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うかれる杖とあきれる魔道技師8

 

 この提案はトールにとっても渡りに船である。

 しかし条件を間違えると、とんでもない事になる事は見えていた。


「まずは幾つか確認を。鉱山のどの程度が冠水している?」


 リーノは持っている資料から鉱山の地図を取り出し、セービアへと渡す。


「現在では、この程度まで水で覆われています」


 鉱山の地図には、いくつも分岐した坑道が描かれている。セービアの示した内容では、そのうち幾つかの坑道が完全に水で満たされており、他の坑道へも水が浸入した様子である。


「結構な範囲に水が入っているようですね」


 リューナが率直な感想を言う。これでは採掘が止まるのも仕方が無いと。


「幸い、水はここで止まりました。後はここに入った水を取り出すだけなのですが、それが難航しておりまして」


「これは結構厄介だね。水がここまで入り込んじゃうと、それを運ぶのも一苦労だよ」


 ナーリャの感想に、トールは疑問を覚える。


「水を運ぶって、ポンプか何かで吸い上げるじゃないのか?」


「ポンプ? なにそれ?」


「水を吸い上げる装置だよ。見たこと無いのか?」


「う~ん、わたしは無いかな? リューナちゃんはある?」


「私も無いですね。水を吸い上げる、ですか。どういったものなのでしょうか。水の魔法で移動させるとか?」


 その答えにトールは愕然とする。正直ここまで発展した都市をみて、ポンプが無いとは思ってもいなかったのだ。


「水の排出には、基本人力で行っています。魔法で運び出そうにも出口が遠く、そこまで持っていくと魔力が足りなくなってしまうのですよ」


 セービアの補足に、トールは頭を切り替える。魔法文化で育ってきた弊害か、基本この世界の人々は魔法頼りにする傾向があった。魔法で水が出せるこの世界、井戸はあるがそれを汲みに来る人というのは少数である。多大な苦労が無ければ技術は発展し辛いものである。


「ならポンプでくみ上げるのが一番早いな。問題は動力をどうするかだが、そこはちょっと相談させてくれ」


「ほう、ポンプとやらであれば水を取り出せると」


「たぶんな。実際見てみないとなんともいえないし、上手くいくかも分からないがな」


 トールは早速頭の中でポンプの構造を思い出す。最新の高効率なものは流石に構造が分からないが、基本的なものであればいけそうである。


「それで、そのポンプとやらはどういったものなんですか?」


 リーノが興味本位でポンプについて聞いてくる。トールはその質問に答えるまえに、一つ切り出す。


「一応説明しておきたいが、その前に話をしておきたい事がある。これは構造さえ分かってしまえば、まねする事はおそらく簡単だ。そのためきちんと契約をしておきたい」


 トールが気にしている事はそれだ。構造を説明しました、はいではうちで作ります、さようならでは困るのだ。


「仰ることももっともだと思います。しかしこの件が解決しなければ、其方もお困りになるのではないですかな?」


 いい笑顔でそう吹っかけてくるセービアに、トールは笑って答える。


「ははっ、はっきり言ってこの技術は世間に知られていないものだ。そんな新しいものを、はいどうぞと差し出す馬鹿が何処にいる? いうなれば金を生む樹を、250カグアムの鉱石と引き換えにあげる訳にはいかないさ」


 セービアはその答えを聞いて、ますます笑みを深くする。


「その通りで御座いますね。それでしたら鉱石を卸す権利と、他に何かほしいものがあるということですかな?」


「ある程度の金がほしい。それと鉱石の購入件を譲ってくれ」


「ほう、なるほど」


「そちらの商会でこれを売ることはかまわない。作ることもだ。ただその辺を明確にしておかないと、気持ち悪くてな」


 トールは少し特許のようなものも考えた。しかしこちらはただの魔道技師に対し、向こうは大手のギルド、組合である。継続して利益を吸い出そうとすれば、邪魔だと判断された時にはどうなるか分かったものではない。


