杖と魔導技師と少女と魔物12
暗くなり始めた森の中で、トール達はどうするかを話しあう。このままキャンプするのか、それとも帰るのかである。
「もう暗くなったから、さすがに今から帰るのは危険じゃないか?」
「いえ、そうとも言い切れません。あの魔物は本来ならばここにいるものじゃないのです。なぜという疑問はありますが、しかし実際にいるのであれば、あまりここに残るというのはいい判断ではないでしょう」
リューナもダナンの街に来てから半年ほど過ぎている。その間に、この付近にいる魔物については冒険者等から色々と聞いていた。森の外延部にいる魔物のこともである。
ファボルの森に来る途中、トールにも話していたが外延部に生息する魔物の中で厄介なのはボアベアと呼ばれるものである。イノシシの体に熊のような手足を持つそれは、怪力をもって敵を撃退する。しかしそれだけであり、近づかなければ脅威になりえないレベルであった。
一方今戦った風浪狗はもっと奥地に生息する魔物であるという。風を操り敵を翻弄し、集団で獲物を狩るそれは、冒険者の中でも厄介者として知られていた。
「それがこんなところにいるとなると、奥地で何かあったのかもしれません。下手をするともっと厄介な相手が奥地より来かねません。でしたら少し無理をしてでも、街に戻った方がいいでしょう。幸い、素材も集まったことですし」
「うん、そうだね。わたしもそう思うな。あんなのにまた襲われるかもしれないってなると、さすがにここに残るのはまずいんじゃないかな」
リューナの意見に、ナーリャも賛同を示す。
トールもそう言われれば確かに危険か、と思い直す。このままもっと厄介な魔物に襲われるなんてことになれば、それこそ彼女達に危険が及ぶ。それだけは防ぎたかった。
「それもそうか。じゃあ、ちょっと大変かもしれないが、今から戻るか。まだ日も落ちきっていないし何とかなるだろ」
そうしてトール達は帰還の準備に取り掛かる。
トールは新理愛に状況を説明して、一緒に来てもらう事にする。流石にこの状況で彼女を放置するという訳にはいかない。念のため同行の意思を確認するが、新理愛はすんなりと同意した。彼女も置いて行かれるわけにはいかないであろう。
ナーリャとリューナはとりあえず採取した素材の整理は後回しにして、念のためカバンに備え付けている空間拡張と重力軽減の魔法陣の魔石に魔力を込め直す。そのついでに、新理愛の学生カバンにも重力軽減の魔法をかけ直した。
「それじゃあ、出発しよっか」
ナーリャの号令で、一行は森の外に向かって進み始める。鬱蒼とした茂みは一行の歩みを阻害するが、それも先頭に立ったトールが鉈をもって排除していく。
そして日もほとんど暮れた頃、一行は無事に森の外へと出ることが出来たのであった。
「よし、なんとか無事に出れたね」
「そうですね。あとは道なりに沿ってダナンの街まで帰りましょう」
問題なく森を出れたことで、ほっと一安心するナーリャとリューナ。その後ろでは少し息が上がった状態の新理愛が、子狐を胸に抱いて付いてきていた。
『大丈夫か?』
慣れない森の移動で疲れが見える新理愛に、トールは声をかける。流石に一日中森にいたのだ。疲れもするだろうと気にかかっていた。
『あ、はい。何とか大丈夫です……』
それでも新理愛は気丈に答える。遠慮と用心が半々といったところか。あまり甘えるわけにもいかないということと、ここでおいて行かれてもまずいという心もあるだろう。
『もうちょっとの辛抱だ。とはいえ流石に一日行動していたら疲れただろうから、少し休憩するように言ってみる』
新理愛を配慮し、トールはナーリャとリューナの二人に休憩を提案する。そしてそれはすんなりと受け入れられる。ナーリャとリューナも少し疲れがあったのだ。
「まあ、森さえ出てしまえば安心ですから」
「そうだよね。ちょっとお茶でも入れようか」
ナーリャはテキパキとお茶の準備を進める。今回は薪を使用せず、魔法陣だけでお湯を沸かす。短時間の使用であれば、こちらの方が楽であった。
そうして沸かしたお湯でお茶を淹れ、ナーリャはそれぞれに配る。
受け取ったリューナと新理愛はそれぞれお礼を言って、冷ましながらゆっくりと飲み始めた。
「それにしても、そのキツネ? っていうのかな。すごかったね」
適当に敷いた茣蓙の上で、ナーリャは先ほどの戦闘に関する感想を述べる。それは一鳴きで風浪狗の風を止めた子狐についてであった。
「ええ。これが精霊種の力なのでしょうか。だとすると、確かに国興しが出来るというのも分かる気がします」
それも納得だとリューナは言う。要は魔物を無力化とまではいかないが、脅威を下げることが出来るのだ。
魔素を扱う魔物というのは、得てして人にとっては脅威である。それを使用できなくするだけで脅威度は断然に下がる。そしてそれをもって土地を得ることが出来れば、立派な国興しとなるのである。
「だよなぁ。確かにそう考えれば精霊というのもすごいもんだ」
『えっと、この子のおかげですね』
トールに同時通訳され、新理愛は子狐の頭を撫でる。いつもの様にそれを受け入れ、子狐は気持ちよさそうに目をつぶっている。
そうして30分ほど休憩をした一行は、片付けをして街へと歩みを再開する。街道では以外を多くの者達がまだ通っていた。あと少しでダナンの街であるという事の他に、夜でもそれなりの安全が確保されているのだろう。
