杖と魔導技師と少女と魔物15
新理愛の普段着を購入し、一行は店を出る。
楽しそうにしながら、自分の服も買ってしまっていたナーリャとリューナとは対称に、トールは精神的にかなり疲労していた。服であれば問題ない。しかし下着の話となると別である。
こちらの世界の下着は、日本のそれと若干異なっている。フックなどないのである。そのため新理愛に使い方を説明するのに、必然的にトールの翻訳が必要となった。
少女に下着の着用方を説明する。これは道徳的に、精神的にくるものがある。この時にトールは心に誓った。新理愛に言葉を覚えてもらおうと。
こういう時に限って普段トールの事を男性扱いしていたナーリャとリューナは、言葉を通訳する便利な杖扱いである。気持ちの切り替えの良さをほめるべきか、都合のいいと文句を言うべきか。
「それじゃあ次は素材を買いに行きましょうか」
購入した服類は、いつものカバンに入れてある。それはトールに括り付けられている為、ナーリャ達は手ぶらである。そのあたりはトールも文句はない。どうせ自分は飛ぶことが出来、重さもほとんど感じないためである。
だが精神的な落ち込みと言うのは、得てして表に出るものだ。トールは文字通り∩の形状をしていた。頂点の部分でぎりぎりカバンを保持している。
「今度はあっちだよ」
『あ、向こうなんですね』
ボディーラングリッジも慣れてきたのか、かなりの意思疎通が出来ているようだ。これならトールの通訳はいらなかったんじゃないかと、心の中で愚痴る。
そんなトールをお構いなしに、一行が今度きた場所は植物類の卸売店である。ここは観賞用の花ももちろんのこと、傷薬に使える薬草類も販売していた。
「お、ナーリャちゃんかい。いつもご苦労様」
「おじさんもご苦労様です。ペリエ草を買いたいんですけど、いいですか?」
「おう、在庫もそろってるよ」
いつも使用しているペリエ薬であるが、材料はペリエ草というそのままの名前の草である。これは古来より薬草として重宝され、草原に多く自生していることから街の住人や冒険者などが取りに行くこともある。
だが、普段使いする程度であればそれで十分であるが、それを商品に利用しようとすると数が必要となってくる。ナーリャ達もある程度は冒険者から買い上げたり、自分で取りにも行ったりしているが、それでもこの草だけは消費量が高く数が足りなくなってします。そのため、こういったまとめて取り扱っている卸売に頼ることがあるのだ。
「よかった。今の相場はどの程度ですか?」
「そうだな。一束40オーロってとこだが、50束以上買ってくれるんなら、35オーロまでまけても良いぞ」
「わぁ、有難う御座います! それじゃあ100束ください」
「結構買うんだな。ちょっと待っててな」
一束あたり、男性が両手で輪を作るくらいの幅がある。それを100束というのは、それなりの量である。価格にして3500オーロ、トール式日本円換算で175万円といったところである。
それだけ、この草で作るペリエ薬が売れているのである。主に買っていくのは冒険者であるが、他にも怪我を負うかもしれない職業の人々にも買われている。時に大口の発注もあるぐらいである。
問屋のおやっさんが一度店の奥へと引っ込むと、その奥から少し年を召した女性が盆にカップを乗せて持ってくる。
「いつもご苦労様、ナーリャちゃん、リューナちゃん。あと、そちらは新しい子かい。ご苦労様。コレ飲んでお行きよ」
女性が持ってきたカップの中には、果汁を水で薄めた物に氷まで入っている。魔法が少し得意なものは、氷を作り出すことも出来る。女性もまた、自分で作り出せるのだろう。
ナーリャとリューナ、そして新理愛はそのカップを受け取り、一口飲む。気温も上がってきている中、喉が渇いていた為有難かった。
「おいしい!」
「これは良いですね」
『おいしい……』
3人ともそれが口に合い、感嘆の声を漏らす。丁度良い酸味と甘み、そしてひんやりと冷やされたそれは、上品な味付けとなっていた。
3人の様子を見たトールは、美味しそうだなと内心飲んでみたいと思っていた。少しこの身が恨めしいとも。
