杖と魔導技師と少女と魔物14
「……」
「……なあ、もういいんじゃないか?」
自分の失態を把握したリューナは、何をいう訳でもなく黙々と朝食を食べている。パンをちぎり、スープを一掬いし口へと運ぶ。今日もスープとパン、それと温野菜というメニューである。昼食はトール発案、となっているパスタもどきの予定である。
ただ黙々と食べるリューナに対して、ナーリャは目線を合わせず新理愛はオロオロとしているばかりであった。
「一応俺も気を使って外から声かけたんだぞ。流石にあんな格好で出てくるとは……」
「やめてください! それ以上は言わないで下さい!」
食べていたパンを放り出し、頭を抱えるリューナ。自分も分かっていることなのだ。あれだけトールの事を責めたことがある身でありながら、はしたない恰好で部屋を出るなどと自分がそれを率先してしまったという事は。逆切れでもして喚いた方がまだすっきりと出来ただろう。だがそれは自分の理性が許さなかった。
「分かってるんですよ、分かっているんです。でも心の整理がつくまで、しばらく放っておいてもらえると助かります……」
こりゃあ時間が解決するまで待つしかないか、とトールは一旦保留にする。くわばらくわばら、と言うやつだ。
トールは気持ちを切り替えて、今日の予定を話し合う方向へ持って行くことにする。店を開くにしろ、新理愛に必要な買い出しにするにしろ、限られた人員で回さなくてはならない。
「それじゃあ今日はどうするか。午前は買い出しに行って、午後から店を開くというのはどうだ?」
「うん、わたしもそれでいいと思うな。店を開いちゃうと、わたしとリューナちゃんは離れられないし、かといってアリアちゃんの買い物にトールだけ付いて行くっていうのは、なにかと不便だと思うしね」
女性の、しかも言葉が分からない人間の買い物に男だけが付いて行く。これは結構厄介なことである。
生活に必要なものと言うのは、得てしてその性別によるものも多い。それを異性が付き合うというのは、互いに緊張を生むだけだろう。
トールも妹の買い物に付き合ったことはあったのだが、それはあくまで車を出す程度のことであっていちいち付いて行くといった事はしなかった。むしろ嫌がられた。
だが、新理愛の場合は言葉が通じないというハンデを背負っている。そうすると必然的にトールを通しての会話となるのだが、そうなると買いたいものも買えないといった状況が出てくるだろう。せめて同性のナーリャとリューナがいれば、それも緩和されるというものだ。
「……ええ、そうですね。私もそれに賛成です。午前は買い物、午後は店を開きながら在庫の生産、といったところでしょうか。午前も早く済めば、商品作りに当ててもいいですしね」
何とか心の整理が付いたのか、リューナも会話に参加する。
それらをトールは新理愛に翻訳しながら伝え、新理愛はそれを聞いて賛同する。自分の買い物であるという事もあるし、異世界のお店と言うのも興味があった。
「じゃあ飯食ったら出発か。新理愛の必需品と、あと素材の買い付けだな」
「あ、それと兵舎へ寄っていきましょう。昨日であった風浪狗に付いて、報告をしておいた方がいいと思います」
リューナは追加でそう提案する。それに疑問を持ったトールは、聞き返した。
「なんでわざわざそんな事を報告するんだ?」
「昨日も言いましたが、風浪狗というのは森のもっと奥に生息するはずの魔物です。それが表層付近にいたという事は、何かしらの異常がある可能性があります。ですから、守備兵の方々に報告しておいた方がいいと思うのです」
森の異常かもしれない事は、治安機構に報告すべきだとの提案である。
トールを発見した冒険者たちにしても、元々は森の調査でやってきていたのである。それは守備隊の依頼であり、彼らは常に森の動向を探っている。
これはいかに魔物が人間に対して脅威かをいう事を表わしている。今では魔物の脅威と言うのは限られた箇所で起こる物だが、それの一つがファボルの森である。ここから魔物たちが一斉に襲来して、蹂躙された村というのは数えきれない。そのため、守備隊は常にその動向に目を光らせ、危険があると分かれば討伐隊を派遣するのだ。
「なるほどな。それなら守備隊の兵舎にも行っておいた方がよさそうだ」
「そうだね。それじゃあ手早く準備しちゃおっか」
