杖と魔道技師と騎士と冒険者5
トールの前に立っている3人、革鎧を着た大男に小男、それにローブを被った姿の男である。
「ほら、前に飛んでいる杖。あれは私達が以前森の中で拾ってきた物ですよ」
「おお、本当だ! あん時の杖だ」
3人はトールの方へと歩みを進める。
トールは一瞬誰だっけと思ったが、すぐさま思い出した。
「あんたらはたしか……俺を持っていった奴だよな?」
トールのまるで誘拐犯のような言い回しに、3人組は苦笑している。
「そりゃあ、金になりそうなもんがありゃあ持っていくさ。っとそういえば特に名乗ってなかったな。俺はバッルート。冒険者をしている。こっちの小さい奴がジザニオンで、そっちのローブ姿がウィスティリアだ」
「おれっちがジザニオンだよ。よろしくー」
「ウィスティリアです、宜しくお願いします。長いので気軽にウィスと呼んで下さい」
「俺はトールだ。宜しく」
トールは改めてその3人を見る。大男のバッルートは厳つい顔つきで、こげ茶色の髪を短く切りそろえており、革鎧に背中に大きな剣らしきものを背負っている。小柄な男であるジザニオンは、ぼさぼさな黒い髪を携えており、革鎧に腰辺りに短剣を挿している。ローブ男のウィスティリアは灰色のローブで全身を覆っており、フードも目深に被っており表情は良く見えなかった。
「それで、どうしたんだ? 俺に何か用か?」
トールの問いかけに、特に何も考えていなかったのかバッルートは少し困った顔をしながら、頭をかく。
「いや、特に用事というわけではないんだ。ただ以前見つけた杖が、街中を飛んでいる姿を見たもんでな。気になって声をかけたって訳だ」
空飛ぶ杖が街中を往来していれば、普通の人であればそれは気になるだろう。ましてやその杖を発見した本人たちである。
しかしトールはそんなもんかと、単純に考えていた。ここ一ヶ月で奥様方と井戸端会議するぐらいには街中に慣れてしまっていたので、自分がかなり目立つという事の自覚が薄れているのである。
「そうそう。あん時の杖がこんな珍しい物だったなんて、ダル爺さんには騙されたよなー」
「いえ、あれは私が調べ切れなかったのにも原因がありますからね。すみません、ジザ」
自分の頭の後ろで手を組みながら、文句を言っているジザニオンに、ウィルティリアは謝っている。
だが元々トールは全属性も持っている者にしか反応しなかったのである。たまたま同じ波長の魔力を持つ、ナーリャとリューナの手に渡ったためこうして話しも出来ているが、それが無ければ今でもただの杖だったであろう。
トールはそんな事を考えながら、この3人が自身をあの森の中から持ってきてくれたおかげだな、という事を思いつく。
「それはダル爺さんも分からなかったはずだ。なにせ俺が話せるようになったのも、今のマスターに会ってからだしな。そう考えると、あんたら3人には感謝しないとな」
「感謝?」
「ああ。だってあの時俺を持っていってもらえなかったら、今でもあの森で一人ぽつんと刺さっているだけだっただろうからな」
この3人があの森から持ち出して、ダル爺さんの処に持っていってなければ、トールは未だに森の中で出来もしないテレパシーを、森の生き物たちに送り続けていたであろう。
「なんだか杖に感謝されるというのも、奇妙な感じですね」
「まったくだな。そういえばマスターと言っていたが、今お前さんを所有しているのは誰なんだ?」
「俺のマスターはナーリャとリューナだ。この路先にある『流れる羽』という魔道具店をしている」
ほう、とバッルートは小さく口の中で呟く。
「魔道具店か。この街に来て半年ほど経つが、その店には行ったことが無いな。機会があれば今度顔を出させてもらおう」
「ああ、いつでも来てくれ。最近商品も色々揃ってきているし、特注品も受けているぞ」
「そうか。それでは路中で立ち話もなんだし、俺たちはそろそろ行かせてもらおう」
「それじゃーねー」
「それでは失礼します」
3人と別れを告げ、トールは再び帰路へとつく。途中バックの手提げ部分に引っ掛けるため横になっていた体をしの字に変え、そこに荷物を引っ掛けるように体勢を変える。
まるで傘の柄に荷物の引っ掛けるような形で進んでいると、来た時よりか目立つのか道行く人々に見られている。
トールはそんな視線を気にしないまま進んでいき、特に何事も無く家の前に着くと、トールは柄に引っ掛けているバッグを落とさないよう宝玉の部分でノックをした。
「帰ったぞ。すまないがドアを開けてくれ」
暫くして、声と同時にドアが開かれる。
「お帰りなさい、トールさん。道中何事も無かったですか?」
家の中から出てきたのはリューナであった。
「特に問題は無かったと思うぞ。ただ途中で知り合い、と言っていいか分からないが少し話をした程度だな」
「知り合い、ですか?」
