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杖と魔道技師と騎士と冒険者6

「? どうしてだ?」


 リューナに魔力インクの製造法を伝えるのを止められ、トールは疑問に口にする。


「いいですか。このインクを作っているのは王都に居を構えるラクテウス商会です」


「ラクテウス商会?」


「はい。ラクテウス商会はこの国、クリーオス王国の中でも最大の規模を誇っています。細かな雑貨から食料、武具、それに魔道具まで幅広く商品を扱っています。そこが特に秘匿しているのが魔力インクです」


 リューナは人差し指を上に向けて、教え子に諭すようにトールへと語る。


「現在においてこういった紙に描いたりする魔法陣にとって必須の物です。そんな物の作り方を知ってしまえば、どうなってしまうか。他人に話さずとも、何処からか漏れてしまうかも知れません。最低でも商会に囲われるでしょうし、最悪の場合は……」


「死人に口なしってやつだな」


「そういうことです。ですので、私達のほかにも誰にも喋ってはいけませんよ。トールさんは知ってしまったので、もう如何し様もありませんが」


 トールとしては、知ってはいけない知識という物があることは理解していたが、この身にそんなことが起こるとは露にも思っていなかった。前世人間であった時は、普通の一般人として生きていたため、終ぞそのような知識とめぐり合わなかった為である。


「ああ、そうだな。好奇心猫をも殺すというが、まったく自分の身に起きるかも知れんとはな」


 つい口に出たトールのイギリスのことわざに、リューナは猫?と首をかしげている。

 そんなリューナを尻目に、トールはこれから下手な事は調べないよう、気を付けようと心に決める。下手に知ってしまったら、誤魔化しきるのは難しいを思ったのである。


「とにかく、トールさんはそのあたり気をつけてくださいね。今朝も口をすっぱくしていっていますが、あらゆる知識というのは、えてして自身に牙を向くかも知れませんから」


「そうさせてもらうよ。まあ今回の件は仕方ないということで、俺の心の中にしまっておくよ」


「そうして下さい。私も興味が無いわけではないですが、流石に知ったときのデメリットが大きいと思いますので」


 リューナはテーブルの方へと向き直ると、魔法陣の作成へと戻る。

 流麗にペンを動かし、整った記号を紙に描き込むリューナを見て、トールはふと疑問に思った。


「そういえば魔法陣って、こうやって紙に描き込むほかにもものに刻み込んだりしているよな?」


「ええ、それがどうかしましたか?」


「いや、それだとどうやって魔法陣に魔力が流れていくんだ? 昼飯の後に作っていた木箱には、インクを溝に流し込んだりしていたみたいだけど、それだとすぐに消えてしまったりしないのか?」


「ああ、そういうことですか。刻みこんだ魔法陣にはインクを流し込んだりするほかにも、宝石を砕いて粉にした物を敷き詰めて固め方法もあります。そうする事によって水にぬれても大丈夫になったり、丈夫で長持ちしたりするんですよ」


 手を止めず、魔法陣を描きながら説明するリューナに、トールはやっぱり他にも方法はあるもんだなと感心していた。


「その方法を使えば、インクを使わずとも魔法陣が発動できるんだな」


「そうです。ただし魔法陣を刻み込むにも技能や労力が多く必要ですし、何よりコストが嵩むのです」


 コストと聞いたトールは、うげっと声を唸らせる。設計者時代に常に敵として回っていた言葉である。


「確かに宝石なんか砕いて、それを使って魔法陣なんか描いていたらコストが嵩んでしょうがないな」


「でしょう? 昔はその方法しか出来なかったらしいですし、今のようなすぐに試して、といった手法も取れなかったみたいですよ。現在ではこのインクがあるおかげで大分助かっているのです」


 そう聞くと、魔力インクが現在どれだけ重宝されているかが分かるという物だ。それにその作り方の重要性もである。

 トールはますます魔力インクの作り方は封印しようと考えていた。


 そのように話しをしながらリューナは魔法陣を作成し続け、トールは極力邪魔にならないようにリューナの横でそれを見ながら浮かんでいると、出かけていたナーリャが帰ってきた。


