杖と魔導技師と少女と魔物19
ナーリャ達が昼食を採っている間、トールは接客に専念する。
リーノ、インテルムが帰った後は続々と客たちが入店してくる。やはり多くは冒険者であり、朝買いたい量を交渉した者たちもいた。
彼らと朝渡した引換券と薬を交換し、他の冒険者たちには今ある製品を販売する。そして1時間程たった時、ナーリャが奥から出てきた。
「お待たせ、トール。ありがとね」
「おう、気にするな」
トールは店の方に出てきたナーリャに、とりあえずの現状を知らせる。やはりペリエ薬が足らず、これからも作り続けてほしい等である。
それを了承したナーリャは、薬づくりに戻るため工房へと引っ込んでいった。その代わりに出てきたのは、子狐を抱えた新理愛であった。
『お疲れ様です、トールさん』
『おお、新理愛か。もう向こうはいいのか?』
『はい。魔法でものを作るのも見せて頂きました。なんというか、凄いですね』
『だろう。俺もこっち来て初めて見たときは、どんだけだと思ったもんだよ』
本人が持つイメージ通りに作れる魔法陣による物作り。トールは前世にこの技術があればどれだけ開発が進むかと思ったりしたものだ。
この技術、何がすごいというのは、細かな補正がかかることである。普通、人間のイメージというものは曖昧であり、そして限界がある。
例えばピストンのような物を作ろうとした場合、筒の内径と中のピストンの外径はまったく同じでは駄目である。そうするとピストンが当たってしまい中に入らない。
そのため、筒の内径とピストンの外径を微妙に差を設けることで、スムーズに入るようにしている。だがその微妙な差が大きすぎれば、ガタツキもするし目的にそった仕様にはならない。そしてその微妙な差というのは、本来人間に知覚できる差ではないのだ。
ベテランの職人であれば触った感触等で判断できるやもしれないが、トールにはまず無理である。1000分の1ミリ単位での差などわかる物ではない。
その点、この魔法陣による製造というのは、その微妙な差を補正してくれるのだ。簡単に言ってしまえば、トールが描いた図面にその差を記入しておき、それを作りたいと念じていればその通りに出来上がってしまうのだ。まあ、本当にその数値通りに出来ているかは確かめようもないのだが、実際綺麗に組み立てることが出来た。
『なんだかすりつぶした草を魔法陣の上にのせると、こうドロドロになっていって色も変わっていくんです。なんというか、凄い光景だなって』
『本当にな。元の世界では考えられない技術だよ』
トールと新理愛は、魔法陣による物作りについて雑談をしながら接客に励む。
暫くは順調であったが、ある時から新理愛に声をかける冒険者が数を増やしてきた。
今まで杖が接客をするという光景はほとんどの客にとって慣れたものであるが、その中に新理愛がきたので変化が起きたのだ。
見知らぬ新しい店員、しかも顔に見知らぬもの、眼鏡、を掛けている美少女となれば、多くが男性である冒険者が声を掛けない通りはない。
そういった訳で、トールと新理愛は雑談を中断して接客と愛想に追われることになる。特に新理愛は言葉が通じないため、トールが間に入って通訳する必要があった。
「アリアちゃんっていうのか。どう? 今晩夕飯でも一緒に」
「こんなやつと一緒にいても仕様がないだろ? 俺らと一緒にどうだい?」
「ナーリャちゃんとリューナちゃん、それにアリアちゃんか……アリだな」
トールはそれらを時に新理愛に通訳し、どうしようもない事はトール自身が断りを入れる。新理愛の性格上、強くは言えないだろうという配慮である。
だがトールが思っていたのと違い、新理愛もひきつった笑顔は浮かんでいたが社交辞令的に返していく。意外と手馴れた印象を受ける。
『新理愛は接客に慣れているのか?』
気になったトールは接客が途切れたタイミングを見計らって新理愛にそう尋ねる。言葉は通じずとも、対応のそれは手馴れたものだと感じたのである。
『はい。バイトで小物を売っているお店で働いていたので、こういった事はある程度慣れています』
『そうだったのか。こっちだと厳つい連中も多いが、そのあたり大丈夫か?』
『それも大丈夫ですよ。バイト先だと、意外と強面の男の方も買いに来られていましたから』
新理愛は日本のバイト先を思い出しながら、トールに説明する。
小物類、アクセサリーや部屋の中に置く小物類等を扱っていた店であったが、男性客も多く買いに来ていた。その中で知人の女性に贈り物をしたいと言って、如何にもな強面の男性も客に来ていたのだ。本当に贈り物だったかは今でもわからないそうだが、何度も店を訪れてきたので顔を覚えてしまったとの事である。
『最初はすこし驚いてしまったのですけどね』
思い出したのかクスクスと小さく新理愛は笑う。その時何かあったのだろう。
トールは新理愛に付いての印象が変わっていくことを自覚する。第一印象とはかなり違うものを感じていた。
最初に出会った時は、新理愛としてはわけのわからない状況に追い込まれ、命の危険さえもある状態であったのだ。こうして街に来て、元の環境とはいかずとも落ち着ける状況というのはやはり安心感をもたらすのだろう。緊張感が和らいでいるのが見て取れた。
