杖と魔道技師と騎士と冒険者1
ここ、城塞都市ダナンの空は少し雲に覆われ、日の光が雲の合間より差し込んできている。ナーリャの魔道具店『流れる羽』の前に通っている道には、多くの人々が行き来している。
トールがナーリャに引き取られてから早いもので、約1ヶ月が経とうとしていた。その間、ナーリャとリューナは今まで魔力属性の欠如のため出来なかった、魔道具作成に力を入れてきた。一般に知られている多くの魔道具を、二人の魔力混合で作成可能かを調べていたのである。
その結果は良好で、二人は寝食を忘れる勢いで上機嫌で取り組んでいた。
そういった二人の努力を、基本的にトールは口を出しつつも横で眺めながら過ごしていたのだったが、今は違った。外にいたトールは、子供たちに囲まれ、次々と押し寄せてくる要求に四苦八苦している。
「トール! 次おれな!」
「つえさん。わたしも~」
「こっちがさきだぞ!ズル込みすんなよなー!」
「わかったから、お前ら落ち着け」
お昼にはまだ少し早い時刻で、子供たちには元気が有り余っていた。
一人の小さな男の子がトールに捕まると、トールは浮び上がる。そのままつかまっていた子供は、宙に浮び上がり地面から足が離れたころにバタバタと楽しそうに足を振り回している。
「すげぇ~。とんだとんだ!」
「いいな~。わたしもとびたいー」
「こんどはおれだぞ! じゅんばんだかんな!」
子供たちにせがまれ、トールはため息を付きながらも次の子供を引っ張り上げていた。
このような状況になったのには、もちろん原因があった。
少し時をさかのぼる。草原へ採取から戻った数日後日、料理屋『飛跳ねる雌鹿亭』の女将シアラがナーリャの店の前を通りかかった時の事だ。
ナーリャが朝食の準備をしている間、リューナがトールを連れて玄関の前を掃除していると、シアラが娘のスィルを連れて来たのである。トールは以前と同様入り口のドアの隣に立て掛けられており、いつもならシアラとの世間話を聞き耳立てているところであったが、その日は話の内容が異なった。
「そういえばリューナちゃん。この間街の外から帰って来た時、杖が荷物もって浮かんでたんだけど、アレも魔道具なのかい? いやーすごいもんだね。便利そうじゃないか。あたしにも一個作っておくれよ」
「あ……いえ、あれは……」
トールとリューナは、しまったと感じていた。草原から街に帰って来た時、ナーリャとリューナは魔力属性を混ぜることが出来るのかで頭がいっぱいになっており、トールが浮かんで付いてきていることを完全に失念していたのだ。
「ここ最近魔道具ってやつはどんどん便利になっているんだねぇ。あたしゃなかなか付いて行けなくてね。そうだ、今度うちの店に来た時でも魔道具ってやつについて色々と教えておくれよ。最近の若い人たちはみんな持っているのかねぇ?」
「いえ、そういうわけでもないと思いますが……」
「そうなのかい?でも空飛ぶ杖っていうのも珍しいじゃないか。あたしもこれまで見た事なかったんだけどねぇ」
「その、あれは特別といいますか、なんと言いますか……」
「そうかい、特別なのかい。それじゃあ仕方が無いねぇ。飛んで喋る杖なんて、なかなか出来るもんじゃないんだろうね」
シアラのその発言に二人はまたしても驚く。飛んだ姿は見られていたとしても、話をしているところは見られていないと思っていたからだ。
「えっと、喋る杖なんてどこで聞きました?」
リューナは表面上落ち着いた様子で、シアラに尋ねる。
「うん? この間荷物の集積場でナーリャちゃんと話しをしていたじゃないかい。荷物を運ぶゴーレムだったかい?その前で話をしているのを見たんだよ」
その答えを聞いて、リューナはこっそりとトールの方を見る。視線は鋭く、にらめつけるような目である。
トールは何とか誤魔化せないか考えていたが、いいアイデアはまったく浮かばなかった。
そうこうしていると、目の前に少女が何時の間にか立っていた。シアラの娘、スィルである。
「つえさん、おはようございます」
礼儀正しく頭を下げ、トールへと挨拶をするスィル。
挨拶をされたトールは、ただの杖の振りをして黙っていた。その様子を見て首を傾げると、再度スィルは挨拶をする。
スィルは何度か元気良く挨拶をしていたが、無視され続けたことが悲しくなってきたのか、徐々に涙目になっていく。
幼い子供が目に涙を大きく湛えている姿に、良心の呵責に耐えられなかったトールは、つい挨拶を返ししまった。
「あ、ああ。おはよう」
