杖と魔道技師と火薬と薬剤5
暫くして少し冷静になったナーリャとリューナは、床に転がっているトールに気が付くと、持ち上げてテーブルの上に置いた。
「ごめんね?興奮しすぎちゃって、落ちているのに気が付かなかったよ」
「すみません。ちょっと冷静でいられなかったもので」
「気にしないでくれ。念願叶ったってやつだろ?そりゃあ、冷静でいられなくなるのも仕方ないって」
そう言ってトールは、柄の部分を振ろうとしたが魔力切れで動けなかったことを思い出す。
「それじゃあ、魔力の補充をお願いするよ」
二人は了承の意を示すと、トールに触り魔力を送り始めた。トールの体|(杖)は光りだすが、それはすぐに収まった。
「サンキュー、助かったよ」
これでまた自由に動けると、嬉しそうに体をうねらせながら浮かび始めたトールを見ながら、リューナは不思議そうにしていた。
「ナーシャさん。トールさんに魔力をどの程度送りました?」
「え?あんまり送ってないよ。リューナちゃんの方でいっぱい送ったんじゃないの?」
「いえ。私の方でも、そんなに量は送っていません」
リューナは浮かぶトールに触れると、再度魔力を送ろうとする。しかし魔力は、それ以上送られなかった。
「これは……もしかするとトールさんの魔力容量は、かなり低いのかも知れません」
「一体どういうことだ?」
「私とナーリャさん、二人ともほとんど魔力を送っていないにも関わらず、トールさんにこれ以上の魔力補充が出来ない。つまりすでに魔力が一杯になってしまっている」
「それが何か問題あるのか?」
トールは器用に杖の形状を?にして、リューナに聞き返す。
「簡単な魔法陣を、2つ起動しただけで魔力不足に陥る。それでは魔道具の製作には足りない可能性が大いにある、ということです」
顎に手を当てて考え事をしているような様子で、リューナは答える。そして魔道具製作の知識を有していないだろうと、トールへ説明をし始める。
「魔道具の製作には、部品ごとに魔法陣を使って魔力を付与していきます。そして魔法陣は、一定の規定値以上の魔力を注ぎ込まないと発動しません。つまりはトールが貯蔵できる魔力では、魔道具製作用の魔法陣を作動させられない公算が高いのです」
念願の4大属性を使用した魔道具作成という目標を達成できたと、そう思えた先の気づきである。工房の中は沈黙に包まれていた。
少し時間が経ち、その沈黙を破ったのはトールだった。
「考えていても仕方が無い。なに、こうして二人の魔力を混ぜることが出来たんだ。他にもいい方法があるかもしれないだろ?」
勤めておちゃらけて言うトールの姿で、落ち込んでいた二人に少し笑顔が戻ってくる。
「そうだね。落ち込んでいてもしょうがないよ」
「ええ。これしきのことで落ち込んでいてもしょうがないです。希望が見えてきたのは、間違いないわけですし」
「そうそう。それにトールのことを調べ上げれば、わたし達の魔力を混ぜる方法が分かるかも知れないしね?」
わきわきと手を動かし、トールへにじり寄るナーリャ。やめてくれー、と逃げるトールを、痛くしないからーとナーリャは追いかけまわす。その光景にリューナは、何してるんですかと呆れた様子を見せる。
「(元気が出て来たみたいだな)」
ふざけ合いながら笑顔を覗かせる二人に、トールは安心する。気落ちしている少女を見ているというのも、心落ち着かないものだ。
「さてと。ふざけ合っていても埒が明かないし、いい加減今後のことを決めよう」
「そうですね。先ほどから中断してばかりでしたから」
二人は椅子に座りなおして、トールはその間に浮かぶ。そうして改めて今後についての話合いが再開された。
「それじゃあまずは、器材の調達からだね。壊れたやつは捨てちゃったから、改めて買ってこないと」
「それなのですが、あと数日もすれば、王都から私の荷物が届きます。そのなかに器材も入っているので、それを使いましょう」
「……だったらあんなに説教しなくても良かったのに」
愚痴をこぼすナーリャに、何か言いましたかとリューナは笑顔で黙らせる。
リューナは元々、ナーリャの祖母であるサーフィに師事を仰ぎに来ていた。そして今後の参考にしようと、凄腕と謳われていたサーフィの器材を使わせてもらうのを淡々と狙っていたのだ。あっさりとナーリャに妨害されたが。
「じゃあ調合器材に関しては片が付きそうだな。そうすると商品の種類も増やせそうだな」
「そうですね。そうすると器材が届くまでの間はどうしましょうか?」
「はいはい!材料の採取に行きたいです」
ナーリャは、手を上げながらそう提案する。
「今まで火薬しか作れなかったからね。ほかの材料を調達しておきたいんだよ」
「なるほど。在庫に関しては私は把握していないので、いいと思います」
トールは採取?と疑問に思う。元設計者の彼の感覚からすると、素材は注文するものという認識が強かった。
もちろん、この世界でも注文することは可能だ。しかし物流網などは、日本に比べて大分劣っている。食料などの運送にはインフラが整っているが、魔道技師などが使う流通量が多くない材料は、冒険者などに個人的に依頼が必要となりコストがかさむ。そのため自分で採りに行くのは、一般的な行為だった。
そうとは知らないトールは、なんだかゲームみたいだなとのんきに考えていた。
「では何処に行きましょう?この辺りは自然が豊富で、様々な採取場所があるときいていますが」
「まずは近場のベリエ草原がいいと思うんだ。薬草の類が多くて、強い魔物をいないしね。それに鉱石も少しだけど拾えるんだよ」
「どのぐらいの距離があるんだ?」
「大体歩いて半日ってとこかな?採取には時間をかけたいし、明日出発して採取して、そのまま泊まってから帰ってくるのがいいと思う」
そこの言葉に、結構距離があるな、と現代人のトールは思う。
「それでは、今日はその準備をしましょう」
リューナは椅子から立ち上がる。
「後で荷物の到着予定を確認してきます。何か必要であれば、その時に買ってこようかと思います」
「うん、ありがとう。でもまずは昼ごはんにしない?実は結構お腹減ってたりして」
お腹をなでながらナーリャはそう提案し、ナーリャも立ち上がる。
そうして3人は工房兼店から外に出た。外は日が高く昇っており、昼食に調度いい時刻のようだ。
そしらぬ顔?で浮かんでいたトールは、ナーリャに外で浮いてちゃだめだよと掴まれ持ち運ばれていた。
「それでしたら、今朝お会いしたシアラさんのお店に行きませんか?えっと、お店の名前は……」
「飛跳ねる雌鹿亭だね。うん、そうしよっか」
ナーリャは店の鍵を閉めると。こっちだよ、とトールで行き先を指し示し、案内し始める。
リューナはそれについて行く。
持ち運ばれることに未だ慣れないトールは、ドナドナの歌を歌っては二人に怒られていた。




