杖と魔道技師と火薬と薬剤16
工房の中は初め静寂に包まれた。
ナーリャとリューナの二人は、魔法陣が正常に起動しているのをほおけた顔で眺めている。
魔法陣からはゆらゆらと風で揺らめく火が出ており、その効果を発揮し続けていた。
「リューナちゃん……」
「え、ええナーリャさん」
二人が魔法陣から伸びている線から手を離すと、魔法陣から出ていた火は消える。
そのまま二人は少しの間、今起こったことが信じられないとでも言うかのように立ち尽くしていた。
「これは成功したってことで良いんだよな?」
その二人を現実へと戻したのは、トールの一言であった。
それを聞いた二人は、目を合わせると次第に笑顔となっていく。そうして感情が抑えきれなくなったのか、互いに抱きつき、飛跳ねてていた。
「やったよ、リューナちゃん!」
「はい!はい!やりましたよ、ナーリャさん!」
抱き合い、飛び上がって喜び合っている二人に、トールは考えていたことが正しかったことに胸を下ろしていた。
■ □ ■ □ ■ □ ■
二人は暫くの間抱き合って飛び跳ねていたが、段々と落ち着きを取り戻し、今は椅子へと座りお茶を飲んでいる。
工房の中にある作業台にはナーリャが用意したお茶が置かれ、テーブルとして使われていた。
「結局のところ、トールが言っていたことは正しかったね」
「ええ、まさか本当だとは。でもこれで、私達は魔道技師として先に進めます」
トールは定位置と化しつつある、二人との間に浮かんでいる。
トールは改めて二人の顔を見ると、それは希望に満ち溢れているように見えた。それを見て、力になれたことを喜ぶ。
「力になれたみたいで何よりだ。それで、この後どうする?」
「私は荷物を受け取りに行こうかと思います。そろそろ到着しているかと思うので」
「そっか。これから何か作ろうにも調合器材が必要だもんね」
「そういうことです。これから魔道技師としての物作りには欠かせないですし、何より早く器材を持ってきて試したいじゃないですか」
楽しそうにそういうリューナ。何やら待ちきれないといった様子である。
「うん、そうだよね。わたしも色々と試してみたいんだ」
「ええ。そういうわけでこの後は荷物を受け取りに行きたいと思います」
「それじゃあ、先にシアラさんのお店に行ってお昼ごはんにしない?実はお腹空いちゃって」
ナーリャの提案にリューナは同意し、二人は立ち上がる。その後をトールは浮かんでついていく。
そのまま店の外に出ると、3人はシアラの店へと向かう。外に出る際トールはナーリャに掴まれ運ばれていく。
外は昼時を若干過ぎ、既に仕事へ戻っている人々が多く見受けられる。
職人気質のおっさんに声をかけられながら、3人はシアラの店までやって来た。中の様子は、既にピークが過ぎたのか客もまばらだった。
「おや、ナーリャちゃんにリューナちゃんじゃないか。いらっしゃい」
「こんにちはシアラさん。おじゃまします」
挨拶をし、二人は進められたテーブルへと座り、トールをテーブルへと立て掛ける。
店の手伝いをしていたシアラの娘、スィルも3人の座っているテーブルへやって来て、こんにちはを挨拶をする。
スィルの視線はトールに注がれており、いかにもこれで遊びたいと言わんばかりである。
「トールでまた遊びたいの、スィルちゃん?」
「うん!!」
またしても幼女に弄ばれる危機に、トールは何とか逃げ出せないものかと考えを巡らせる。しかし動いてはいけない上に、声も出してはならないとなればどうしようもない。
結局ナーリャとリューナの二人が食事を終えるまで、スィルに振り回され遊ばれたトールであった。
「それじゃあご馳走さまでした」
「ご馳走様でした」
食事の後、シアラ達に挨拶を済ませ、3人はリューナの荷物が届けられているという集荷場に向かう。
そこは職人たちが住む職人街の端、街の中央寄りにあった。
広々とした土地に石造りの大きな建物があり、大きな搬入口らしき入り口が見て取れて、そこには多くの人々で賑わっている。
そこでトールはあるものを見つけた。金属と木、それに動物の革らしきもので構成されており、大きさは地球でいう象ほどで、四足の生き物を模っている。
後ろにはこれまた大きな荷馬車を備えており、搬送目的の何かというのが見て取れた。
「おい、おい。これなんだ!?」
小声で周囲に聞こえないようにナーリャへと問いかけるトール。その声は小さくとも興奮していることが分かる。
トールの声の様子に少し首をかしげながら、ナーリャはトールに教える。
「これは運搬用のゴーレムだよ。近年開発されたもので、これが出来てから、王都との荷物のやり取りが大分楽になったんだ、ってトール浮かんじゃ駄目だよ」
ふらふらとゴーレムの方へと浮かんでいこうとするトールを、必死にナーリャは止める。
トールはというと、それはもう近くで見たくて堪らなかった。
現代地球でも動物に模した機械というものは多くある。しかしそれは主に遊具である、実用に耐えるのは軍で一部使用されているものぐらいだ。
しかし目の前にあるものは、完全に実用である。象ほど大きく、荷物の運搬なぞに使われているものなどトールは見た事がない。
元設計者として、そして何よりメカ好きとして近くでどうしても見たかったのだ。
「ちょっと近くで見せてもらえないか!?ちょっとでいいからさ!」
段々と声が大きくなっていくトールに、少し慌てながらナーリャは制止する。
「わかったから落ち着いて。トールがここで飛んだら騒ぎになっちゃう」
「どうかしましたか?」
小声で話していたためリューナには二人の会話が聞こえていなかった。だがナーリャが杖に引っ張られるような様子を見せたため、気が付いた様である。
「トールがなんかゴーレムみたいって聞かないの」
「……あなたという人は。いえ、人じゃなかったですね。分かりました、ナーリャさんはトールさんを連れて、ゴーレムの方へといって下さい。私は荷物を受け取りに行ってきますから」
「うん、ごめんね?まかせっきりになっちゃって」
「元は私の荷物ですから、お気になさらずに。それでは行ってきます」
リューナはそう言うと建物の奥へ進んでいった。
それを見送ったナーリャは、トールが勝手に飛んで行かないようしっかりと捕まえながら、ゴーレムの方へと歩みを進めた。
ゴーレムの近くでは荷馬車から荷物を降ろしている人、荷物を確認する人、それらを指揮する人と、多くの人たち働いている。
ナーリャによってゴーレムの近くまでやってきたトールは、テンション上がりっぱなしである。
「これってどんな原理で動いているんだ?あと間接部分の構造ってどうなっているんだ?良く自重に耐えられるよな。他のゴーレムもこんなに大きいものがあるのか?」
「ちょっと落ち着いて。いっぺんに聞かれても答えられないから」
矢継ぎ早に聞いてくるトールに、ナーリャは少し押されぎみである。
ナーリャは思い返せばここまでトールが食い気味になったのは、工房に置かれていたゴーレム人形以来だなと感じていた。
「それでどうなんだ?自重と間接周りの強度が気になる。後は速度もだな。一回走ってもらえないもんかな」
「もう、全然落ち着いてないんだから。まあいっか。間接周りは風と土、それに水の属性で保護と強化がされているって話だよ。私もそこまで詳しくは無いんだけどね?速度は馬車より少し遅いって話。出発する時に見れば良いんじゃないかな」
トールはナーリャの話に、ほーとかへーとか相槌を打っている。
それから少しの間トールの質問に、ナーリャが答え続けていた。




