杖と魔導技師と少女と魔物16
トール達は目的の市場にたどり着くと、様々な物を見て回った。
魔道具関連の素材となる木材、鉱石、金属、植物類、液体類等から食材に食器、毛布、歯ブラシもどきにと実に多くのものがここには出回っている。問題があるとすれば、同じ品も出店している店ごとに値段が違う事と、数がうまい事揃えられないこと、そして目的のものが無い場合も結構な割合であるという事か。
ナーリャは魔道具関連以外にも、ついでとばかりに食材も購入している。まだ多少の余裕があるそうなのだが、どうせだったら買っておきたいという事だった。
リューナは新理愛と共に新理愛の生活必需品を購入する。食器類に何かと入用な布類、他にも勉強に使えそうなペンが安く売っていたので、それも購入する。ナーリャの家にもペン類はあるのだが、リューナが自分のペンを持った方が勉強は捗るものと主張したため購入することになった。
「市場での買い物はこのくらいかな」
「ええ。あとは家に戻って整理しましょう」
この市場で購入した品々はすべて空間拡張バッグにしまわれている。しまうところだけ見られたとして、カバンの中が広くなっているというのを見破られることは無いだろう。
「ん? 兵舎へは行かなくていいのか?」
「あ、そうでした。そっちに行ってからですね」
リューナはうっかりしていたと手を合わせる。すっかり買い物をしたことで満足してしまったようだ。
気を改めて市場から離れると、トール達は街の外縁部にある兵舎へと向かう。そこは以前一度訪れている為、トールも知った道だ。
特に迷うことなく兵舎までたどり着き、ナーリャが中にいるであろう駐在人を呼び出すためそのドアをノックする。
「すみません、すこしいいでしょうか?」
暫くすると中からは返事がして、ドアが開かれる。出てきたのはいつぞや森の調査依頼で訪れたときに対応してくれた、若い男の守備兵であった。
「おや、ナーリャさんにリューナさん。それにトールさんでしたか。そちらのお嬢さんは初めてですね。どうかしましたか?」
守備隊の青年は丁寧な態度で対応してくれる。
トールが意外と感じたことだが、この街の守備隊は規律がよく、そして市民に礼儀正しく接している。それこそ対応する態度は、日本のお巡りさんレベルと言っていいだろう。
中世のそれと言えば、トールのイメージでは横暴な者ばかりだと思っていた。しかしふたを開けてみれば、存外礼儀正しい連中ばかりである。それと言うのも、この世界の守備隊というのは、いわゆる正義の味方として民衆から見られているのである。
魔物という明確な脅威が存在し、それらから民を守るという職業は、人々から尊敬のまなざしを受ける。そこに騎士道と言うものが絶妙な加減で交じり合った結果、こうして礼儀正しい守備隊の誕生という訳であった。
まあ、実のところダナン侯爵家直轄であり、そのダナン当主がかなり厳しく教育を行ったというのもある。街を守る存在が、街に住む民を脅かすというのは言語道断であると。
「実は先日森に行きまして。それでちょっと変わった事があったので、それを知らせに来ました」
ナーリャも対外的な敬語を使いながら、守備隊の青年に伝える。
それを聞いた青年は一瞬眉を動かし、そして一行を中へと案内してくれた。
中には待機していたのだろう、数人の男たちがテーブルに座っている。ある者は書類と思しきものを読み、別の者は剣の手入れをしている。
トール達、というかこの場合ナーリャ達と言った方がいいだろう、が入ってくると、中にいた彼らは一斉に立ち上がり、自分がしていたことの道具を手早く片づける。そしてあっという間に、3人分の席を用意していった。
「むさ苦しいところですが、こちらでお待ちを。今お茶淹れてきますから」
「ああ、いえ。気を使わないで下さい。ただ報告に来ただけですから」
「いえいえ。わざわざ来てくださった方に失礼は出来ませんよ」
そういって案内してくれた青年は、棚にあったポッドを取り出して、お茶の準備を始める。
わざわざこうしてお茶まで淹れてナーリャ達を歓迎するのにも理由があった。簡単な話、可愛らしい女の子とお茶がしたかっただけである。
守備隊と言うのは、いくつかの部隊に分かれている。庶民からして有名なのは、街の中の警邏をすることによって治安を守る部隊に、街の外の巡回する事で、魔物等の脅威を排除する部隊などである。彼らはその身を危険に晒すことを厭わず、勇敢に戦う名誉ある者たちだと人気があった。
無論そのほかにも部隊はある。たとえば内勤の部隊。道具の保守点検から資材の調達、部隊の糧食の手配など、目立たずとも重要な役目を負っている者たちだ。
そしていまこの場にいる彼らはその内勤組である。他の実働隊は目下見回り中といったところだ。
その内勤組の彼らであるが、表回り部隊と比べて庶民からの人気が少ない。地味という評判である。そして外回りをしないので、出会いの機会が少ないのであった。
