杖と魔道技師と火薬と薬剤4
トールの魔力を充填した後、改めて二人と一本はテーブルの前に集まっていた。二人は椅子に座り、トールは二人の間を浮いている。
「それにしても魔力が切れると駄目なのな。初めて知ったよ」
体をうねうねとねじりながら、お茶らけた様子にリューナは呆れたように言う。
「魔道具なのだから当然でしょう。というか魔道具ですよね?段々あなたのことが分からなくなってきました。魔力を貯蔵して、それを任意に己が意思で魔道具へと送る。そんなことが可能なものなんて、本当に聞いたことがありませんよ」
「自分のことながら、俺にもよく分からん。たぶん魔道具ってやつの分類になるんだろうな」
「たぶん魔道具の一種だとは思うんだけどね?私も魔力を保持するものは知ってるけど、それを魔道具自体が判断して使うなんて機能は初めてみたよ」
ナーリャはそう言いながらトールのことを掴み、観察を始めた。リューナも気になったのか、椅子ごと近くによって来てナーリャと一緒になってトールのことを調べ始めた。
女の子二人に弄ばれていたトールは、感触がほとんど感じられないながらも、気恥ずかしさを感じて二人の手から逃げ出した。
「おいおい、勘弁してくれ。さすがに全身を女の子にいじられる趣味はないぞ」
「杖の癖して何を言っているんですか。おとなしく調べさせて下さい」
「そうだよ。マスターって事なんだから、調べる権利はあるはずだよ」
逃げ出して少し離れた場所で浮いているトールに向かって、ちょっと目が血走りながらそう言う二人。
技術者というものは、目の前に知らない技術で作られたものがあれば興味を持つのは当然だ。しかしその興味の対象が自分ともなれば話が違う。
トールは身の危険を感じて、さらに二人から距離を離す。
「まあ落ち着けって。俺のことは後回しにしてさ?まずは今後の予定を立てようじゃあないか」
椅子から立ってにじり寄ってくる二人に対し、話題をそらそうとトールは必死になりながら二人にそう提案する。
「まあそうですね。あなたを調べるのはいつでも出来ますし」
「うん。いつでも出来るしね?」
そういうと二人は元いた椅子に座りなおす。
後で恐ろしいことにならなければいいなー、などと現実逃避をしつつ、トールはとりあえずの危機は去ったと心の中で安堵する。
トールは、ふよふよと二人のそばまで浮かんで行った。
「さて、それじゃあどうするか?俺は正直にいえば常識が欠けていると思うから、二人の意見に任せたいんだが」
「そうだね。トールってば結構常識に欠けているよね」
「あなたが言えた義理は無いですよ、ナーリャさん。普通壊れた機材を、修理しようとしないで捨ててしまう技師が何処にいますか」
痛いところを突かれたナーリャは、一筋の汗を流しながらも話し続ける。
「い、一旦それは置いておいて、リューナちゃんは何が作れる?私は火薬しか作れないけど」
「私は一般的な薬ですね。ただ調剤は出来るのですが、魔力がからむと途端に作れるものが減ります」
例えば、と例を挙げていくリューナ。
「私単独で作れるのは、ヒールベールの塗り薬と簡単なシップ薬、それと風と水の石ですね。それ以外は製作法は知ってはいますが、、作ることは出来ないです」
ナーリャにはほとんどが知っている物のようだが、トールには聞いたことも無いものばかりだ。
そこでトールは、それらがどんなアイテムなのかを調べるために『知識の泉』に確認する。
…ヒールベールの塗り薬:ナスィーム草を煎じて、水と混ぜた塗り薬。水と風の魔力を込めることで薬効が発揮される。
…シップ薬:布に薬等を染み込ませ、患部に貼り付けることで打ち身、打撲などの症状を緩和させる薬の総称。湿布薬。
…水の石:水を発生させる魔道具の通称。正式名、水生石。
…風の石:風を発生させる魔道具の通称。正式名、風生石。
トールは今度はしっかりと答えをくれた『知識の泉』に、回答拒否された質問との違いが分からんと悩む。それでも今の4つは理解することが出来たため良しとしていた。
「じゃあ、少なくとも4つの商品が、この店に追加されるわけだな?」
「ええ、器材さえあればすぐにでも」
そうジト目で見てくるリューナに、ナーリャは無言で目線をそらす。
「まあ、器材のことは置いておくとして。二人が作れる種類が少ないのは、やっぱり魔力属性のせいなんだよな?」
「ええ、そうですね。こればっかりはどうしようもないかと。しかし希望は見えました」
「そうだね。希望が見えてきたよね」
二人は楽しそうに答える。
希望?と聞き返したトールに一言、あなたのことですよと答える。
「あなたは、私たちの魔力補充をうけても反動もない。その上、他の魔道具への魔力提供も出来る」
「つまりはトールさえあれば、二人の魔力を掛け合わせることが出来るかも、ってことだね」
「そういうことです。なので試させて下さい」
そういって二人はゆっくり椅子から立ち上がると、そのまま笑顔でトールを掴む。