「ただいまー。思ったより大荷物になっちゃったよ」


 肩に掛けていたバックを軽そうにテーブルへ下ろすと、ナーリャは疲れたように椅子へと座り込む。


「お帰りなさい。お疲れ様でした」


「お帰り。そんな結構な量を、何を買ってきたんだ?」


 疲れた様子でテーブルへもたれかけているナーリャに、何を買ってきたのか興味のあるトールは問いかける。


「えっとね。野菜類に、生肉に、保存食用のお肉に、あと安売りしていたから果汁も買ってきたんだ」


 次々と買ってきた物をバックから取り出すナーリャに、最初は黙ってみていたトールとリューナであったが、その量の多さに段々と表情が引きつっていく。トールには表情が無いのだが。


「ちょっとナーリャさん。よくそんなに買ってこられましたね? 重かったでしょうに」


「えへへ、ちょっとズルしちゃった。実は軽量化の魔法をがけてたんだ」


 そういうとナーリャはまだ中身が入っているバックを片手でひょいっと持ち上げる。確かに軽そうである。


「重力属性の呪文ってなんだかんだ言って大分便利だよねー」


「確かに便利そうですよね。私も空間拡張の魔法をどうにか実用に持って行きたいとこですね」


「そのままじゃあ空間拡張も使いにくいしな。そういえば空間圧縮の方はどうなんだ?」


 トールは空間拡張と一緒に教えた圧縮の方の魔法が、どうなっているのか知らず疑問に思っていた。


「圧縮の方は大分使い道が絞られますね。こっちに戻ってきてから試してはいるのですが、やっぱり対象物も一緒に潰れてしまうというのも考え物です」


 リューナは頬に手を当ててため息をつく。

 工房で色々と実験をしていた時、リューナは空間拡張のほかにも圧縮も試していた。込める魔力の量を増減させたり、魔法陣を作成し発動させたりもしていたのだが、結果として程度の差はあれ、全て対象物を潰していたのであった。


「こうなってくるとほとんど攻撃用だよね。あとほかには料理とかで潰すのに使うとか? ほら、果汁を絞ったりとか」


 ナーリャは、買ってきたばかりの果汁の入ったビンをリューナの方へと向ける。リューナは再度ため息をつき、そうですよねと呟いている。


「まあ、あせる事は無いんじゃないか? そのうち使い道も見えてくるだろうしな」


「そうですよね。まだまだ研究は始まったばかりです。これからいいアイデアも浮かんでくるかも知れませんし」


 リューナは立ち上がると、ナーリャがカバンから出した食べ物類を持って台所へと運んでいき、冷蔵機能のついた箱へとしまってゆく。ナーリャも一緒になって運び、テーブルの上にはリューナが描いていた魔法陣とトールの買い物品だけとなる。


「そういえばトール。買って来てくれた物はこれでいい?」


 ナーリャがテーブルに置いてあるバッグに指を指す。その中にはトールが買ってきたものが入っているはずである。

 ナーリャはバッグの中身を確認し、一つ一つ取り出していく。中からは結界石3個のほかに、火薬の材料となる燃焼石が5個。インクの入った陶器のビンが5個出てくる。


「うん、全部あるね」


「それって火薬の材料になる鉱石だよな? なんでそんなもんも買っているんだ?」


 買いに行った時に、ダルがバッグの中に入れていくのを碌に確認せずにいたトールは、改めてナーリャへと聞いている。


「ちょっと追加でプラーミァを作っておこうかなと思って。森まで調査に行くんだったら攻撃用の魔道具も持って行きたかったし」


 プラーミァ。以前にも作ったことがあったが、ありていに言えば爆弾である。

 トールは二人が共同で作った際に、効果を確認するために使用したのを見ていた。その効果は絶大で、かなりの爆発を引き起こしていたのである。ちなみに試したのは裏庭で、ご近所様からクレームとお叱りの言葉を受けたのである。


「あんな物まで持っていくのか。実はあの森って結構危険だったりするのか?」


「基本的には外縁部だったらそんな事はないんだけどね。一応念のためってやつかな」


 そう言うナーリャは目を輝かせていた。その様子にトールは嫌な予感が拭えなかった。

 前々よりトールが思っていた事だが、ナーリャは魔道具に関することだと若干暴走気味になるのである。以前トールが水筒の魔道具に興味を持ち質問した時も、話が止まらなくなった事があったのだ。

 その時を同じように目を輝かせるナーリャを見て、トールとリューナは同時にため息をつくのであった。


5/29 修正

日本のことわざ ~ イギリスのことわざ

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