行動が決まれば、あとは準備するだけである。とは言っても、買い出し用の空間拡大及び重量軽減の魔法のかかったカバンに、必要な分のお金を取り出す。
それと新理愛には、ナーリャの着替えを渡し着てもらう。ブレザーはその質と形状からかなり目立ってしまうので、ナーリャの服を貸し出したという訳である。
おそらく綿で出来ているであろう白いワンピースに、足元が落ち着かないのか新理愛はそわそわしている。反面ナーリャは似合ってるよ、と楽しそうな表情であった。
ちなみにナーリャが着こんでいるのは、これも綿製のシャツにロングスカート。その上からいつもの緑色のローブを羽織っている。リューナはジーパンのような紺のズボンに、青いシャツ。それと緑のローブである。
「今日は日差しが強そうだから、これも被ってね」
『え? あ、はい』
ナーリャが新理愛に手渡したのは、麦わら帽子である。白のリボンがアクセントに付いたそれは、服と相まって清潔感を出す。
「服か。これもナイロンやらポリエステルなんかあれば、かなり売れそうなんだがな。『新理愛、作り方知っているか?』」
『えっと、いえ。分かりません』
『だよなぁ。もうちょっと勉強しておけばよかったか。まあ、絹なんか出来れば、それだけで儲かるかな』
余談だが、ナイロンやポリエステルに代表される科学繊維は、1800年代に開発されている。初めて発明されたのはレーヨンであり、ニトロセルロースを有機溶媒に溶かしたものから作られていた。
まあ、トールにとってニトロセルロース自体製法を知らないものであるし、知っていてもこの世界で材料を得るのは難しかったであろう。
一方の絹は有名である。蚕の繭がそれであり、それを湯でバラして紡いだものである。地球上では近年発光性のものも開発中だとか。
閑話休題、トール達は手早く出発の準備を進めて、家の外へとでる。すると、横にある店の前には、なぜか冒険者たちが集まっていた。
そのまま放置するわけにもいかず、ナーリャが代表して話を聞きに行く。すると返って来た答えは、早々に薬を手に入れたかったからだという。
いつも品薄で、だが効果が高い薬を扱っている店であるという事は、冒険者仲間の中では有名であった。そのため、今日開店するという事を知っていた者達は、朝からそれを手に入れようと集まっていたのだ。
流石に開くのは午後からだから解散してくれとは言いだし辛く、ナーリャはその場で必要な数と名前を紙に書いてもらう。店を開くのは午後からだが、取り置きしておくからあとで来てくれというものだった。
それを聞いた冒険者たちは喜んで紙に必要数を記入していく。中には多めに書く者たちもいたが、それはリューナが最大数を制限して抑える。100個とか言われたら、それだけで足りなくなる可能性があった。
そうしてナーリャとリューナが冒険者相手につかまっている間に、トールは違う者たちにつかまっていた。いつもトールで遊んでいる子供たちであった。
トールは今、杖の姿をしているが、最近ではゴーレム姿をすることが多い。少しでも慣れるためである。
その姿を見た子供たちは、最初は怖がっていたのだがすぐに慣れて、トールを遊具替わりに遊んでいた。背に上ったり、腕で持ち上げられたりしてもらったりして遊んでいたのだ。
トールも暇なときはそれらに付き合っていた為、今では子供たちにとってトールは遊んでくれる有名杖になっていた。
そして今もまた、子供たちにつかまってしまったトールは、その子たちを乗せて宙に浮かんでいる。連れてきた親たちは、その場で井戸端会議を始め、トールによろしくねと愛想を振りまいていた。
そして新理愛は、井戸端会議に巻き込まれていた。見かけない子ね、だとかどこから来たの、だの質問攻めである。
まったく言葉が通じない新理愛にとっては、どうしていいか解らずオロオロとするばかりだ。それにトールは子供たちと遊びながら助け舟を出す。彼女は異国から来たばかりで、言葉が通じないということと、これから一緒に過ごすからよろしくといった内容である。
気のいい奥様方は、それは大変ねと、何時でも頼ってらっしゃいと新理愛に話しかけている。通じないのだが。
そうしてそれぞれが朝から忙しくなり、ナーリャとリューナが冒険者からの御用聞きを終えると、トールと新理愛は子供とその親御さんに別れを告げて、ようやく目的の買い出しへと向かった。
