杖と魔道技師と火薬と薬剤9
3人は一頻りお茶を楽しんだ後、時刻もよいということで夕食の準備に取り掛かった。
とはいってもナーリャのみが台所で調理をしている。リューナが申し出た手伝いは、またしてもナーリャに断られていた。
曰く、料理が好きなので座っていてということだ。
トールはもとより手伝う気が無い。というか手伝えない。
待っている二人は、ナーリャの料理ができるまですることが無いので話をしていた。
テーブルの上にはランプが置かれ、明かりを提供している。その明るさは通常のランプのイメージと異なり、辺りを広く照らしている。
「それにしても、知識の杖というものはすごいですね。多重魔法陣に続いて未知の魔法まで、本当にありとあらゆる知識を、あなたはお持ちなんですね」
「それなんだけどな。俺が知識を持っているというより、杖の中にある知識を調べている、といった方が正しいかな?」
「? どういうことです?杖はあなたじゃないですか」
「俺という人格が知らない事柄も、杖自体が情報を持っていて、それを調べているというか。要は俺にしか見えない本があって、それを読んでいる感覚とでも言えばよいかな?」
この感覚を説明するのは難しい、とトールは思う。現代人にはネットで検索している感じといえば伝わるだろうが、異世界の少女にどう説明したもんかと悩む。
それにトールは見た目、というか姿かたちは完全に杖である。杖=トールな訳であって、杖に蓄えられている知識はトールが持っているものとするのが普通の判断だ。
だがリューナは、ある程度理解したのかうなずいている。
「なるほど。つまりトールさんが一般常識を知らないというのも、そういう理由なのですね。最初から把握出来ていれば、私達に質問する意味も無いはずですしね」
「まあそういうことだ。というわけで俺が知らないことは結構あるってことだな。まあ、聞かれれば調べて答えるけどな」
トールは相変わらず体をうねらせながら、そう答える。
その言葉を聞いて、リューナは顎に手を当てる。考える時の癖なのだろう。
リューナは暫くして、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「……ではトールさん。賢者の石というものをご存知ですか?」
「ああ、名前だけならな。万能薬になるとか、そういったものか?」
トールはRPGや漫画などで聞いたことがあった。
どのような病や怪我でもたちどころに治す薬の材料、なんでも願いをかなえるもの、果ては永遠の命を与えると効果は作品によってばらばらだった。
こっちの世界でもその名前なのな、とトールが思っていると、リューナが再度口を開く。
「ええ、その賢者の石です。そのつくり方を調べられますか?」
ふむ、とトールは考える。こんな危険そうな物の作り方を教えてしまって大丈夫かと。
そしてとりあえず聞いてみるかと、のんきに《知識の泉》へ聞いてみることにした。
…賢者の石の作り方:制限情報。現在の権限では閲覧できません。
返ってきた答えに、トールはお?と思った。今までは不定名称と返ってきたものもあったが、明確に情報を規制されたのは、初めてだったからだ。
「どうですか?調べられそうですか?」
そう聞くリューナに、トールは素直に答えることにした。
「だめだな。情報にプロテクト、規制がかかっている。こりゃ現時点では調べられそうにないな」
「そうですか……いえ、そうですね、そのほうが良いのでしょう。有難う御座います」
トールの答えを聞いたリューナは、どこかホッとした表情をしている。
トールもこれでよかったのかなと思っていた。《知識の泉》情報の規制をかけられていたということは、管理者がそれをしたのだろう。世界の調和をと言っていたので、これが世界に与える影響が大きいということだろう。
「それにしても情報に規制、ですか。ということは、作り方自体は情報として持っているということですね。これで危険性はさらに高まりますね」
「危険性?」
「そうです。初めはただ喋る杖かと思っていましたが、魔法陣に新規の呪文、その上賢者の石です。その価値は計り知れないものがあります。ますます外でうかつな行動は取らないでくださいね」
そうこう話している間に、料理が出来たのか、ナーリャが持ってくる。運ぶのは手伝いますといってリューナも手伝い始め、テーブルの上には料理が並べられた。
「いただきます」
そういって二人は食べ始める。トールは横で眺めているだけだ。食べられないので。
「そういえばさっき何の話してたの?向こうだと良く聞こえなくって」
そう問われ、二人は話していた内容、賢者の石やトールの貴重性について話しをする。
「そっか。確かにトールのことが下手にばれるとまずいよね。まあ空を飛ぶだけなら誤魔化せるかもだけど」
「そうですね。飛ぶ杖が作れないこともないとは思います。あの奇妙な動きさえなければですが」
「外でただ運ばれるだけって言うのも、ストレスがたまるんだよ。飛べるのならありがたいんだがな」
「ストレス……いえ、あえて言わないでおきます」
その他他愛無い話しをして、二人は食事を取り終える。ナーリャとリューナは、後片付けをしていた。
トールはというと、相変わらず手伝いも出来ないので、テーブルの辺りを浮いている。
そうしていると、ふとカバンがトールの目に入った。採取のため準備していたものだ。
トールはそれを眺めていると、一つ思いついたことが出て来た。カバン持てるんじゃないかということである。
採取場所であるベリエ草原に行くまで、大体半日の道程とのことである。その間少女二人に荷物を持たせて、自分は悠々と浮いているだけというのも、トールは気が引けていたのである。
そこでトールは、自分の柄にカバンの紐を引っ掛けて持ち上げてみることにした。何度か試して、まっすぐのままだと引っ掛け辛いと判断し、しの字に体を曲げ引っ掛け、そしてそのまま浮び上がる。
トールの体は徐々に浮かびあがる。カバンの紐も伸びきり、カバン自体の重さも感じさせないままトールと一緒に浮び上がった。
「お、結構いけるもんだ」
独り言を呟き、トールはゆっくりとテーブル周りを飛ぶ。以外と浮かぶ力も大きいようだ。
その光景を、台所の方から見ていたナーリャとリューナは、片付けを終えるとトールの傍までやってきた。
「以外と力持ちなんだね、トール」
「そうですね。これなら明日は大分助かりますね。荷物をお願いしても?」
「ああ、任せてくれ。運ばれるだけっていうのも悪い気がしてたしな」
「まずは城門を出てからだね。そこまではまだ流石に目立ちそう」
ナーリャはそういうと、トールから荷物を受け取り、元あった場所におく。
その後、ナーリャとリューナの二人は残りの準備、寝袋などの用意を済ませると、風呂に入りに行く。二人一緒のようだ。
トールはもちろん居間にいる。流石に覗くんじゃありませんよ、とはもう言われなかった。
ふよふよと浮び上がって一人の時間を過ごした後、トールは暇になり、ほぐすため体をうねうねとねじる。
暫くして二人は風呂から出てくる。寝巻き姿に着替えているようだ。
「それじゃあ、明日は朝に出発ね。それでたぶん昼ごろにベリエ草原に着くと思う」
「はい、分かりました。寝坊はしないようにします」
「了解だ。まあ今日も椅子の上で寝ているから、寝坊しそうだったら起こしてくれ」
そう3人で明日の予定を確認しあうと、それぞれの部屋へと帰っていった。
トールは昨晩と同じ、椅子を2個並べた上に寝そべる。
少しの間《知識の泉》について調べようとしていたトールであったが、睡魔に負けてそのまま眠り始めた。