二人はドアの中に入ると、ドアを閉めテーブルの前まで進む。
中にはリューナしか居らず、ナーリャはどこかへ出かけているようである。テーブルの上にはリューナが描いていたのか、紙に描きかけの魔法陣とインクビン、それにペンが置いてあった。
「ああ。俺の事を最初に見つけ出した3人組みに会ってな。少し話しをしてたんだ」
「最初に見つけ出した人ですか。どういった方々なんですか?」
「3人組みの冒険者で、一人は体格の大きい男でな、名前はバッルートって言ってたな。もう一人が小さい体格の男でジザリオン。最後にローブ姿でフードを被っていて顔は見えなかったんだが、ウィルティリアと名乗っていたな」
リューナは椅子に座ると、テーブルに置いてあったカップを口に運ぶ。
「そうでしたか。特にこれといって何か聞かれたりしませんでした?」
「特に何も無いと思うぞ。ちょっと世間話して別れたからな」
トールは買ってきた荷物が入ったバッグをテーブルの上へと置くと、荷物から開放された喜びからか、体をうねうねとうねらせる。
「では問題なさそうですね。それにしても冒険者ですか。私もこちらに来てから日が浅いですが、そろそろどなたかと友誼を結んだ方が良いかも知れませんね」
リューナはトールが帰ってくるまで行っていた作業、描きかけの魔法陣に取り掛かりながら会話をしている。
良く見ると描きかけの横には、何枚か完成したものが置いてある。
「友誼? 冒険者とか?」
「はい。これから先色々な魔道具を作っていくにあたって、様々な場所に採取しに行く必要がでてくると思います。そのため市井の魔道技師は冒険者に護衛を頼むことが多いのですよ」
「それで冒険者と知り合いになっていたほうが良いって訳か。なるほどな」
「とは言ってもナーリャさんにすでに懇意にされている方がいらっしゃれば、其方の方にお願いした方がいいでしょうね」
話しをしている間に描きかけの魔法陣が完成したのか、リューナはそれをチェックし満足そうに頷いている。
「そういえばさっきから何を描いているんだ? 魔法陣というのは分かるんだが」
「これですか?」
トールから聞かれ、リューナは描いていた魔法陣に、その横に置かれていた完成した魔法陣もトールに見えるように並べる。
トールが見たところ、描かれた魔法陣は何枚かあったが、それらは2種類に分かれているようだった。
「最近新しい魔法陣を試してばかりで、既存の魔法陣の在庫が切れ掛かっていたので描いていたのです。ひとつはいつも使っている水を出す物で、もうひとつは風の渦を出す攻撃用の魔法陣です」
それぞれを指で指しながら、リューナはトールへと説明をする。
トールにはまったくもって魔法陣に描かれている内容は分からないが、それでも違いがあることだけはなんとなく分かった。
「なるほどな。それにしても魔法陣か。紙なんかに描くだけで色んな効果が出るっていうのも便利なもんだよな」
「実はそれほど便利と言うほどでもないんですよ。インクひとつとっても結構高価ですしね」
リューナはインクビンを手に取り、それをトールの方へと見せるように突き出す。
ビンは陶器製のようで白く、口元から見えるインクの色は黒い。
「魔法陣を描くためのインクは、魔力が流れるように宝石の粉末を溶かし込んでいるそうです。作り方は秘伝のようで私にも分からないのですが」
「そうなのか。ちょっと興味あるな。そのインクの正式名称ってナンだ?」
「正式名称ですか? たしか魔力インクだったかと思いますが」
トールは興味本位で《知識の泉》へと質問をしようとする。
ここ一ヶ月ほどで分かった事だが、この《知識の泉》へ質問する時は幾つか制限があるらしかった。
ひとつは調べるキーワードである。それらはこの世界に実在し、名称が決まっている物でなければならないらしい。例えば『傷薬』の作り方と調べても答えは返ってこず、傷薬の効果を持っている『ベリエ薬』の作り方と聞かなければならない。
他には魔法陣などを見てその効果を調べる画像参照に、呪文などを聞いて調べる音声参照などがあった。
今回調べようとしているインクは、正式名が『魔力インク』と分かったから、それの作り方を聞けばいいというわけである。
…魔力インクの作り方:魔素および魔力が入っていない魔石を、万魔の溶融剤にて液体化させ、その状態のものと通常のインクと混ぜる。魔石と万魔の溶融剤との体積比率は10:1。インク内の魔石比重は1.3%。
《知識の泉》あっさりと答えが返ってくる。調べ方が分からなかった時は役に立たないと思っていた《知識の泉》だが、分かってしまえば、あからさまにひどい性能であるとトールは感じていた。
「トールさん。もしかしてインクの作り方でも調べていましたか?」
「ああ、そうだけど……」
「それ、私達には絶対話さないで下さいね」




