杖と魔導技師と少女と魔物17
トールは工房の外へと出ると、開店の準備に向かう。
店の立て看板を表に出し、次いでに箒で店の前を掃く。いつもナーリャやリューナがやっている行為だ。こうすることで、店がもう少しで開くというアピールになるらしい。
今日は杖が箒を使って清掃していることが滑稽だったのか、近くを通りかかった子供が笑って指をさしている。そして、なぜだか一緒に掃除をし始める。
するともう一人、またもう一人と子供たちがやってきて、トールと一緒に掃除をし始めた。彼らからしてみれば、杖と一緒に掃除をすることで、遊んでいるつもりだったのだろう。皆楽しそうにトールの周りで掃除をしている。
トールとしても、特に拒否する理由もないため、一緒になって掃除をしていく。掃除の最中に転んで泣き出す子もいたが、何とか宥めて落ち着かせることで、おおむね問題なく進んでいった。
「じゃあな、トール!」
「バイバイ、杖さん」
「おう、ありがとな。気を付けて帰るんだぞ」
そうして店の前を掃除した子供たちは、そろそろ昼時ともあってそれぞれの家へと帰っていく。
そのことを見たトールは、そういえば昼めしを食べていなかったんじゃ、と思いつく。自分が食べないようになって、このあたりの感覚はどうにも鈍くなっていた。
トールは最後に立て看板に『開店中』と書かれた札をのせると、店の中へと戻っていく。一応これで開店準備の完了である。商品の棚だし等、通常は行うのだが今は商品を必死になってナーリャ達が作っている最中である。商品を作りながらの営業は問題があるんじゃないかとも思っていたのだが、意外とそういった事態にはなっていない。この世界、というかこの街の住人は時間に関してはかなりおおらかである。商品を買うのに待つというのは、往々にして問題になっていないのだ。
このあたりの時間感覚は、トールとしては新鮮なものだった。前世では、分単位で時間に追われている感覚が常にあったからだ。
設計者として仕様検討から設計、評価部門との調整に出図。そして予算確保と評価品手配。量産向けともなれば、さらに仕事は増していく。製造関係者との打ち合わせに、購買担当と折衝。各部品メーカーとのやり取りに、時には客先へと技術営業として向かわされる。そうして関わる人間も増えていき、期日通りに動かなければ開発計画そのものが破たんしかねない。
切羽詰まった時間で動かざる負えないことが、トールにとって当たり前であったのだ。いつしか慣れ、特に気にすることもなくなっていた。
しかし今は違っている。ゆっくりとした時間の流れの中、で新しい事が出来るというのは存外気持ちがいいものだ。ただ、時折このゆっくりさは無性に不安を掻き立てるときがあるのだが。職業病である。
「店の準備は終えたぞ」
「有難う、トール。こっちはそこそこかな?」
「ペリエ薬27個ですね。たしか朝の内に頼まれた数の総数は、152個だったはずです。まずはそれくらい作って置かないとですね」
トールの感覚では、外に出て掃除して準備したのにかかったのは30分ほどである。その間に27個も作ってしまうのだから、ナーリャ達が手馴れてきたとはいえ、本当に魔法陣というのは便利なものだ。
「でも152個か。そうすると午後は大変そうだな。飯はどうする?」
「おひるごはんは……どうしよっか?」
「そうですね。どこかの屋台で買ってきた方が良かったですね」
チラリ、とナーリャとリューナはトールの方を見ながら昼食の事を話す。
その発言、そしてちらりとトールを見る行動でなんとなく察する。つまり屋台で買ってきてくれという事だと。
そのあたりは特にトールは異存を感じない。まあ、ちょっとした自分の可愛らしいマスターの頼みくらいは聞いても良いだろう。それに、このあたりの所作にトールは自分の妹と何となく似ているなと少し懐かしい感じもしていた。
何か頼み事があると、チラリチラリとこちらを見ながらこっちが聞くのを待つ。そして尋ねようものなら、一気にまくし立ててきたものだ。いいの!? ありがとう! といった具合である。
甘やかしすぎるのも問題なのだが、そのように頼られると少し嬉しく感じてもいたのだ。しかたないな、と言って大抵許諾してしまっていた。
「まったく、仕方のないマスター達だな。まあいいさ。ちょっと買ってくるから、その間だけ店を頼む」
なんだか懐かしい気持ちにされ、そして同時に胸の内に温かさを感じたトールは、その自分のマスターのお願いを聞くことにする。その可愛らしいお願いを聞く分には、トールとしては特に問題はない。
「ありがとう、トール」
「有難う御座います、トールさん」
嬉しそうにトールにお礼を言うナーリャとリューナに、仕方がないなと心で苦笑いをしながら、新理愛にもそのことを伝えてトールは工房の外へと出ていく。
工房の外、店の中にはまだ客は入ってきていない。だがもう少しすればかなり混みあってくるだろう。ならばさっさと行ってしまうのがいい。
トールは店からも出ると、大通りの方へと向かっていく。昼時ともあって、大通りに出れば大体屋台が並んでいる。そこから見繕うつもりだった。
トールが外に買い出しに行っている間、ナーリャとリューナは一旦作業を中断する。魔道具、というか薬類を作成するのにそれなりの魔力を使っていたこともあるし、少し疲労もあったため休憩がてら店番をすることにしたのだ。
