うかれる杖とあきれる魔道技師2
鍛冶場の奥から出てきたボーダは、トールを見るなり面白そうな顔つきになる。
「おう、杖の坊主じゃねぇか。どうした?」
杖であるトールが鍛冶場に来たのが面白そうに、ボーダはトールへと声を掛けた。
「ボーダのおやっさん、お久しぶり。実はちょっと頼みたいことがあってきたんだよ」
「ほう、頼みたいことか。何だ、言ってみろ」
ますます面白そうだと、ボーダはその厳つい顔つきに笑顔をさらににじませる。
「実は今ゴーレムを作ろうとしてるんだけどな? その材料に当てが無いか聞きに来たんだ」
その言葉を聞いたとたん、ボーダは笑顔を潜ませあからさまにつまらなそうな顔つきへとなる。
「なんでぇ、お使いか。それで? 一体何がほしいんでぃ」
「カリュプス鋼がほしいんだ。もしなければ、フェッルム鋼でもいい。鉱石でも可だな」
ふむ、とボーダは少し考え込む。
「そうだな。俺が使う分もあるから、今あるカリュプス鋼の在庫は30カグアムだな」
ボーダが提案した30カグアムは、おおよそ30kgに相当する。ちなみに1gに相当するのは1グアームである。
その事を《知識の泉》に聞いて把握していたトールは、それだけだと足りないなと考えていた。
「そうか。おそらくもっと必要だと思うんだが、フェッルム鋼はどうだ? 鉱石でもいいんだが」
「そうだな。フェッルム鋼は20カグアム、鉱石のほうは在庫は無いな。ほしければ鉱山ギルド管轄の商会にでも、行ってみるしかねえな」
鉱山ギルド。要は鉱山を管理している団体が経営する商会に行ってみてはどうだ、という提案である。
その提案にトールはなるほど、と考える。確かに原材料を扱っているところの方が、確実というわけである。
「なるほど、鉱山ギルドね。それってこの街にもあるのか?」
「ああ、もちろんあるぞ。ただ普通に卸してくれるかは分からん。基本的には俺ら鍛冶師や精錬を行っている連中が買いに行っているが、そのほかの連中に売っているのかは知らんからな」
この世界、信用が重要である。そのため採掘量が決まっている鉱石なんかは、契約を結んだ相手にしか売らないなどは、普通の事としてあった。現代日本でも、企業向けなんかに卸売りをしているメーカーは、個人を相手にしないといった事もあるのだ。
「それもそうだな。ありがとう。それとここで鋼を買いたい場合は、いくらになるんだ?」
「フェッルム鋼は1カグアムあたり2000オーロといったところだな。フェッルム鋼は1700だ」
この国、クリーオス王国で使用されている貨幣はオーロという。ダナン城塞都市もクリーオス王国の街なので、当たり前だがこのオーロが使用されていた。
ちなみにこのオーロ、トールの感覚だと1オーロ5円といった感じである。普段ナーリャ達が行っているシアラの『飛び跳ねる雌鹿亭』で支払っているのが、一人百数十オーロのためであった。
「そうか、結構するのな」
「馬鹿いっちゃいけねぇ。これでも大分安く言っているんだぞ。他で買えばこの倍は吹っかけられるぞ」
「悪い悪い、悪気は無かったんだよ。ちょっと想像していたより高かっただけなんだ」
杖であるトールが少しでもお金を持っているほうが変である。ちなみに今もっているお金は、森への調査の報酬としてもらった額と、日ごろ子供たちと遊んでいるときに、奥様方から頂いたお駄賃である。子供と遊んでいるため、トールまで子供扱いである。いや、ペットの方が近いかもしれない。
「まあいい。それで、どうするんだ?」
「ちょっと鉱山ギルドの方も行ってみるよ。駄目そうならまた戻ってくる」
「そうか。まあいつでもやって来な。てめえの素材も気になるしな」
自分の意思で曲げられ、また鬼の噛み付きでは壊れたもののかなりの強度を持っているトールの体、柄の材質は鍛冶屋のボーダにも興味があるものだった。
「材質については諦めてくれ。俺も良く分からん。それじゃあまたくるよ」
