杖と魔導技師と少女と魔物13
街に戻りリューナの説教と共に自宅へと戻って来た一行は、リビングで遅い夕食を取っていた。
メニューは野菜をメインとした炒め物とパン、そしてあっさりとした味付けのスープである。ナーリャが手早く作り上げたものだ。
その味は新理愛が美味しいと評価しているので、トールとしては日本人にもあったものなのだと安堵している。
「ふぅ、ご馳走様。さてと、一応アリアちゃんの事を話しておかなきゃだね」
食事を終え、ナーリャは新理愛についてそうの事を切り出す。今までなあなあでやってきてはいたが、ナーリャの言う通り一応はしっかりと話しておかなくてはならない。
リューナも特に異存はないらしく、頷いて了承の意を示していた。
「トールの事もあるし、アリアちゃんはうちで保護することでいいよね? 今更出ていけなんて言えないし、言いたくない」
「私は賛成です。彼女は色々と問題を内包していますが、人としてだから出ていけなんて言いたく無いです。それにトールさんの心情も考えると、見殺しなんてできませんね。基本的には彼女は自由したいと思います。法には従ってもらわなければなりませんが、そのほかの事に関しては、私達が補助すればそれなりに行動できるでしょう。まあ、当分はトールさんにお願いする事になるかと思いますが」
ナーリャとリューナの意見は、新理愛を保護するといった内容だ。
それに関して、トールは少し嬉しさを感じる。それは少なからずトールの心情を気にしたものだったからだ。
人としてまったく見知らぬ地へとやって来た新理愛を保護したいというのは、当然の事なのだろう。だが、2人はそれに加えてトールの同郷だからという事を口にしている。それはつまり、トールの事を気にかけてくれているという事だ。
トールは端から見れば、ただの杖だ。確かに話せもするし自分の意思も持っている。しかし見た目というのは重要であり、普通の者にとっては認識として道具に過ぎない。
それでもナーリャとリューナは、トールの事を一個に人格として見てくれている。それについてトールは嬉しさを感じたのだ。
「有難う、2人とも。俺も可能な限り新理愛を保護したいと思いっている。同郷であるという事もあるが、それ以上に見捨てるような人間にはなりたくない」
トールはあえて自分の事を人間と言う。それは自分が元々人間であったという事を表わすと同時に、人として扱ってくれる2人に感謝するためだ。
それを理解してか、2人は笑顔でトールの意見を聞いて、頷き返す。本当に良い主人を持ったものだと、トールは内心喜びでいっぱいにする。
『えっと、その、どういった事でしょうか?』
言葉の通じない新理愛は、今話し合われていた内容をトールに尋ねる。トールが嬉しさのあまり通訳を出来ていなかったため、内容を伝えそびれていたのだ。
トールは新理愛に改めて、話し合った内容を伝える。ここで新理愛の事は保護するし、極力好きな事が出来るようにすると。
それを聞いて、新理愛は安堵のため息をついた。今まで保護してきたのではあるが、それでもこういった家の中で、そして改めて言われるのでは違いがあるのだろう。
嬉しそうにしている新理愛に、ここまで連れてきていた子狐も小さくクン、と鳴いて抱えていた新理愛の手をなめながら喜びを顕わにしている。
「さてと、それじゃあアリアちゃんの部屋を用意しないとね。うちの部屋は後一つあるんだけど、それも結構な間使ってないから掃除しなきゃ」
「そうですね。皆でやってしまえば、すぐに済むでしょう。サッサと片づけてしまいますか」
今後の方針は決まったと、ナーリャとリューナはすぐさま行動に移そうとする。
部屋は一つ余っているのはトールも知っていたことであるため、それに同意し手伝う事にする。
ナーリャの家は祖母であるサーフィが建てた物である。いつか娘夫婦と共に暮らすために。それがリューナや新理愛の部屋になるとは、さすが思ってはいなかったであろうが。
「二階奥の部屋だな。掃除は俺がやっておくから、3人は風呂にでも入ってきたらどうだ? 数日入ってないから入りたいだろ?」
トールは気を聞かせて、そう提案する。あくまで善意からの意見だ。
しかしそう捉えてくれなかったはリューナである。
「……なんだかトールさんが元男性と考えると、素直に頷けませんね」
「いくらなんでも邪推というものだ、リューナ。今までも覗いたことなんてなかっただろ?」
「トール。覗いちゃダメだからね?」
「……ナーリャまで言うか。大丈夫だから行ってこい。そんな趣味は無い」
からかわれていると分かっていても、トールはちょっと落ち込む。今まで多少はあったとしても、あまりそういった事を言われることは無かったのだ。
これも自分が元人間だと思われていることの証左だと思い、トールは気にしないことにする。人として扱われるという事に、トールは存外嬉しさを感じていたのだ。
『新理愛。この家には風呂があるから、ナーリャ達と入るといい。数日入れていなかっただろうから、気持ちがいいだろう』
『いいんですか!? 有難う御座います!』
新理愛も数日間風呂に入れなかったのだ。トールの言葉に、素直に喜びを表している。
そういて風呂を沸かし、3人は子狐も連れて一緒に入りに行く。トールは実は見たことは無いがこの家の風呂は結構大きめに作られている。ナーリャの祖母サーフィの趣味である。
なお、この家の風呂はやはりと言うべきか、魔道具によって沸かされている。定期的にそれ用の魔石にナーリャかトールが魔力を込め、リューナかこれまたトールによって魔力を込められた魔法陣によって水が作られてお湯を作成している。