ナーリャは新理愛を手招きで呼んで、店の方へ行こうと意思を伝える。新理愛もその行動に理解を示して、ナーリャ達と一緒に付いて行くことにした。
「リューナちゃん、椅子一個持ってきてもらっていい? わたしはお茶淹れてくる」
「アリアさんの分ですね。分かりました」
店のカウンター奥には、ナーリャとリューナ2人の分の椅子が常設してある。しかし新理愛の分は無いため、さすがに立ちっぱなしという訳にはいかないと考え、椅子の準備をお願いしたのだ。
リューナは工房から一つ椅子を持ってくると、カウンター裏に置く。スペースにはそれなりの余裕があったのだが、さすがに3人分ともなると手狭に感じるくらいであった。
「はい、どうぞ」
カウンターに並んで座った3人は、ナーリャの淹れてきたお茶を飲みながら客が来るのを待っていた。すると、すぐに店のドアが開き、人が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
ナーリャが店に入って来た客に対して挨拶をすると、その客は嬉しそうにカウンターの方へとやって来た。
「お邪魔します、ナーリャさん」
その客、鉱山ギルドの少年リーノはまだ声変わりもしていない高めの声でナーリャへと挨拶をかえす。
「いらっしゃいませ、リーノさん。今日はどういった御用ですか?」
「はい。数日店を開けられていなかった様なので、近くを通りかかったものですからご挨拶にと」
リューナの問にリーノはリューナの方を見て元気よく答える。しかしその視線はすぐさまナーリャの方へと向き直す。
その様子に、リューナは分かりやすいなぁと苦笑いしている。彼がナーリャに好意を抱いているのは、トールを含め自分も知っていることだ。知らぬは当のナーリャのみである。いや、リーノもトール以外には気が付かれていないと思っているが。
「そうだったんだ。わざわざありがとうね、リーノ君」
そんな事は知らないナーリャは、リーノに対して嬉しそうに話しかける。それにリーノはパァっと表情を明るくしている。実に分かりやすい。
そうして二三言ナーリャに話しかけたリーノは、一人の少女に気が付く。新理愛だ。
「えっと、そういえば新しい方がいらっしゃいますが、お店の方ですか」
「ああ、そっか。まだアリアちゃんの事紹介してなかったね。彼女はアリアちゃん。異国から来たばかりで言葉もまだ通じないんだけど、一緒に暮らすことになったの」
「異国の方でしたか。それに言葉も通じないとなると、相当遠いところからいらっしゃったんですね。……こんにちは。私はリーノと申します」
リーノは新理愛に向かって自分に指をさしながら自己紹介をする。彼は特に詳しい事を聞こうとはしない。それは気を使ってのことだった。
普通異国の、それも言葉が通じないほど遠くともなると、1人では来れるはずがない。そしてこのような少女が来ようとも思わないだろう。そのことを勘案すれば、何かしら人に言えない事情があるのだろうと推測したのだ。
そんな事は露知らず、リーノという単語が彼の名前だと分かった新理愛は、同じようなしぐさで自分を新理愛と名乗った。
「アリアさんですね。よろしくお願いします」
『あ、よろしくお願いします』
リーノが頭を下げるしぐさに、言葉は違くとも同じ意味の内容を発しながら新理愛も慌てた様子で返す。
「そういえばナーリャさん。今日聞いた話なのですが、森に風浪狗が出たという事ですよ」
「あ、うん知ってるよ。というか、わたし達が守備隊の人たちに伝えたから」
守備隊の面々は素早い対応をしていた。ナーリャ達が帰ってまだそれほど時間は経っていないのにも関わらず、こうして既に情報が流れているのだから。
そうリューナが関心していたのだが、リーノは別の驚きを持っていた。
「ナーリャさんがですか!? とすると、風浪狗と出会ってのでしょうか?」
「うん。丁度森に採取に行ったんだけどね。そこであったんだ。毛皮見る?」
「あ、いえ、それはいいのですが。……怪我とかはなされなかったですか?」
「うん、大丈夫。トールも一緒だったし、それに……」
「私達もそれなりに準備していましたからね。特に問題なく撃退できましたよ」
ナーリャの言葉を遮るようにリューナは口を挟む。ナーリャがそのまま新理愛の事、そして子狐の事を話しそうな雰囲気を出していたためだ。精霊種である子狐の事は話したら問題になるし、その主とみられる新理愛の事を話すことは出来ない。
その子狐は、実はずっと黙って新理愛の足元に付いてきている。時折足首に体をこすりつけてはいたが、大人しいものだ。
「そうでしたか。怪我がなくてよかったです」
「うん、ありがとうね。リーノ君」
ナーリャにお礼を言われてリーノが少し顔を赤くしていると、また店のドアが開かれる音が鳴った。
ナーリャ達は客が来たかなと思いそちらを確認すると、意外な人物が入って来た。
「どーもどーも、お久しぶりですな、皆さま」
若干前かがみになりながら入って来た男は、王都で出会った魔導技師、インテルムであった
いつもご覧くださり有難う御座います。
これから先、すこし仕事の方が忙しくなりそうで、更新が滞るかもしれません。
出来る限り更新をしていきたいと思っていますが、2,3日ごとの更新、もしくは1週間ごとの更新になるかと思われます。
申し訳ございませんが、引き続きご愛読して頂けると幸いです。