「その程度でよろしいので? 他にも色々と融通できると思いますが?」


「欲張ってもいいことは無いからな。それに、お得意さま価格って奴だ。今後ともよろしく」


 最初は損をして、後からの利益をとる。基本的な考え方である。ただしやりすぎると、その後もずっとお得意様価格になるので、注意が必要である。


「ふふっ、あなたは面白いですね。杖にしておくのはもったいないですよ。いいでしょう。ただし上手くいった時の話です。失敗したら鉱石の買い付け権も差し上げませんよ?」


「分かっているさ。二人とも、すまないが今言った事でいいか?」


 トールが交渉している間、ナーリャとリューナの二人は静かに見守っていた。トールは勝手に決めた事に少し罪悪感を感じていた。


「わたしはいいと思うよ。トールの考えたものなんだから」


「私もかまいません」


 二人の同意を得られて、トールはそれじゃあと契約について話をすすめる。


「それで、契約ってどうすればいいんだ? 正直そのあたりは良く分からん」


「契約については2通契約書を作って、互いの署名を入れればよいです。保証人として教会などを仲介にする事もできますが、いかが致しますか? その場合は3通必要になりますね」


 教会、つまり宗教団体である。この国の宗教事情を調べる事をすっかり忘れていたトールは、後で調べておこうを決める。


「じゃあそれで。費用はどの程度かかる?」


「一件に付き1万オーロほど。この費用は折半で如何でしょう?」


「それじゃあ報酬から引いておいてほしい。あっと報酬の話がまだだったな」


「そうですね。それでしたら成功した暁には100万オーロ支払いましょう。如何ですかな?」


 100万オーロ。日本円にしたら500万円ほどである。


「それでいいが、必要経費はそちら持ちにしてほしい。正直その程度かかるか分からん」


「良いでしょう。ただし経費については口を出させていただきますよ。流石にすべてお任せとはいきませんからね」


「了解した。さて、それじゃあどうするかな」


 トールは話がひと段落したことで緊張を解く。契約に関する話し合いは久々だったので実は結構緊張していたのである。


「では直ぐにでも契約書を作成いたしましょう。あと教会にも使いをだして、担当の方を呼びましょうか」


 手馴れた様子でベルを鳴らしてセービアは人を呼び出すと、次々と指示を与えていく。


「では今しばらくお待ち下さい。私どもは少々席を外させて頂きます」


 そういってセービアとリーノは部屋を出て行った。二人が部屋を出るのと同時に、先ほどの女性店員がお茶を持って部屋へと入ってくる。

 一言お茶を持ってくる事が遅くなった事を謝罪をして、女性店員はナーリャとリューナにお茶を差し出すと、そっと部屋を出て行った。


「えっと、勝手に決めて悪かった」


「さっきも言ったけど、気にしないでいいよ、トール。鉱山で働いている人たちの、役に立てるなら嬉しいしね」


「そうですね。それじゃあ日程を立てないといけませんね。お店も休まなくてはいけませんし」


 店を休むと聞いて、トールは一瞬何の事だか理解できなかった。しかし落ち着いて考えてみれば当然の事である。現地に行って確認をしなければならない事も、多くあるだろうからだ。


「そっか、店を休まなきゃならないのか。本当にすまない、そこまで頭が回ってなかった」


「いいって。それよりポンプっていうの? それの構造ってどうなっているの?」


 ナーリャはカバンの中に入れて、持ってきていた紙とペンとインクを取り出すと、トールの前に置く。


「そうだな。セービアさん達にも説明しなくちゃならないから、今のうちに概要図でも描いておくか」


 トールはナーリャが置いてくれたペンを持つと、インクを付けて紙に図を描いていく。トールが描いているのは、昔に使われていた手押し式のポンプの構造である。


「ここのハンドルと上げ下げして、このピストンが上下に動く事で水を吸い上げるんだよ。それでここの弁が水を吸い上げる時は閉まって、戻す時は弁が開いて水が通るって仕組みだ」


 ナーリャとリューナに、紙に概要図を描き込みながら説明する。


「結構簡単な原理なんだね」


「そうですね。これなら簡単に作れそうです。ちょっと作ってみましょうか?」


 そういってリューナも紙を取り出して、そこに魔法陣を描きこんでいく。


「作るって、ここでか?」


「はい。セービアさんに許可をもらっての話ですが、材料もこのギルドにあるでしょう。であれば実物を見せたほうが早いと思います」



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