そんな時に、美少女と言っても過言ではない3人の来訪である。少しでもお近づきになりたいと思っても、おかしなことではないだろう。
そういった訳で、彼らは普段以上の連携を発揮し、3人を出迎える準備を整えたのであった。
「どうぞ。海から渡って来たお茶だそうですよ」
青年から出されたお茶は、普段ナーリャ達が飲んでいる物より濃い色合いをしていた。
彼女らが普段飲んでいるのは、地球でいう所の紅茶に近い。若干の差異はあるようだが、新理愛も飲んで紅茶に近いという話をしていた。トールは飲めなので、匂いで判断したのであるが。
「一応言っておくとですね、こいつの私物なんで気にせず飲んでください」
「もうちょっといいカップは無かったのか。お嬢さん方に失礼だろう」
「さすがにこれ以上のカップは、ここには無いですよ」
がやがやとしている守備隊員の様子に苦笑いを浮かべながら、ナーリャ達は差し出されたお茶を飲む。その風味は、普段の物と違い一瞬違和感を感じたが、それでもさわやかな香りが心地よさを生んでいる。
「美味しいですね。普段の物とは違ってちょっと戸惑いましたが、それでもいい香りがします」
「それは良かった。趣味で購入したものなんですが、なかなかいい物でしょう?」
「はい。とっても美味しいです」
そうしてお茶の感想を述べながら、少し雑談をする。
この青年は色々な国の食べ物、飲み物を試すという趣味があるそうだ。先ほどナーリャ達が飲んだお茶もそうだし、卸売店で味わったカプレアスの搾り汁も飲んだことがあるという。
そのカプレアスの実を知ったことで少し外国に興味を持ったナーリャとリューナは、他の国の食材について興味深く話を聞いている。
トールも新理愛に通訳をしながら、話を聞く。こちらではない食材という事であるが、その植生を知れば何かしら役に立つかもしれないと考えたためである。トールは食べられないので、そういった事の方に興味があった。
そうして少しの間雑談をしていた面々であるが、本来ここに来たことを尋ねられたことをきっかけに、話を戻すことになった。元々は、森の表層に風浪狗が出たことを伝えるためにここまで来たのだ。
そして、証拠兼素材として、ナーリャ達が取ってきた風浪狗の角を見ながらその話を聞いた守備隊は、今までは笑顔だったのを引っ込めて真剣な表情で話し合う。
「風浪狗か。厄介だな。街の人たちには、少しの間森に入らないように注意した方がいいんじゃないか」
「そうだな。あと森にも調査隊を出そう。偶々ならよし。そうでないなら、それなりの準備をしなきゃならんかもしれん」
「中での勢力争いに、変化でもあった可能性が高いんじゃないか」
「以前オニとかいうのが出たと言っていたな? それあたりも関係あるのか、気になるところだが……」
「今は調査が最優先だろ。誰か! ひとっ走り頼む!」
数度会話を交わし、守備隊の面々は各々が取り組むべきことを決めていく。それは非常にスムーズであった。
役割を決めた段階で、彼らはすぐ行動に移し始める。それだけ緊急性のある内容だと判断したのだ。それも、過去の出来事が経験となっていたからである。
それは、市民からの通報を無視した結果で起こった。始まりは王都にすむ薬草取りの話であった。彼は森の中で当時知られていなかった魔物と出会った話を、王都守備隊に持ってきたのだ。だが、守備隊は薬草取りの嘘だと判断した。
薬草取りが自分の縄張りを確保するため、見知らぬ魔物という嘘を守備隊に伝え、自分は人が入らなくなった森に悠々と採取に出かける。そう思われたのだ。
だが結果を見ると、その後大量の魔物が襲来した。初動に遅れた守備隊は準備が間に合わず、各村々を守り切ることが出来ずに、森付近の村はことごとく潰された。
その時の反省を活かし、こういった通報があった場合は必ず確認する事となっている。かなり昔の話で、今では老人がその時の惨状を知るのみになっているが、それでも口伝えである程度ダナンの街の人々にも伝えられている。
それを聞いたことのあるリューナは、守備隊に相談した方がいいと提案したのだ。最近では若い者には知られていない話ではあったので、ナーリャはすぐに思い至らなかったという事情もあった。まあ、本来はもっと早く、それこそ夜中でも通報しておいた方がいい案件ではあったのだが、教訓と言うものは廃れていってしまうものだ。全員そこまでの危機感を抱くまでになってなかった。
「ナーリャさん、リューナさん。それと、アリアさんでしたか。ご協力感謝いたします。すぐに達しを出しますが、今からは、出来るだけ森に入らないようにしてください」
トールはさりげなく自分の名が無い事に寂しさを感じているが、所詮は杖だと自虐的に納得する。
