杖と魔道技師と火薬と薬剤8
リューナがテーブルの一部を弾け飛ばした後、家の中はてんやわんやしていた。テーブルには火が付き、弾け飛んだ木片にも一部火がついていた。
リューナは呆然として座り込んでしまっており、傍から見ていたナーリャが慌ててテーブルの火を消していた。
トールも飛び散った木片の火を、杖の宝玉部で叩いて何とか鎮火しようとしている。
そうして何とか全ての火を消し終えると、部屋の中は沈黙に覆われていた。テーブルは弾けた部分の端にこげた跡があり、あちこちに木片が飛び散っている。
座り込んでしまっていたリューナは、ハッとして立ち上がると、トールとナーリャに頭を下げた。
「す、すみませんでした!その、はしゃぎすぎてしまって……」
顔を青くし、謝罪するリューナ。その顔からは大分後悔している様子が見て取れた。
しかしそんなリューナに、ナーリャは笑顔で答える。
「いいよいいよ、そんなに大事にならなかったし。それにその気持ちも分かるしね」
「いや、俺のほうこそ申し訳なかった。もう少し呪文を選んでおけばよかった」
トールが思った以上の効力を発揮した発雷の魔法。もう少し危険では無い魔法を選んでおけばよかったと、反省していた。
「とりあえず、また今度テーブルは直すとして。リューナちゃんが買ってきたものは無事だった?」
「えっと……はい、無事です」
そういって買ってきたものを、リューナは確認する。いくつか袋から飛び出していたものもあるが、おおむね無事のようだ。
リューナは、ばらけた買い物品を集め、飛び散った木片も片付ける。
するとトールの目に、二つの石が入ってきた。それはちょうど拳大の大きさで、中央に文様、魔法陣が刻み込まれている。
「お?それなんだ?」
「これですか?これは結界石といわれるものです」
それを持ち上げながら、リューナは説明する。
「外で起動させると、魔物が寄って来なくなるんですよ。外に出たら魔物も多いですからね。」
リューナは説明を終えると、自分のカバンの中に一個結界石をしまい、もうひとつをナーリャへと渡す。
受け取ったナーリャも、ありがとうと言って自分のポケットへとしまいこんだ。
「魔物?そんなのもいるのか?」
トールはそう聞き返す。ファンタジー世界の定番ともいえる存在だが、この世界に来てまだ遭遇した記憶は無い。いや、もしかしたらトールが最初にいた森で、出会っているかも知れないが。
「ええ、この辺りにいるのはそこまで凶暴ではないはずですが、それなりにいます。トールさんはご存知無いのですか?」
「ああ、初めて聞く。いや、正確には聞いたことがあるが見たことが無い、かな?」
「そうですか?まあ、杖ですしね」
リューナはそう言って納得すると、ナーリャに任せきりになっていた、辺りの掃除を再開する。
「魔物は自然に存在する魔力、魔素とも呼ばれていますが、それに過剰反応した生き物とされています。凶暴で人を見かければ襲ってきますし、その際には魔法も使用します」
「魔法まで使うのか。厄介だな」
先ほど魔法の威力を目の辺りにしたトールは、こんなことが出来るのが外にうようよしているのかと不安になる。
「そうは言っても、この辺りの魔物だと、そんなに強い魔法は使ってこないけどね。せいぜい風を吹かせて目潰し程度かな」
それでも油断しちゃ駄目だけどね、というナーリャ。彼女は飛び散った木片の片付けを終えて、台所での採取の準備に戻っていた。
リューナもそれに続いて手伝いをし始める。
トールは一人ぽつんと、テーブルの傍で浮いており、そこで考え事をしていた。
「(呪文に魔法、それと魔物と魔素か。)」
呪文と魔法に関しては、実際に見てなんとなくではあるが把握できた。しかし魔物、それと魔素に関してはまだ良く分かっていない。そこでトールはいつもの《知識の泉》に聞いてみることにした。
…魔物:進化の過程で魔素を、体内に溜め込む器官を得た生物。魔素によって自然現象を操る。魔素の影響により思考レベルが低下している種が多い。
…魔素:自然界に存在する加工前資源。魔法の元。魔力に変換することでより効率的に魔法を発動できる。
なるほどよくわからん、とトールは返って来た答えを聞いていた。
魔素が魔法の元で、おそらく地球には無かった何かなのだろう。それがこの世界にあるため魔法が使えると、トールは大雑把に理解していた。
しかしそこでトールには気になることが出て来た。この世界の人間は魔物なのか?ということである。
体内に魔力をためて、魔法を呪文や魔法陣を使用して発動している。それは魔物のそれと同じじゃないかと。
気になることがあれば、聞いてみれば良い。ということでトールは再度《知識の泉》へと問いかける。
…人間:ヒト種の総称。
肝心なところで役に立たない《知識の泉》である。トールはこのただ言い換えただけの回答に、管理者の嫌がらせじゃないのかと感じていた。
そこでトールはアプローチを変えて見ることにした。
ナーリャやリューナは魔法を使う時は、魔素ではなく魔力と言っていた。そのことを思い出したのだ。そこで今度は魔力について調べてみる。
…魔力:魔素をより魔法に適用するために変換された状態。ヒト種等の一部種族が魔素から変換する器官を有する。×…◇
最後に少しノイズのようなものを聞こえた気がしたが、概ね納得のいく回答にトールは満足していた。
要は魔物は魔素をそのまま貯めて使い、人はそれを魔力へと変換してより効率よく使っているということのようだ。
そうやってトールが知的好奇心を満たしていると、ナーリャとリューナが台所から戻ってくる。その手には何時の間にか準備したのか、中身が詰まってそうな大きめなカバンを持っていた。
「やっと準備が終わったよ。でも重力軽減の魔法って便利だね!こんなに詰め込んでも片手で持てちゃう」
「本当に便利ですね。これ、魔道具で再現できればナーリャさんは食べるのに困らないのでは?」
「お帰り。手伝わなくてすまないな。その中に食料とか入っているのか?」
「うん、そうだよ。後は寝袋とかは別に担いでいくって感じかな」
ナーリャはをテーブルの無事な箇所にカバンを置くと、お茶を入れてくるねと台所に戻る。
リューナはそのままテーブル前の椅子に座る。気になるのかテーブルの破損した箇所を手で触っている。
「しかし発雷の魔法でしたか。最初は手に雷が纏わり付くだけで、触れればしびれる程度かと思っていましたが、かなりの威力がありますね」
「そうだな。まあ、込めた魔力の量によって威力が変わるみたいだし、それなりに篭もってたんじゃないのか?」
「そうかも知れません。自分でも冷静でいられなくって、よく覚えていないんですよね」
そう言われてトールはそのときのリューナを思い出す。
「ああ、クルクルと回って楽しそうにしてたもんな」
そのトールの言葉に、リューナははしゃいでいた自分がよっぽど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にする。
「わ、忘れて下さい!あれはちょっと、はしゃいじゃっただけです!」
「いいじゃないか。人間我を忘れることもあるさ」
「そうだよ。それに、あの時のリューナちゃんかわいかったし」
お茶を入れて戻ってきたナーリャは、お茶をリューナの前に置きながら話に加わる。
「ナーリャさんまで、何を言っているのですか!」
ナーリャにまでからかわれて、リューナはさらに顔を赤くする。
リューナは気を落ち着かせようと、ナーリャが淹れたお茶を飲んだ。
「いいですか!忘れて下さいね!」
お茶を飲みながらそう言うリューナに、トールとナーリャは笑いあう。
外の景色はすでに夕日が射しかかろうとしていた。