「南の方で採れるカプレアスの実を絞って、水で割ったものなんです。最近少しこの街にも入ってきているんですけど、まだ数が少なくて。ですので、ちょうど手に入った時に来られたお客様に、振舞っているんですよ」
女性はナーリャ達の反応を見て、それを楽しみながら説明をする。今まで飲んだ客も同じような反応をしたのだろう。
「南の方って、美味しい物があるんだね」
「知りませんでした。私もまだまだという事ですね」
『あまり酸っぱくないのがいいです。甘みも丁度良くて』
それぞれが思い思いに感想を述べていると、奥に引っ込んでいたおやっさんが麻袋を二つ担いで戻ってくる。少しはみ出た中身から、商品のペリエ草であると見て取れた。
「おう、ペリエ草を持ってきたぞ。っとカプレアスか。こいつは結構うまいだろ。俺も好きでな。だが、かみさんがすぐいろんな奴に振舞っちまうんだ」
「あら、いいじゃありませんか。こういうものは多くの人に楽しんでもらうのが一番なんですよ」
女性はコロコロと笑いながら自分の旦那に話しかけている。まあ違いないと、おやっさんの方も笑っていた。
「さて、話を戻すがちょっとおまけして少し多めに入れてある。あとはどう持って行くかだが……」
「それなら大丈夫です。ね? トール」
「ああ。俺に括り付けてくれればいい。そのくらいなら持って行けるさ」
「おう、杖のあんたかい。確かトールっつたな。それじゃああんたに括り付けるぞ」
トールもこの街に来て結構な時間が過ぎていた。一時期有名になったことも相まって、トールは既にこの街の住人には驚かれなくなっている。
おやっさんは麻袋を重ねて、ひとまとまりした状態でロープでトールに括り付ける。浮かんだトールに、ロープで吊るすような形だ。
「これでよしっと。どうだい?」
「ああ、問題なさそうだ。ありがとう」
トールは麻袋に巻き付いたロープを引っ張りながら浮かぶと、ちょっと体勢を崩したものの問題なく浮かび上がる。
「それじゃあまた来ますね。カプレアスの実、美味しかったです」
「有難う御座いました」
『あ、お邪魔しました』
ナーリャ達は一声店主たちに声をかけて、その場を後にする。
「おう。お得意様はいつでも歓迎だ」
「いつでもいらっしゃい」
店の2人は、それを笑顔で見送ってくれた。
そうしてペリエ草を買いこんだ一行は、一度路地裏へと入り込む。大通り直ぐ傍だからだろうか、路地裏でもきちんと整備されており、そして人の姿も見えない。
「トール、ちょっと来て」
「おう」
ナーリャはトールを呼ぶと、集中して呪文を唱え始めた。
「vawJ xmQI mxXeUCdn dzUC psQhyOC」
ナーリャが呪文を唱えると、トールが持っていた麻袋が一度小さく光る。重力軽減の魔法だ。
「これで良し。どう、トール?」
「ああ。かなり軽くなったな」
今回買ったペリエ草の様にある程度多く買い付けをすると、そのままではカバンに入れることが出来ない。その上異常なまでの量をカバンに入れている姿を見られるのも、カバンの秘密を公にするも同然である。
そのため、今回のような場合は人が見ていないところで重力軽減の魔法を使っているのだ。
『あ、本当に軽い……』
新理愛は一度学生カバンで経験してはいたが、やはり物が軽くなるという事に興味をしめして、試しにトールに吊るされた麻袋を上下に動かしている。
『一応このことは秘密なんだ。あまり公にすると、良からぬ連中に絡まれかねないからな』
『そうなんですね。分かりました』
新理愛に注意事項を伝え、トール達はまた買い物に向かう。メインである薬の材料の買い付けは済んだので、あとはそのほかの材料があるか、市場へと向かうのだ。
魔道具作成に使える素材は、物流に乗っていない物も多い。そのため、市場などで街の人が採ってきて売っている物を買い付けることも必要であった。最近では、ナーリャ達が買ってくれると分かって、それらを採ってきてくれることもあった。
「じゃあ、向かおっか」
「ええ。行きましょう」
路地裏からでると、ナーリャ達は改めて市場へと向かっていった。