そうしている間にも、守備隊の面々は忙しなく活動している。女の子と話がしたいがために、すぐさま席を開けお茶を用意した男どもと同一人物だとは、この動きからは想像できないであろう。
トール達はこれ以上ここにいると邪魔になると思い、家に帰ることにする。
お茶の礼を言って退出するナーリャ達に、また来てくださいと守備隊の青年は答えてくれていた。
兵舎から外に出た後、そのままトール達は自宅へと帰っていく。出発時とは違い、今度は冒険者や子供たちには捕まらずに何事もなく到着した。。
「さて、それじゃあ荷物整理しよっか」
守備隊の兵舎から自宅へと戻ったトール達は、まだ昼過ぎの開店には時間があったので荷物の整理を始める。買ってきた物と、昨日森から採ってきた物である。
まずは新理愛とリューナが、新理愛の必需品を部屋へと運び入れる。トールは男性なので除外された。服に下着、布類と市場で見かけた小物。箪笥は備え付けられていなかったので、一時保管用に箱に入れていく。
残ったトールとナーリャは、まずナーリャが買ってきた食材を、冷蔵魔道具の中へと入れていく。ナーリャは重力軽減カバンのおかげで買い物が楽になったので、思わずかなりの量を買いこんできていた。
それらをしまい終えると、集まって今度は魔道具関連の物を整理し始める。一昨日採取したものはある程度分別出来ていたが、今日買った物と昨日の採取分は時間がなかったため整理できていない。
「これは店の工房でした方がいいでしょうね」
「そうだね。あっちじゃないと仕舞えないし」
魔道具関連の素材は、倉庫とも兼用になっている工房で行うことにする。そちらの方がそのまましまう事が出来るので、効率がいいと判断したためだ。
そういう訳で、トール達は荷物を持って家を出て、隣の店の方へと入っていく。新理愛は店に入るのは初めてになるので、それなりに感動していた。曰く、可愛らしいお店です、と。内装が木で出来ているのにかわいげを感じているのだと新理愛は言っている。しかしその感想はナーリャとリューナには理解されなかった。ただ褒められたと感じたナーリャは少し嬉し気である。
ナーリャ達と新理愛の感性が違うのも、日本においてほとんどが木で出来た内装の店はあまり見かける機会がない。そしてそれは、お洒落な店でだと感じる人も多いだろう。
それに対してナーリャ達からすれば、木造の店というのはごく平凡の作りだ。ナーリャの祖母、サーフィがこの店を作った時、ある程度の広さがあれば良しとしたからであった。内装に特にこだわりを持っていなかったのである。
ちょっとした感性の違いではあるが、こうして異文化の差異による認識の違いが生まれるというのはトールとしては少し面白いものであった。なおトールの時は、こういう文明レベルかといった感想を抱いただけである。ファンタジーもののアニメや漫画、小説等を好んで読んでいた為、そういった意味での感動とはならなかったのであった。
「奥に工房があるから、そっちで整理しよ」
ナーリャは先ほど褒められちょっと浮かれた状態で、新理愛を連れて奥にある工房へと入っていく。リューナは肩をすくめ、トールを一緒に中に入っていく。そしていつも物作りなどで使用している大テーブルの作業台に、持ってきた荷物を置いていった。
置いたカバンの中から順次中身を取り出して、今度は種別ごとに一纏めにしていく。ペリエ草やナスィーム草、トゥルビネの根などの草類は束ねてそれらを仕舞っている棚へと運ぶ。アクアシードやラントガンデといった宝石類は、それ専用の箱へと入れていった。
他にも風浪狗から採れた角や皮は、魔物素材用の大箱に入れていく。中は区切りがあり、なんの魔物の素材かを分かりやすくするため、メモ書きと共に別けて仕舞っていった。
「それじゃあわたし達はペリエ薬の製作に取り掛かるから、トールはお店の準備をお願い」
「おう、分かった」
一通りの整理を終えると、ナーリャとリューナは薬の製作、トールは開店準備へと取り掛かる。トールは薬づくりに協力出来ないので、店の準備となっている。
『そうだ。新理愛はどうする? ここにいれば面白いものが見れるぞ』
『? 面白いものですか?』
トールはどうせだから新理愛に、魔法陣による物作りを見せて上げたいと思っていた。日本、というか地球上でも見ることが出来ないその光景は、新理愛を驚かせてくれるだろうと。
『ああ。ちょっとびっくりするかもしれないが、一見の価値があるぞ』
『そうなんですね。それじゃあ見てみたいです』
了解、と新理愛に告げるとトールは、ナーリャとリューナに新理愛はここで見学したいと言っていると伝える。
特に拒否する理由もない事から、ナーリャ達はそれをすぐに了承する。魔導技術に興味を持ってくれたみたいで嬉しいと感じたらしく、2人とも楽しそうだ。
このままいい関係が築けると良いなと想いながら、トールは工房の外へと開店の準備のため出ていった。




