて、且つ大きい建物であった。そこにはハーピーにやられた者から、建屋からの落下物に巻き込まれたもの、逃げるときに転んだ者など、多くの怪我人が集められていた。
「ペリエ薬はまだあったよね?」
「ええ。多めに持ってきていたのが、功を奏しましたね」
2人は早速怪我人の治療へとあたった。傷口を水で洗い、ペリエ薬を塗っていく。
トールは2人の補助のため一緒についていく。2人が薬を塗った後に包帯を巻き、骨折者には当て木して固定をする。そのあたりの知識のないトールは、ナーリャとリューナに教えられながらも、治療を行っていった。
そうして傾いていた日もすっかり落ち、あたりが暗闇に包まれるまで治療は続けられた。
「今の人で最後かな」
「そうですね。あの方で最後のようです」
2人は最後の治療を終えると、その場で床にへたり込んでしまう。午前はポンプ作りに精を出し、午後はハーピーの撃退。その後は治療と働き詰めであったが、それらが終わって一気に疲れが出たようであった。
「2人とも御疲れさん。ほら、飲み物もらってきたぞ」
トールは治療の最後の方は手伝う事もなくなってきたので、その場を抜け出して暖かい飲み物をナーリャとリューナのためにもらってきていた。
「わぁ、ありがとうトール」
「ありがとう御座います、トールさん」
2人はトールからカップをもらうと、ゆっくりとまずは一口飲む。ハァと一息吐くと、少しずつ口にする。
「人的な被害はここに居た怪我人だけで、今回は死者はゼロだそうだ」
トールは、飲み物をもらう時に聞いた情報を2人に伝える。
ハーピーの攻撃は主に風の渦を作り出し、飛ばしてくるものであった。これは当たると吹き飛ばされる事になるが、それ自体の殺傷能力は低く、そのため怪我をしても命を落とすことにはなり辛かったのである。
「そっか、良かった」
「ええ、本当に」
安心したのか、2人は一際体の力を抜き、もはや起きているのか寝ているのか分からない体勢になる。
「これも2人が尽力した結果だな」
「トールさんも、ですね」
そういってリューナは少し笑う。
外は暗くなって久しいが、被害の把握や建屋の応急修理、夕食の炊き出しなので騒然としている。それらの音がこの建物にも聞こえてくる。
「それにしても、色々とあったよねぇ」
「そうですね。ここ数日でいろんなことがありましたね」
この鉱山に来る道程ではカルンとイオンに出会い、そして山賊に襲われるというハプニングに遭遇した。そして鉱山に到着すると、こんどは休むまもなくポンプ作りと設置に取り掛かり、それらが一段落するとこのハーピーの襲撃である。
「トールが来てから、いろんなことが起こっている気がするよ」
「人を疫病神みたいに言うなよ。たまたまだ」
「あなたは人じゃないでしょう」
そんなリューナの突っ込みに、それぞれが笑い声を上げる。
「でもなんだか充実しているんだよね。少し前までは一人だったから」
トールとリューナが来る前のことを思い出しているのか、ナーリャは少し遠い目をしている。
祖母を亡くし、一人で店を継いだはよいが魔道技師としては半人前以下だった。作れるのは火薬だけであったし、何より欠陥と呼ばれ魔法属性も欠けていた。
そんな自分が、今では色々なものを作り、冒険できているのが楽しくてしょうがないと、ナーリャは語る。
「私もです。学院に通ったはいいですが、如何せんこの体質でしたから」
魔道技師育成のための学院で、ナーリャと同じく欠陥だったリューナは、知識を武器に何とかやってきた。しかし如何せん作れるものが限られており、終には持っていない属性を含めた、4大属性を用いたものを作って来いと追い出されていた。
そこで藁にもすがる気持ちで、ナーリャの祖母に会いに来たのが今の始まりだった。
「そういうなら、俺も気がついたら森の中で一人ぼっちだったからな」
トールは話す事のできない前世を省いて、この世界に来たときのことを思い出す。
今とは違い、動けず、話せず、誰とも意思の疎通が出来ない状態だった事。冒険者の3人組に発見され、その後ダル爺さんの店に売られた事。そしてナーリャに買われたことを。
「なんだか不思議な気持ちだね。こうして集まったのが」
「ええ、本当に」
「まったくだな」
トールはこの落ち着いた空気に身をゆだねていた。この世界に来て、ナーリャとリューナに出会えた事は僥倖だったと、改めて感じていたのだ。
トールはそんな事を考えていると、横から寝息が聞こえてきた。ナーリャとリューナは疲労に耐え切れず、そのまま寝てしまったようであった。
「まったく……」
トールは起こすのもかわいそうだと、毛布を取りに外へと向かうのだった。




