うかれる杖とあきれる魔道技師6
さっそくトールは、空飛ぶ箒について考察を始める。
トールのイメージとして、空飛ぶ箒とは魔女などが飛行するために用いる道具である。それを実行するにはやはり魔法、もしくは魔法陣による効果が必要である。
そこでまず最初に思いついたのが、ナーリャに教えた重量軽減の魔法である。この魔法陣は既にナーリャが完成させていたはずである。
「そっちはナーリャにお願いするとして、後は制御のほうか」
ここ数日一人でいる事が多かったため、トールはすっかり独り言が増えていた。もともと一人暮らしをしていた為でもあるので、そういった意味では元に戻りつつあるという事かもしれないが。
トールは紙を取り出すと、図を描き始める。簡単な箒のポンチ絵である。そこに注記を書き込んでいく。風魔法での反作用で移動。火と風による爆風。水の射出。いずれも移動方法に関する内容である。
それらをどう配置し、どう作動させるかといったところで、トールに声がかかった。
「ただいま、トール。ご飯にするから戻ってきてね」
声を掛けてきたのはナーリャだった。トールが気付かなかったが、何時の間にか夕飯の買出しから帰宅していたようだ。
「わかった、すぐ行く」
ナーリャはトールに声を掛けると、すぐに家へと戻っていった。トールは色々と空飛ぶ箒に関することを書き込んだ紙を丸めると、《守護者の巨人》の能力で作り出した手で丸めて持っていく。
家のリビングに入ると、既に支度を終えた二人が椅子に座りトールを待っていた。
「遅いですよ、トールさん」
「悪い悪い」
リューナに窘められながら、トールはいつもの定位置へと移動する。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
ナーリャの掛け声の後にリューナも続く。そうして二人は食事を始めた。相変わらずトールは食べられないので、横で見ているだけである。
「そういえば二人に、協力してもらいたいことがあるんだけど」
「なんです?」
リューナは今日のメニューである鶏肉のステーキを、フォークとナイフで肉を切り分け、口に運ぶ。その食べ方は洗練されている。
「いや、一つ作ってみたい物があるんだけどな。ほら、今日空飛ぶおもちゃを見てて思いついたんだよ」
「あのおもちゃで? 何を思いついたの?」
ナーリャは肉を一気に一口大に切り分け、それをフォークで刺して食べている。
「空飛ぶ箒なんか作れたら面白そうだなとおもってな」
ナーリャとリューナは、手に持っていたフォークを止める。一旦皿にそれを戻すと、同時にトールの方を向く。
「空飛ぶ箒って、なんで箒?」
「空飛ぶって、一体どうやってですか?」
先がナーリャ、後がリューナの発言である。
リューナはナーリャのことを見ると、そうじゃないでしょう、と突っ込みを入れている。ナーリャはリューナの突っ込みを受けて、それもそうだねと笑っていた。
「それで、空を飛ぶってどうやってするつもりですか?」
新ためてリューナはトールへと問いかける。
「ほら、ナーリャに教えた重力軽減の魔法があるだろ? それを上手く使えば、空も飛べるんじゃないかって思ってな」
トールの答えを聞いた二人は、ナーリャの方は上を向くように、リューナの方は顎に手を当てて考え始めた。
「たしかに、それだったら上手くいくかもしれないよね」
「そうですね。それにあのオニと戦った時、ナーリャさんは自分に重力軽減の魔法をかけて、飛び上がっていましたから」
オニと対峙した際、噛み付かれていたトールを助けるため、ナーリャは自身に重力軽減の魔法をかけて、オニの顔付近へと肉薄していた。その時のことをトールは思い出していた。
「そうそう、そんな感じで箒に跨った対象者ごと軽くして、それで空を飛ぼうって寸法さ」
「それでしたらいけそうな気がしますね。……こういった発想が出来ない点で言えば、まだまだ私も未熟者ですね」
そんな風に反省しているリューナを見て、トールは居た堪れない気になる。もともとはトールが思いついたわけでなく、知っていた事柄から引っ張りあげてきただけであったからだ。
「それでさ、トール? なんで箒なの?」
ナーリャはというと、やはりそこが気になるのかトールへと聞く。
「空を飛ぶ魔法の道具といえば、やっぱり箒だろ?」
トールのその答えに納得がいかないのか、う~んと声を唸らせながらナーリャは食事を再開する。
「まあ、実際は特に箒を選んだ意味は無いんだよ。ただ単に俺のイメージってやつだ」
「そっか。わたしもちょっと気になっただけだから」
ナーリャはパンをちぎり、口へと運ぶ。
「話を戻しますけど、空を飛ぶ箒はいいんですが、なんで急に作る気になったんですか? ゴーレムはいいんですか?」
リューナはここ数日間怪しく笑いながら一心不乱に図面と格闘していたトールが、なぜ急に別のものに興味を引かれたのかが気になったようである。
「それなんだけどな。明日一緒に鉱山ギルドに行ってもらうって話ししていたと思うけど、もう一つ重大な問題があってな」
トールのもったいぶった話に、ナーリャとリューナは特に気にした様子も無く食事を続ける。
「それで、重大な問題ってなに、トール?」
「お金が足りない、と思う」
ああ、と二人は口にする。
「トールさん紙を買うのに、一気にお金使ってましたしね」
「そうなんだよ。それにカリュプス鋼っていい値段すんのな」
トールの考えていた価格より大分高かったのである。そもそもトールは、元設計者として地球での鉄鋼の価格とは良くかかわっていたのである。そのため地球基準で考えてしまっており、目測が外れたというわけだ。
「カリュプス鋼は、精製するのにフェッルム鉱石のほかに鋼樹も必要ですからね。それだけ値段も上がります」
「今日ボーダのオヤッさんに聞いてきたところだと、カリュプス鋼が2000、フェッルム鋼が1700だそうだ。あ、1カグアムあたりな」
「このへんだとそのあたりが相場かな。ちょっと安いかもだけど」
ナーリャはまだ食事を続けているが、リューナは何時の間にか食事を終えていた。
「それで今設計しているゴーレムなんだけど、ざっと200カグアムぐらい必要そうなんだよな」
200カグアム、つまり200kgである。
「200カグアムとなると、40万オーロですか。結構な額になりますね」
「そうなんだよ。それで空飛ぶ箒だ。これが出来ればいい値段で売れると思わないか? ほら、貴族とかにさ」
「たしかに、本当にそらが飛べるとなれば、そのぐらいは出しそうですが……」
リューナは一旦口をつむぐ。
ナーリャはようやく食べ終えたのか、ご馳走様と言っていた。
「貴族様に売るのはいいけど、誰に売るの? わたし達が知っているのってクリシュ様くらいだよ?」
「そうなんだよなぁ。クリシュは買ってくれないかな?」
「どうでしょう。今日の様子ですと案外買ってくれそうな気もしますが」
「ダメ元でお願いしてみるか。まずは完成させないとだからな。それじゃあ明日は取り合えず鉱山ギルドに行くってことでいいか?」
「うん」
「はい」
ナーリャとリューナは揃ってトールに同意を示した。