「おう、何時でも来な」
トールはボーダの鍛冶場を後にすると、あることに気が付いた。鉱山ギルドの場所を聞き忘れたのだ。
なんとなく戻るのもと思い、トールは一旦ナーリャの工房へと帰る事にした。
トールは来た道をそのまま戻り、ナーリャの店へと向かう。そうしてたどり着くと、店の前に一台の馬車が置かれているのが見えた。その馬車は、よく街で見るような貧相なものではなく、外装も整えられ立派な紋章らしきものまで備え付けられていた。そのほかにも、馬車の前には統一された鎧を着込んだ者が2名ほど陣取っている。おそらくこの馬車の主の護衛であろう。
「ま、待たれよ。現在店はやんごとなきお方がいるため、立ち入りを禁止している」
トールを見て、最初はギョッとしていた護衛であったが、自分の職務を思い出したのかトールが店に入るのをとめる。
「そうなのか。すまないが俺もここの住人だ。中に入れてくれないか?」
下手に揉め事を起こすと、後々面倒な事になりそうだと、少し下手に出て中へ入れるようトールは要望する。
そのトールの要請に対して、護衛の一人はドアとトールを交互に見ると、ちょっと待っててくれと店の中へと入る。もう一人の護衛は、トールの監視役のようだ。
「……話せる杖がいるとは聞いていたが、本当に話せるんだな」
「ああ、普通に話せるし、こうやって飛ぶ事もできる」
トールは上下に小さく飛んでみせる。その光景を護衛は珍しそうな目でトールを凝視していた。
草しているうちに、店の中に入っていった護衛が外に出てくる。
「失礼した。お入り下さい」
中から出てきた護衛は、店のドアを開けるとトールを中へと促す。
ここまで警戒している事に、トールは中にいるであろう人物について気になりだした。こんな護衛をつれ、さらには人の店で立ち入り制限までするくらいである。おそらくは貴族だろうと思い、気を引き締めながらトールは店の中へと入っていった。
「ただいま」
そう声を掛けながら店に入ってくるトールを、中にいた人達は一斉に見る。
中にいるのは、ナーリャとリューナは当然のこと、一緒に森の調査に行ったペルラにもう一人、長い金髪を携えた少女が座っていた。金髪の少女は一見すると華美ではないが、よく見ると見事な刺繍がされた白を基調としたドレスを身に纏っている。
「あ、お帰りトール」
まずトールに声を掛けてきたのはナーリャだった。カウンターの奥で座っており、トールの事を呼ぶ。
「あら、あらあら。こちらの杖がそうなのですのね」
金髪の少女は興味深そうにトールの事を見つめてくる。
トールはその視線にさらされながら、ナーリャの元へと向かった。
「えっと、このお嬢さんは何処のどなた?」
そうトールが尋ねると、答えを返してきたのはペルラだった。
「久しぶりだな、トール殿。こちらの方はダナン城塞都市の御領主であらせられる、アルマース・ダナン公爵閣下の長女、クリシュタール・ダナン様である」
クリシュタールはペルラの紹介が澄むと、座っていた椅子から立ち上がり、ドレスのスカート裾をつまみあげると、トールへと向かい一礼をする。
「アルマース・ダナンの娘、クリシュタール・ダナンです。以後お見知りおきを」
その気品を漂わせる所作に、トールは見事なものだと見ほれる。
しばらく見ほれていたが、ペルラの小さい咳きに気付かされ、トールも挨拶をする。
「ご丁寧な挨拶、ありがとう御座います。私はトール。今はしがない杖をしております」
そう言ってトールは、柄の先端を曲げて胸に手を当てるようなしぐさをして、宝玉部をさげる。
杖であるトールが、それなりに丁寧な挨拶が面白かったのか、はたまた宝玉を下げた事なのかは分からないが、クリシュタールは小さく笑う。
「失礼しました。思っていたより面白い方ですのね」
そういってクリシュタールは椅子に座る。
トールはといえば、急に来訪してきた貴族に、持っていない心臓が高鳴っている事を感じていた。