言葉の通じないナーリャ達と新理愛であるが、数日一緒に過ごしたことで何とかなっているようだ。流石に言葉の意味を理解できなくとも、ボディーラングリッジを通じてある程度は意思疎通が出来るらしい。風呂から上がった3人は皆笑顔であった。
3人が風呂に入っている間、トールは新理愛の部屋を掃除していた。
窓を開けて風を起こす魔法陣を起動させて、一気にホコリを飛ばす。備え付けられていたベッドに、来客用にあった布団を敷いて寝床を確保する。あとは必要なものを後日買いそろえればいい。
『部屋の準備は出来たぞ。ちょっとホコリっぽいかもしれないが、すまないが我慢してくれ。あと必要なものは、明日にでも買いに行けばいいだろう』
『有難う御座います、トールさん』
新理愛はナーリャに借りた寝間着を着て、子狐を抱えている。一緒に寝るつもりなのだろう。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
『えっと、おやすみなさい』
その後トールは寝室へと行く3人と別れ、一人リビングに行く。いつもの様に椅子を並べて寝床を作る。もう慣れたものだが、やはり寂しさは感じる。そのうちベッドで寝たいとも思うが、今の自分がそこで寝て意味はあるのかと考えてしまう。
そうしてトールは椅子の上で横になり、そのまま眠りにつく。今は一晩中起きている意味もないし、精神的な疲れもあったためすぐに意識を手放した。
次の日、窓から入って来た陽の光でトールは目を覚ました。朝日は外の天気が晴れだと告げている。
トールは起き上がると、ふよふよといつも通りに飛び上がる。今日は店と新理愛の買い物をしないとな、と一日の予定を思い浮かべている。
すると、トールの下で何やら動く者がいた。新理愛の連れてきた子狐である。
子狐は新理愛と一緒に寝ていたはずだが、部屋から勝手に出てきたのだろう。興味深そうにトールの事を見上げていた。
「どうした? 新理愛と一緒じゃなかったのか?」
トールは≪守護者の巨人≫で手を作り出し、子狐を抱える。子狐は抵抗することなく、すんなりとそれを受け入れた。
トールが子狐の頬をくすぐると、それを嬉しそうにして手をなめる。なんだか癒されるな、とトールは少しの間子狐で遊んでいた。
「こいつも考えれば、良く分からないんだよな。精霊種に魔素の集合体か。何となく理解できる分、細かなところはさっぱりだ」
そうして子狐とトールが戯れていると、二階からナーリャが起きてくる。いつも通り朝が早いようだ。
「おはよう、トール。あ、その子も起きていたんだ」
「おはよう、ナーリャ。なんだか起きてきたみたいだから、少し遊んでいたんだよ」
「いいなぁ。ねぇ、わたしにも抱っこさせて?」
ナーリャはトールに近づいてくると、子狐を抱っこさせてとトールにねだる。
特に異論はないトールは、ゆっくりと子狐をナーリャに手渡す。子狐も大人しくしていた。
「わぁ! やっぱりこの子かわいいね」
「なんというか、癒されるよな」
子狐の頭を撫でながら、ナーリャは嬉しそうにしている。その気持ちはトールもよく理解できる。自分も先ほどまで癒されていたのだと。小動物を言うのは、なぜか微笑ましく感じるものだ。
そうしてトールとナーリャは少しの間子狐と遊んでいた。それが終わったのは新理愛が目を覚まして二階から降りてきた時だった。
『あの、おはようございます』
『ああ、おはよう』
「おはよう、アリアちゃん」
新理愛の挨拶に、トールと言葉は分かっていないが同様の挨拶を交わすナーリャ。
『あ、こっちにいたんですね』
新理愛は目を覚ましたらいなかった子狐を見て、よかったとつぶやく。どこかへ行ってしまったのかと少し不安に感じていた。
ナーリャは撫でていた子狐をトールへと渡すと、新理愛を誘って顔を洗いに行く。2人とも水属性の魔法は使えないので、ナーリャがいつも使っている水筒を使う事になる。であれば、一緒に行った方が効率的と言うものだろう。まあ、ナーリャはただ単に一緒に行きたかっただけのようであるが。
そうして顔を洗い終えた2人は、一緒に朝食の準備を始める。ここでも身体言語は効果を発揮していたのか、意外を仲良く料理を進めていく。
その間トールはリューナを起こしに行こうと考えるが、以前起こしに行ったときの事を考えて少し躊躇する。男性が女性の部屋へうんぬんと言われたことを、若干気にしていた。
だが別に部屋に入らなければ良いだろうとトールは考え直し、リューナの部屋の前まで行く。ここで呼びかければ問題ないだろうと。
「リューナ、朝だぞ。起きろ」
トールはリューナの部屋のドアを何度かノックして、朝だぞと呼びかける。
最初は全く反応はなかったが、リューナの朝の弱さを知っているトールが何度も呼びかけるうちに、返事ともうめき声とも知れぬ声が返ってくる。
そしてしばらくした後、部屋のドアが開かれた。
「……おきます。おきてますから……だいじょうぶです」
出てきたのはもちろんリューナである。だが彼女は髪をぼさぼさの状態で、かつ着ている寝間着も縒れた状態であった。それは肩が出ており、腰も少しばかり見えるような状況である。
「それじゃあ下に降りて顔を洗ってこい」
トールはリューナの状態を見なかったことにして、一人階段を下りていく。触らぬ神に祟りなしというやつである。
ようやく目覚めたリューナは、トールの後を追って寝ぼけながら階段を下りていく。台所では朝食の準備をしているナーリャと新理愛がいるため、裏手へと回って顔を洗いに行く。そしてさっぱりした状態で、リューナは自分の状態を把握したのだった。




