杖と魔道技師と騎士と冒険者3
「とりあえず成功ですね」
リューナは小さな木箱の中を覗き込み、魔法陣が成功したことを確認すると、満足そうに首を縦にふる。
トールも中を覗きこんで確認する。木箱の中は人一人が入れるぐらいの体積となっており、その奥底に魔法陣が光っているのが見えた。
「見事なもんだな。ちゃんと広くなっているな」
「上手くいきました。これで後は取り出し方さえ上手くいけば、なんとか物になると思います」
上手くいったことが嬉しかったリューナは、上機嫌でトールに向かってそう話す。
一方ナーリャの方はというと、未だに紙の前で魔法陣と格闘している。唸った声を出し、睨んだように紙を見つめ続けている。
その様子にトールは暫く見守っておいた方がいいと判断し、静かに工房の隅へと移動することにした。
ナーリャが呪文と魔法陣と格闘し、リューナは新たに魔法陣を構築し始めて少し時間が経過する。ナーリャの方はあまり上手く行ってない様子で相変わらず唸っているのに対し、リューナは涼しい顔をして紙に何やら描き込んでいる。
トールは、二人のそっくりな顔が異なる表情を見せているのを楽しみながら眺めていた。
そうして暫く時間が経った頃、店の玄関から声が響いてきた。
「ごめん。店主はいらっしゃるだろうか?」
その声は女性のもので、トールが聞いたことが無い凛とした響を持っていた。
「はーい。今行きまーす」
客がきたのかとナーリャは顔を上げ、店の方へドアを開けて戻っていく。トールもここに居てもやる事がないなと思いその後に付いていく。リューナも気になったのか付いて行く事にしたようで、結局3人で工房のから店へと出る。
そこで待っていたのは白い甲冑を纏い、銀色の長い髪を携えた女性だった。
「突然の訪問で申し訳ない。私はダナン都市守備隊に所属しているペルラと言う者だ」
そういって彼女、ペルラは頭を下げ挨拶をする。それにつられてナーリャも頭を下げた。
「はじめまして。現店主のナーリャといいます。何かお探しですか?」
「いや、実は店主殿に頼みたいことがあり、来させて頂いた」
ペルラはそう言うとトールの方へと視線を向ける。
急に見られたトールは、何かあるのかと身構える。今朝二人から色々を気を付けろと言われたばかりだ。
「そこにある杖についてなのだが、幾つかお伺いしたい事と、それに関してお願いしたい事があるのだ」
「伺いたい事に、お願い事ですか。一体なんでしょう」
若干の緊張と警戒を含んで発したリューナの言葉に、ペルラは少し笑みを浮かべると言葉を続けた。
「すまない。警戒させるつもりは無いのだ。その杖がどういった経緯でそちらの手に渡ったかは伺っている。確か冒険者が森で拾ってきたのを、店主殿が購入したで良かったかな?」
「えっと、はいそうです」
ナーリャも若干身構えながら、そう答える。トールを見に多くの人々が店へと尋ねてきた時、そう答えていたのだ。
「そうか。おそらくお二人はその杖について調査されている事と思うが、その他にもこちらで調べたいことがあってな」
「調べたいことですか?」
「そうだ。杖を拾ってきた冒険者にも話しを聞いたのだが、拾った場所には規模は大きくないが祭壇のようなものがあったと聞く。そこにはもしかすると、まだ見ぬ技術が使われているのではないかという話しが挙がってきていてな、私が調査することになったのだ」
トールはとりあえずいきなり取り上げられる事はなさそうだと思い安心する。ナーリャとリューナも一先ず警戒を少し解いているようだ。
「そこで魔道技師であるお二人にも、調査に同行願えないだろうか?」
「わたしたちに、ですか?」
「ああ。杖が拾われた祭壇は冒険者が簡単に調べていたのではあるが、特に何かあったというわけではないらしい。そこで杖を所持している魔道技師であるお二人に来て頂いて調べれば、何か分かるかも知れないと思ったのだ」
ナーリャとリューナは互いに目を合わせる。確かに二人であれば何かしら分かる事があるかもしれない。
ペルエは改めてトールの方へと向く。その視線はトールに興味があるようで、観察するといった様相だ。
「その杖は話すことが出来ると聞いていたが、今も話せるのだろうか?」
その言葉にナーリャとリューナはトールの方へと向く。今まで黙っていたトールは、いざという時は飛んで逃げようと心に決めペルラに話しかける。
「ああ、大丈夫だ。俺が喋って飛ぶ杖のトールだ」
「おお、話には聞いていたが本当に話すとは。失礼、先ほども名乗らせていただいたが、ダナン都市守備隊に所属するペルラを言う」
「それで、俺が刺さっていた祭壇を調べたいって事だが、どうしてだ? 俺がここにいるのに何でわざわざ?」
ペルラはトールの質問に、少し思案した顔になり答える。
「ある貴族殿が君に興味を持ったようでな。だが魔道技師であるお二人が君を手放すとは考えられない。そうだろう?」
もとより、トールを手放す気は無い二人は頷く。
「君自体を調べるのはお二人がしているだろう。それに高度な技術をもって作られた杖が置かれていた場所だ。そこには何かしらの新しい技術や、もしかしたら危険があるかもしれない。それを先立って調べに行きたいということだ」
「そういうことか。俺自身も良く分からないことが多いからな」
「そうなのか? まあ私としては技術的なものより、そこに危険が無いかを調べておきたいというのが本音だ」
トールは初めて街まで持ってこられた時のことを思い出す。たしか街まで歩いて半日ほどしかない距離だったはずだ。近場ともいえるであろう。そんなところに危険があるかも知れないと分かれば、調査するのは当然であろう。
「なるほどな。納得した。それで二人はどうする?」
「そうですね。私としては興味があります。ナーリャさんはどうですか?」
「うん、わたしも興味あるかな。トールがおいてあった場所にもしかしたら新しいヒントみたいな物があるかもしれないし」
その答えを聞いたペルラは嬉しそうに歓迎の意を示す。
「そうか、それは良かった。では準備もあるだろうから3日後の朝に出発としたいが、如何だろう?」
「はい、それで大丈夫です」
「それと調査は余裕を見て2日ほどを予定している。報酬の件だが、一人当たり5万オーロで如何か?」
報酬、つまりお金である。貨幣価値が分からないトールは、そ5万オーロというのが高いのか安いのか判断できない。杖になった身ではお金を使う機会も無いため、特に興味を持っていなかったのである。
しかしトールが買われたときの金額が400である。400で買われた杖のあった場所を調べるのに5万とは、トールは釈然としないものを感じていた。
「5万……分かりました、それで大丈夫です」
ナーリャは提示された金額で応じ、リューナの方も頷いている。
「そうか、それでは3日後の朝に守備隊の宿舎まで来て頂きたい。何かあったときもそこに来て頂ければ対応できよう。では宜しく頼む」
そういうとペルラは踵をかえし、店を出て行った。
残った3人は、緊張感から解放され安堵のため息をしていた。
「あーきんちょうしたー」
ナーリャは店のカウンターに体を突っ伏し、だらけたような状態になる。リューナの方も強張らせていた表情を戻し、両手でほほを叩いている。
「ええ、本当に。トールさんが変な事を言わないかと緊張しっぱなしでしたよ」
「失礼な。俺だって流石に考えながら話したわい」
「そうでしたか? それより少し気になる事があります」
ナーリャはカウンターに突っ伏していた顔を上げリューナの方を向く。トールも何の事だとリューナの方へ浮かんでいく。
「彼女、ペルラさんでしたか。あの人は王国騎士のはずです」