それを聞いたスィルは表情を一変させ、満面の笑顔になる。そのままシアラの元まで走って戻っていく。
トールはやっちまったと後悔し、リューナは額に手を当て天を仰いでいた。
そういった経緯でシアラとスィルにトールが動けては喋れる事がばれたのである。
仕方なしにリューナはトールの事を、喋って飛べる魔道具だと思われる杖であると説明し、その場を乗り切ったのであるが、その後がまた大変であった。
シアラは店の客に話のネタとして、スィルは自分の友達に楽しそうに話し、そうやってどんどんと広まっていったのである。そういった訳で、最初の頃はナーリャの店に喋る杖がいると話題になり、見学者も来るくらいトールは街の有名人ならぬ有名杖となっていったのである。
現在では大分落ち着きを取り戻し、見学者など来ることもなくなったが、変わりに集まったのが子供たちである。
今トールの周りに集まっている子供たちはスィルと、その友人たちである。トールが空を飛べるのが珍しく、またつかまれば自分も飛ぶことができると相まって、子供たちに人気となっていたのだ。
「ほれ、今度はスィルな。ちゃんとつかまって落ちるなよ」
「うん!」
トールは掴まっていた男の子を降ろすと、今度はスィルを乗せる。体を横にして、座れるような高さまで高度を下げる。
スィルが乗っかったのを確かめると、トールはそのまま浮び上がった。
「うわぁ! たかいたかい!」
トールが浮かび上がり、辺りをゆっくりと飛び回るとその後に続いて子供たちも走って付いていく。その光景に街の人々は慣れたもので微笑ましく眺めている。
そうやってトールが子供たちと遊んでいると、昼食の時間になったのか、親たちが子供たちを迎えにやって来る。スィルもシアラに引き取られ、そうして子供たちは元気に家へと帰って行った。
トールはというと、完全にへばっていた。特に肉体的な疲れを感じるわけではなかったが、子供たちのパワフルさに圧倒されっぱなしで精神的には疲労していたのである。
トールは器用にも、自分の体である柄の部分を曲げてドアノブに引っ掛けると、そのままドアを開けてナーリャの家の中へ入った。
「おかえり、トール」
「お帰りなさい、トールさん」
中には台所で料理をしているナーリャと、修復したテーブルでお茶をのんでいるリューナがトールを出迎えた。
「ただいま。いやー参った。子供って何処にあんな元気持っているんだろうな」
「トールは子供たちの人気者だからね」
「人気者というよりおもちゃの方が正しいかも知れませんね」
トールはそのままテーブルの前に座っているリューナの横へと進む。
「おもちゃっていうな。なんとなくそんな気はしてるんだから」
「いいじゃないですか。下手に嫌われたり警戒されるより、よっぽどましです」
「まあ、そうなんだけどな」
ここ一ヶ月、子供たちに懐かれてせがまれる形で、一緒になってトールは時々子供たちと遊んでいた。そのおかげで親御さんたちとも交流が出来き、会話をしたことで警戒されるといった事は起きていなかった。
「今では変わった……というよりおもしろい魔道具があるといった程度の認識です。まだこの程度であれば色々ごまかしも利くでしょう」
「そうであれば助かるな。これ以上有名になって、分解したいとか言ってくる奴が出てきたらたまらん」
「ええ。その辺はまだ大丈夫だと思います。あくまでナーリャさん個人の所有物ですから、いきなり取り上げられるといった事はないでしょう。ただし……」
リューナはトールを見上げると、ビシッと指を指す。
「知識の杖に関する事だけはまずいです。こればっかりは誰にも悟られる訳にはいきません。もしばれれば国が動いてもおかしくありません」
突きつけられた指を見ながら、トールは喉を鳴らす。いや、喉は無いが。
「まあ封建社会だもんな。お上が動くと色々めんどいことになりそうだ」
「ホウケン?」
「ああ、気にしないでくれ。ここにも貴族とかいるんだろ?そういった面々が動くと面倒くさそうだなと」
「そうですね。そういった方々が動かれると如何しようもなくなりますから。ただの喋る杖程度であれば大丈夫でしょうが、知識の杖まで知られたら確実に国が動きます」
リューナはトールに向けていた指を下ろし、カップに淹れてたお茶を飲み干す。
「なのでこれからは注意して下さいね。また街中でゴーレムに夢中になってボロを出さないようにお願いします」
痛いところを突っ込まれ、トールは小さくはい、と答えた。




