うかれる杖とあきれる魔道技師4
口をふさがれ、もごもごとしているナーリャを横目に、お話は続いていた。
「それじゃあこの魔法陣というものが、ゴーレムを動かしているのですね?」
「そうです。そして、その時にナーリャさんの動作をこの魔法陣に記憶させる事で、その動きを制御しているという事ですね」
「なるほど。魔法陣というのはすごいものなんですね。」
リューナとクリシュの会話に、トールはここに来て1ヶ月足らずだが、その事を実感していた。
この魔法陣というのはかなり万能である。
トールが知る限りでも、各種魔法を再現できるだけではなく、物作りにも活用できるのである。実際以前爆弾であるプラーミァをナーリャとリューナが作り出した際、魔法陣の上に材料を乗せて魔力を流し込んだだけで形作ったのである。
「ええ、魔道技術が発見されて数十年、どんどんと新しい技術が開発されています」
その言葉に、トールは興味を引かれる。そういえば魔道技術の歴史なんかは全然興味を持っていなかったのである。
リューナとクリシュが横で話しているのを尻目に、トールは《知識の泉》へと投げかける。
…魔道技術の歴史:現時刻より43年と3ヶ月前、魔道師サーフィ・スランツェに伝承。現在の技術体系を構築。以後各地にて魔法陣を機軸とした技術が発達
結構簡単な概略を伝えてくる《知識の泉》に、トールはそのサーフィという名前にに疑問を覚える。どこかで聞いた名前だ。
「この技術の発見者はサーフィ・スランツェ導師。このナーリャさんの祖母に当たる方です」
口をふさがれ続けてぐったりしているナーリャを、他の3人と1本が見る。その様子を見て、慌ててリューナは口に当てていた手をどけた。ナーリャはようやく自由になった呼吸を堪能する。
「苦しいよ、リューナちゃん」
すみません、とリューナはナーリャに謝罪する。
「それで、おばあちゃんがなんだっけ?」
「ええ、ナーリャ様のお婆様が魔道技術の発明者というお話ですわ」
様ってなんか照れます、といいながらナーリャは頬をかく。
「そうですね、わたしのお婆ちゃんが魔法陣を発見したというみたいです」
それらの話を聞き、トールはサーフィという人物がナーリャの祖母だった事を思い出す。それに43年前に発見されたというのも、結構新しい技術だったのかと思っていた。
「ただ、お婆ちゃんはその辺りのこと詳しく教えてくれなかったんですよね。わたしが聞いても教えてくれなかったんです」
少し寂しそうにナーリャは話す。
「そうでしたのね。何かしら事情があったのかしら」
「そうですね、おそらくそうだったんじゃないかと思います」
ナーリャは祖母の思い出を振り返るように、目を瞑る。まるで祈りを捧げるかのように。
「それでしたら、こちらにはまだまだいろんな珍しいものが御座いませんか? きっとすばらしいものも多いと思うのです」
場の雰囲気を和ませようと、明るい調子でそう聞くクリシュ。それに便乗して、トールも明るく話しかける。
「そういえば俺もあんまり見たことが無かったな。なんか珍しいものって他にもないのか、ナーリャ?」
「うん、いろんなものがあるよ。例えばこの水筒もお婆ちゃんが作ってくれたものだし、他にも空を飛ぶものもあるんだよ」
「まあ、空を飛ぶものですの! ぜひ拝見させていただきたいですわ」
空を飛ぶというのに、またしてもクリシュは声を上げて喜ぶ。
トールもその空飛ぶものに興味が引かれる。この世界に飛行機に順ずるものがあるのかと。
「あんまりすごいものじゃないですけどね。ちょっと待っててください」
そういってナーリャは再度工房へと入っていく。奥のほうからは、何か探しているのかガチャガチャと物音が響いてきた。
「空を飛ぶものか。魔道技術の中では結構あるのか?」
ナーリャを待っている間、トールなリューナへと問いかける。リューナはその質問に首を振って答えた。
「いいえ、空を飛ぶというのは一つの目標になってはいますが、まだ自在に飛ぶことの出来た者はいません。他にもゴーレムでそれを作り出そうとした者もいましたが、今のところは上手くいっていないようですね」
「まあ! それでしたら、サーフィ導師は実は最初に空を飛ぶものを作り出していたのですのね」
クリシュは待ちきれないとばかりにそわそわし始める。
そしてしばらくの後、ナーリャが工房から出てくる。
「こちらが空飛ぶものなんです。おもちゃみたいなものなんですけどね」
それはトールがよく知っている形状に近かった。要は紙飛行機である。
その紙飛行機には文様、つまり魔法陣が描き込まれていた。
「ここの魔法陣に魔力を込めてっと。それじゃあ飛ばしますね」
ナーリャは紙飛行機を手から離す。
紙飛行機はゆっくりとだが安定した様子で、店のカウンターがある奥から入り口のドアまで進んでいく。そしてドアにたどり着くと、そのままぶつかって床へと落ちていった。
「こういうおもちゃなんです。外で飛ばせばもっと遠くまで行きますよ。あんまり風が強いと途中で落ちちゃいますけど」
トールとしてはちょっとがっかりしていた。もっと魔法的な何かで空を飛ぶものだと考えていたからだ。
しかし他の面子は違ったようである。髪飛行機が飛んでいく様子に、口を開けてただ眺めていた。
「すばらしいですわ! こんなにゆったりと飛ぶものは初めてみましたわ」
「ええ、私も初めて見ました」
クリシュとペルラはそれぞれ感想を言い合う。
「なあ。これってそんなにすごいことなのか?」
その驚いている姿を見て、トールは疑問に思いリューナに小声で聞く。
「そうですね。私達技術者にとっては結構知られている事ですが、あまりそういったものは外に出て行かないので、他の人たちにとっては珍しいものになるでしょう。しかしこれは随分と安定していたように見えます」
リューナはドアのほうへと向かって飛んでいった紙飛行機を取りに行く。ドアまでたどり着き、落ちた紙飛行機を拾い上げると、そこに描かれていた魔法陣を観察し始めた。
「これは……なるほ………そうすると……」
「リューナちゃん、戻っておいで」
紙飛行機を拾ってそのまま観察し始めたリューナを、ナーリャは呼び戻す。
それに気がついて、リューナは少し顔を赤らめながら皆の元へと戻ってくる。
「すみません。つい気になってしまいまして」
リューナは恥ずかしそうにナーリャへ紙飛行機を手渡す。
「ああ、こうやって人も空を飛べる時が来るのでしょうか。夢が広がりますわ」
「まあ、訳の分からない物がすぐ傍で浮かんでいますけどね」
リューナの呟きに、トールへ向かって一斉に視線が集まる。ぷかぷかと浮き、結構な強度を持つ体をうねうねをうねらせ、話しをする杖にである。
「そういえばそうだね」
「そういえばそうですわね」
「そういえばそうだな」
3者それぞれ同じ意味の言葉を吐いた。