完全に油断していたトールはなすすべなく捕まる。体をひねって逃げ出そうとするが、がっちりと掴まれておりトールは逃げることが出来ない。
「待て!落ち着け!」
トールを掴む二人の姿には鬼気迫るものがあった。それも仕方の無いことだろう。二人にとっても念願叶うかどうかの瀬戸際である。
「大丈夫。痛くしないから大人しくしてね?」
「少し試すだけです。安心して下さい。危険なことはしませんから」
若干危ない笑顔を浮かべながら、二人はトールを掴みながらなにやら準備を進める。そっちは火と風ね等と言い合っている。その動きは、つい先日出会ったばかりとは思えないほど息が合っていた。
「わかった、協力するから!まずは手を離してくれ」
どうやっても逃げられそうに無いことを悟り、トールは二人に申し出る。もとより逃げる意味は無いのだが。
そうして二人が手を離すと、自由になったトールは再び浮かび始める。
「それじゃあ、俺はどうすればいい?」
「トールは逃げないで其処に居てくれればいいよ」
準備しながらあっさりとナーシャにそう答えられ、なんだかやるせなくなる。
トールが眺めていると、二人は紙とインクを持ってきて、それぞれ魔法陣を描き始める。それは瞬く間に形になっていった。
「なんの魔法陣を描いているんだ?」
そうトールが聞くと、二人とも顔を上げずに魔法陣を描きながら答えた。
「私の方は火と風の複合魔法陣です。火が発生してそれが風に吹かれて揺れるといったものです」
「わたしは水と土の複合魔法陣だよ。上に置いた土の形状を変えて、水がそれを湿らすようにしているよ」
それは魔道技師であれば、誰でも描けるような魔法陣である。2つの属性による現象を、連続して発生させる。あとは魔力さえあれば発動できる簡単なものだった。
程なくして二人が魔法陣を描き終えると、それぞれ机の上で並べる。左がリューナが描いた火と風の魔法陣。右がナーリャが描いた水と土の魔法陣である。右の魔法陣の中央には土が親指の頭ほど盛られている。
トールは興味深そうに覗き込み、それを眺める。描かれているのは円を基本とした模様である。
トールには左右の魔法陣に違いがあることは分かるが、一体それぞれの記号なり文様が何の意味を持っているか分からない。
やっぱり理解できないと思っていると、またもや機械的な音声が聞こえてきた。
…画像参照:火と風の属性を記した魔法陣。
…画像参照:水と土の属性を記した魔法陣。
「(画像参照……ということは見たものにも『知識の泉』は効果を発揮することが出来るのか!)」
嬉しい発見にトールが心躍らせていると、そこにナーシャは彼の方へ体を向けつつ話しかけてきた。
「それじゃあ、今から何をするのか説明するね。トールにお願いしたいことは、魔法陣に魔力を込めて貰いたいの。この魔法陣には、私たちがそれぞれ持っていない属性を掛け合わせていてね。どっちも私たち単独だと発動できないはずなんだ」
そう言ってナーリャは魔法陣に魔力を込め始める。魔法陣は少しだけ発光するが、やがてそれは消えてしまった。
「こんな風に発動できないの。でも二人の魔力が充填出来たトールだったら、お互いの属性の欠けた魔力を補完しながら、魔法陣を発動出来るかもしれないの」
「つまり、もしこれが上手くいけば、私たち二人は間接的にでも4大属性を操れることになります」
そう説明する二人に、トールは危険なこともなさそうで安心する。むしろ二人の長年の希望であろう事柄に、協力できるのは吝かではない。
「わかった。そういうことなら早く言ってくれ。よろこんで協力するぞ」
ちょっと興奮してて、と謝る二人。そうしてリューナは、左の魔法陣、自身が描いたほうを指し示すと、トールへお願いをする。
「それではトールさん。まずはこちらの魔法陣に魔力を込めて下さい」
「わかった。左の魔法陣に魔力を送れば良いんだな」
トールは自身の頭にあたる、宝玉を魔法陣に近づけると、魔力充填と念じた。
魔法陣は薄く発光し始め、やがてゆらゆらと風に吹かれる炎が出現した。
「やった!成功だよ!」
「まだです!今度はこちらにお願いします!」
発動した魔法陣に興奮しながらも、リューナは右側の魔法陣を指す。
トールはもう一度と今度は右側の魔法陣に魔力を込める。右側の魔法陣も薄っすらと発光し始め、親指の先ほど盛られていた土が動き出し、円柱の形をとる。土はぬれたように色が濃くなっている。
「出来てる!出来てるよ、リューナちゃん!」
「はい!間違いなく発動しています!」
二人は互いに手を取り合い、嬉しさのあまり飛び上がっていた。
その光景にトールも、自分では大したことをした実感は無いがこうまで喜んでいる姿を見て、嬉しくなっていた。
すると、またもや体に違和感を感じ始めた。先ほどの魔力切れの感じだ。
そのままポトリと床へ落ちるトール。しかし二人は喜び合っていて、トールが落ちた事に気が付いていない。
「おーい。お二人さん、助けてくれ~」
工房内には喜び合う二人の少女の声と、その横で助けを求める声が響いていた。