「朝から大変だったね」
「嬉しい事ではあるのですけれどね。流石に私達だけでは、手が足りなくなりそうです」
「かといって俺が手伝うのも無理だしなぁ」
歩きながらにトール達は雑談を始める。
トールが手伝えないというのは、トールが作り出した薬、ペリエ薬では効果が薄いという事が判明しているからであった。
一時、トールも薬作りを手伝っていたことがあった。それは自分で魔力を作り出すことが出来るようになる以前の話だ。その時、ある冒険者からクレームが来たのだ。曰く、薬の効き目が弱い物があると。
それを聞いたトール達は、慌てて調査する。具体的には、カルンとイオンに調査をお願いした。すると返って来たのは、トールが作ったものは、効き目が弱いという事だった。
弱いと言っても、通常売られている物と大差ない効果であったが、それでもナーリャ、リューナによって作られたものとは、明確に差が存在すると。
そういったこともあって、薬類に関しては現状ナーリャとリューナの二人でしか作っていない。なのでトールはそのあたりに関しては、協力が出来ないでいるのだ。
「なぜ私達が作る薬は効果が高いのか、そのあたりを明確に出来ればいいんですが」
「ほんと、そうだよね。そうすればいろんな人が、もっと助かるはずなのに」
同じことを言っているようで、両者の意見は祖語がある。
リューナは相変わらずのお人好しだとナーリャにため息を吐きながら、仕方ありませんねとつぶやいている。
「研究は俺たちの十八番だろ。それも解明していかなければな」
「……そうなんですが、最近忙しすぎて手が回らない状況ですよ。トールさんにも色々と聞きたいことがありますのに」
「忙しいよねぁ。最近魔道具あんまりいじってない気がする」
手が回らないとはまさに今の状況だろう。2人にしか出来ないことが多すぎた。それでも2人は嬉しそうに仕事をしている。
今までは『欠陥』とまで呼ばれていたのだ。それが自分達しか出来ないという事があれば、嬉しさも一入だろう。
「なんとか俺も手伝うからな。頑張っていこう」
「うん、そうだね」
「そうですね」
2人と1本がそう結論付けたところで、目的の場所、服屋に到着する。
なお、今まで2人と1本が話し合っていた時、新理愛は周りの光景が珍しく、色々な所を見ていた。石造りの家、レンガの家、木で出来た家。それぞれが日本のそれとは異なり、かなり珍しく見えていた。テレビで見たヨーロッパの光景。それとも少し違う街並みは、新理愛は幻想の世界に来ているのだと実感していた。
「アリアちゃん、到着したよ」
「ここが服飾店です。まずは見て回りましょうか」
『ここが洋服屋さんですか』
新理愛から見れば、それは木造の一軒家のような建物だ。その上人があまり入っているとは言い難いものである。
しかしそれにも理由がある。ここは新品のみを扱う店なのだ。通常、服と言うのは結構な価値がある。そのため中古品が多く出回っており、普通に生活する人はそれを買い求めるのが常である。
だが、ナーリャとリューナは新理愛が初めてこの世界で買う服なのだからと、新品を扱う店に連れてきた。それは彼女らの心配りであろう。
そのあたりの事情をトールは新理愛に説明する。彼女は最初中古品が普通をと聞いて驚いていたが、それもすぐに納得したようだった。江戸時代ではそれが当たり前という情報を耳にしていた為である。
『すみません、わざわざ新しい服を……』
「気にしないでね。それじゃ入ろっか」
「それじゃあ俺は外で待っているから、じっくり見てきてくれ」
「何を言っているんですか。トールさんも来るんですよ」
女性の買い物に付き合わないように逃げようとしたトールを、リューナは一言で却下してその柄を掴む。
逃げ場をなくしたトールは、そのままリューナに掴まれて店の中へと入っていった。
化学繊維のお話。
初めて開発された化学繊維のレーヨンは、ray(光線)と絹(cotton)を合わせて作られた言葉だとか。最初期に作られたものは燃えやすく、それによる事故が多発していたという話です。
この話を書くにあたって調べたのですが、色々と素材について調べてみるのも面白いものです。ご興味があれば是非。