トールはいい傾向だなと、それを内心歓迎する。人間、いつでも緊張感を持ち続けるといつしか壊れていくものだ。社会出てから幾人かそういう人を見てきたトールにとって、嬉しいものである。
『なるほどな。そういえば俺も元は小物とか結構好きだったからなぁ。よく会社の机とかに飾っていたよ。超小型のエンジンとかも持っていたな』
『……トールさん。ちょっと聞いても良いですか?』
トールが元の生活を思い出して話をしていると、新理愛は少し迷った感じでトールに話しかけてくる。
『ああ、構わないぞ』
『トールさんはどうしてこちらの世界に?』
意を決したように新理愛はトールにそう尋ねる。新理愛としては聞きたかったことだ。
新理愛は自分が急に来てしまった世界に、元々日本人だったという杖が居たことに感謝していた。こうして言葉も通じるし、安全な街まで案内もしてくれた挙句、住処まで提供してくれている。
そうして落ち着くことが出来たら、今度はどうしてこの人はここにいるのかという事が気になり始めた。もしかしたら、そこに帰る方法のヒントが隠されているかもしれないという考えもあったが、単純に気になったというのが本心である。
『ああ、そうか。説明出来ればいいんだが、ちょっと規制がかかっていてな。この体、というか杖を作った連中に連れてこられたんだが、そいつらに話すと都合が悪い事は話せないようなんだ』
トールは事情を説明しながら、これは話せるんだなと考える。そしていい加減話せる内容の検証を行おうと心に決める。
『作った人って……』
『良く分からん連中なんだけどな。〇×■●▽って日本語でも駄目か』
自分が倒れて、魂のみになった状態で連れてこられたと話そうとしたが、途中からすでに規制がかかった状態になってしまっていた。詳細を話そうとすると日本語でも駄目らしい。
『今の、良く分からない音がそうなんですか?』
『そうだ。まあ詳しい話は出来ないんだけど、俺はある存在から連れてこられたんだ』
『ある存在って……もしかして神様とかです?』
新理愛がある存在という言葉を聞いて思いついたのが、神様というものである。良く分からない世界に連れてこれる者といえば、ある意味定番だ。
だがトールはそうは思っていない。もし神様であれば、問答無用で送ってしまえばいい。だがトールの場合は、面談という形式をとった上で、そして話してみた感想でいえば人間味がありすぎると思っていた。
何かしら自分たとと同じような、知的生命体であるのではないかというのがトールの推測である。
『たぶん違うと思う。神様といった絶対的な存在ではなく、自分達の思惑を成し遂げたい、ある意味人間と同じようなものだと思う。持っている技術は、それこそ凄まじいものがあるかもしれないけどな』
『……そうすると、私の場合もその人たちの思惑があるんでしょうか?』
『どうだろうな。情報が少なすぎる。君の場合は、特に何か応接間みたいな所で話をしたわけでもないんだろう?』
『応接間、ですか?』
キョトンとした表情で新理愛はトールに聞き返す。今までの話でいきなり出てきた応接間という言葉に、一瞬理解が及ばなかったのだ。
トールはそりゃそうだわなと思い、自分がきた状況を説明しようとする。しかし応接間という言葉と、面談してからこちらの世界に来たという内容を繋げると例によって話せなくなってしまった。
『……まあ単純に言ってしまえば、誰かしらとも会わずにこちらに来てしまったんだよな?』
『はい。気が付いたら森の中にいて……本当に瞬きした瞬間でした』
瞬きのため目を閉じて、開けたときには森の中という訳だ。
こりゃあ混乱するな、とトールは感想を漏らす。歩いていたら森の中。流石に混乱し、まったく冷静な対処など無理だろう。
『そこで数日彷徨っていて。カバンの中に持っていたペットボトルがあったんですが、それもすぐに飲んじゃって。それで湧き水があったので、水をそこに入れて持ち歩いていたんですけど、食べ物はどうにならなくて……』
『そこで俺たちと会ったってわけだな』
『はい。本当に感謝しています』
新理愛はそういって頭を下げる。
それにトールは気にしないでくれ、と新理愛に伝える。本当に偶々であったからである。
『さて、身の内話もそこそこにして、どうせならこっちの世界の情報もあった方がいいだろう。例えば、今来ている客たちの多くは
、冒険者と言われる職業の人たちだ』
『冒険者、ですか? えっと、良く小説とかにある……』
『そうそう。こっちの冒険者も、魔物と戦ったり、様々な人の依頼を受けて手紙を運んだり、貴重な物を採取しに行ったりしているようだよ。それこそ冒険譚には事欠かないだろうな』
『へぇ~。すごいですね。私はこの前の狼っぽいのが襲ってきた時、怖くてしょうがなかったです』
『他にも、ランプとかは魔法の力で動いている物もあってな。この店や、ナーリャの家にもそういった物が多く置いてあるぞ。ま、この店はそういった物を扱う店だけどな』
トールは自分が得たこちらの常識なんかを伝えながら、新理愛に説明をしていく。
そうして時折客の対応をしながら、トールと新理愛は会話を楽しんでいった。