街道上には商人らしき荷馬車を引いたものもいれば、警邏に出ている兵士に、冒険者と思しきものも多数いる。夜も近いというのに街の外を見回っているというのは、それだけ治安維持に力を注いでいるということだ。
「意外と兵士っぽいのが多いな」
「ええ。領主様は何が重要かを把握しているのでしょう」
この道はダナンの直ぐ傍というだけでなく、王都へと続く道である。そのため警護は十分に行っているのだろう。仮にこの街道で魔物や盗賊に襲われるといった噂が広まれば、それだけで物流が途絶えることになりかねない。
その危険性を把握しているからこそ、この警護だという訳だ。
「街が見えてきたよ」
少し進めば、トール達の眼にはダナンの街が見え始める。かがり火が焚かれ、夜ではかなり目立っている。
その光を見て、安堵したのは新理愛だ。彼女はようやく人の街にたどり着いたことになる。安心するのも一入だろう。
街が見えてから30分ほどで門の前へとたどり着く。夜にも関わらず門では入街の順番を待っている荷馬車が多く屯っていた。
「夜にご苦労様です。『流れる羽』亭の店主、ナーリャです」
門番にナーリャは身分証を見せる。木彫りで作られたそれは、ダナン領主の印が刻まれてあり、ダナンの街で店を営んでいるという証明になる。
それを見た門番は一言ご苦労様と言って、荷馬車が並ぶ門の横にある通用口から街へと一行を入れる。
自分の店を持っているというのは、それだけで信用に値する。そのため、結構簡単に街へと入るのを許可された。ただ全員名前だけは聞かれたのであるが。
「夜でも入れるんだな」
「ええ。結構な人が夜にも訪れますから。それに夜門を閉めきってしまうと、侵入者がその時を狙って入ってくる可能性が上がるみたいですね。だったら最初からキチンと警備した方がいいという判断でしょう」
ああ、そういう事もあり得るのかと、トールは少し納得する。門を閉めきればそれだけで人は安心し、その隙をつかれる可能性があるということかと。
「それでも新理愛も一緒でなんも言われないというのも、ちょっと気になるな」
「それならわたしが責任者になってるからだね。もし仮にアリアちゃんが何か問題を起こせば、わたしも罪が問われるんだよ」
ナーリャの店である『流れる羽』の名は告げてある。その上で名前を確認されたという事は、店を各人が紐づけられるのがあたり前だという事だ。おそらく新理愛の名前が書かれた紙には、その特徴も記されたのだろう。
「そういう理屈か。納得した。でもよかったのか?」
「大丈夫だよ。アリアちゃんいい人っぽいから」
あっけらかんと答えるナーリャに、トールはやっぱりと心配になる。
ナーリャと一緒に生活をしてきて分かったことだが、彼女は親切だ。お人好しともいえる。人を助けることに何の疑問も抱かず、そして行動に移す。移してしまう。
それはトールに好感を抱かせると同時に、心配させることになっている。いつか騙されるんじゃないかと。
「ナーリャさん。あまり言いたくありませんが、そうホイホイと他人を信じてはいけませんよ。今回に限っては私もトールさんも同意していますが、一人で突っ走らないようにしてくださいね」
リューナもその点は心配しているのだろう。いつもの様にお小言をナーリャに言っている。それに対して大丈夫だよ、と手を振りながら答えている。まったくもって信用ならない態度である。
それを見たリューナは、さらにお小言を追加する。やれあの時もそうだったやら、その時は何とかどうのといった事だ。
それらの内容にはトールも知らないことが含まれている。いつの間にか店を担保にしそうになったというのは、トールをして目の前を真っ暗にさせてくれる。
「分かってるって。ちゃんとあの時も相談したでしょ?」
「ええ。そうですね。ほとんど決まりかけていた状態で相談してきてくれましたね。あの時どれほど私が奔走したと思っているのですか! 頭下げて鉱山ギルドに何とか仲介役を頼み、またも教会のお世話になっているんですよ。おかげでいらぬ借りを作ってしまっているんです! いいですか、そもそも……」
ナーリャの一言に、リューナの堪忍袋が決壊しさらなる説教を始める。
ああ、こりゃあ長くなるなと、トールは触らぬ神に祟りなしとばかりに新理愛の方へと行く。幸い彼女は何を話しているのか分かっておらず、そしてこの世界で初めての街に興味深々だったようであたりをキョロキョロと見回している。
『どうだ、こっちの街は?』
『なんていうか、ヨーロッパの古い街並みみたいで素敵ですね』
純粋に感動している新理愛を見て、トールは癒されるのを感じる。前方ではリューナの説教が続いており、その内容は頭が痛くなるものだ。
トールはそれを聞かなかったことにして、新理愛との会話をつづけた。
『少し不便に感じるかもしれないが、もし何かあったら言ってくれ。あとは少し言葉の勉強をした方がいいだろうな』
『はい。すみませんがお世話になります。あのお二人にも伝えてもらえると助かります』
『……後でな。今はちょっと取り込んでいるみたいだし』
トールは目の前の鬼の形相で説教をしているリューナと、落ち込みながらも何とか逃げ道はないかとしているナーリャを見ないふりをしつつ、新理愛と会話をしながら家へと戻っていった。




