杖と魔導技師と少女と魔物10
トールははてさてどうしたものかと悩む。
自分の危険性は何度かやらかしているが知っているつもりではある。知識の泉というある意味技術の塊であるものを持っているため、それを知られれば一気に支配階級の方々より熱烈な歓迎を受けるだろうと。
しかしこの精霊種というものは、その危険性の種類が違う。要は戦略兵器、もしくはそれ以上のようなものだろう。なんせこれで国が興せてしまうというのだから、その即効性は段違いだ。
支配階級である貴族連中のみならず、野心家、革命家、はたまた普通の一般人でも知ってしまったらどうなるか分かったものではない。あなたの前に王権を授ける剣がありますなんて、どう見てもヤバい。
「……リューナ。聞かなかったことに出来るか?」
「……別にいいですけど、そちらの方がまずいんじゃないですか? 放っておくと、厄介ごとにしかならないでしょう。ならば、ちゃんと認識しておいた方が、まだましだと思いますが」
「だよなぁ……」
トールとリューナは同時にため息を吐く。トールは実際息はしていないのだが。
主に対して絶対の力を授けるというのが本当であれば、その主というのはどう見ても新理愛だろう。現に今も子狐は新理愛の肩に乗っかって、その頬を小さな舌で舐めている。
『新理愛。ちょっといいか?』
『あ、はい。何でしょうか?』
まだであったばかりの少女である新理愛の事を、トールはほとんど知らない。仮に彼女が何かしら心の内に秘めていたとしても、それはトールにはわからない。
しかしこの子狐が力を与えるというのであれば、それは新理愛にとって保険となりえるだろう。同郷の身としては、彼女が少しでも安全になるのであれば、それを伝えておいた方が良いと考えた。
『急にこんなこと言われてもピンとこないだろうが、一応伝えておいた方がいいと思ってな。その、そこにいる子狐の事なんだが』
『この子がどうかしたんですか?』
肩に乗っかっていた子狐を新理愛は両手でつかむと、その胸元へと持っていく。そして背中を撫で始めると、子狐は気持ちよさそうに目をつむった。
『まだこの世界に来て何もわからない状態だと思うんだが、その子狐はただの狐じゃなさそうだ。この世界で精霊種と呼ばれる生き物みたいなんだ』
『精霊、ですか?』
『ああ。まあ、言葉の意味はあっちとこっちじゃ違いはあるだろうから、向こうでいう精霊とは異なるとは思うんだが。で、その精霊種なんだが、実は主に強大な力を与えるという謂われを持っているみたいだ』
『強大な力……?』
新理愛はその言葉を聞いてキョトンとした表情を浮かべ、撫でられて気持ちよさそうにしている子狐を見る。
まあ、普通はそういう反応だよなとトールは内心で苦笑いである。貴方には特別な力があります、なんてものはどう考えても詐欺だ。そんな事を自分が聞いたら、なにこの頭おかしい人である。
だが、今のところ≪知識の泉≫は足りないことは多いが、間違った情報を答えたことがないし、リューナの認識が間違っていたという事も少ない。信用に足る情報だろう。
『ぶっちゃけ何言ってんだと思われるかもしれないが、そうみたいなんだよ。精霊種というのは、自分の主に対して強大な力を与える、らしい。俺自身見たことないけどな。で、その主というのは懐き具合を見ても新理愛っぽいんだよ』
『主にって、この子にそんな力があるんですか?』
『らしい。実際どういう風なものかは全くわからないけどな。だからなるべくその子と一緒にいると良い。もしもの時助けになってくれるかもしれない。あと、そのことは出来るだけ秘密にした方がいい。面倒を引き起こすことになる』
まあ、王族が知れば良くて婚姻、悪けりゃ人質取って死ぬまで働かせるだろう。今のところ新理愛はこの世界に知人はいないので、人質というのは有効ではないかもしれないが、少し話をした限りでは善良な性格をしているだろうからそこらの子供でも使えばよいという事になる。
トールはそんな事を考えながら、新理愛に忠告をする。秘密にした方が良いと。
『今のところは言葉が通じないだろうから、あまり気にしなくても良いと思うが。ただ帰れるまでこっちで生活をしないといけないから、言葉も勉強した方がいいだろうし、話せるようになったら注意するといい』
『……はい、わかりました』
帰れるまで、というトールの言葉に新理愛は俯く。
それを見たトールは、しまったと新理愛の方を見る。今わざわざ思い出させるようなことを言う必要はなかったと反省をする。
いつもはフォローしてくれるナーリャ達も、今回に限っては言葉が通じないため出来ない。そのためトールは殊更言葉を選ぶべきだったと。
『悪い、気が回らなかった。少なくともこっちにいる間は俺たちが生活に困らないようにするからな。まあ、大船に乗ったつもりでいてくれ』
意識して明るい声を上げるトール。いつもだったらこれに持ちネタの柄うねうねをするところだが、今はゴーレムに入り込んでいるため出来ない。
『はい、有難う御座います』
そのトールの言葉に対して、新理愛は少し笑顔になって礼を言う。彼女としても、気を使われたのだと思ったのだろう。
トールはもう少し気を付けようと思いながら、新理愛とテントの片づけへと戻っていった。自分の様にある程度納得してこの世界に来たならいざ知らず、彼女は本人の意思と関係なくこちらにやってきている。同情的にもなる。
食事の片づけを終えたナーリャとリューナは、それぞれ空間拡張と重力軽減の魔法陣が刻まれたカバンに魔力補充を行う。カバンに設けられている魔石に蓄えられた魔力は、大体丸2日ほどは持つが、念のために1日一回朝に補充する事にしている。
そのついでと言っては何だが、ナーリャは新理愛の持っている学生カバンにも重力軽減の魔法をかける。教科書の類や小物類等が入っている学生カバンは、それなりの重量を持っていた為、少しでも負担を軽くしようというナーリャの配慮である。
「これでよしっと。大体夜ぐらいまでは持つようにしたから。もしまた重く感じたら言ってね、アリアちゃん」
『はい。あ、本当に軽い……』
トールの通訳の元、コミュニケーションを図りながらナーリャは新理愛へと軽量化の魔法をかけた学生カバンを渡す。その軽さに、新理愛は驚きを隠せなかった。
彼女は何度か魔法というものを目にしたが、それでもまだ驚きをもたらしている。空中に浮く水の球に、重みをほとんど感じなくなったカバン。そして、元人間だという飛び回る杖。良い意味で夢でも見ている気持ちだ。
そうして出発の準備を整えた一行は、森での採取を再開する。ナーリャとリューナ、トールと新理愛のコンビで採取していく。
トールはゴーレムに入りこみ、見た目大男の姿で昨日に採ったトゥルビネの根やエイカンの実といった植物由来の物から、アクアシードやフラムロード等の魔道具に使用できる宝石類も見つかる。
トールはそれらを肩に子狐を載せた新理愛に説明しながら、カバンの中へと入れていった。
『あっちの二人は魔導技師って言ってな。魔法の効果を持つ道具作りを専門にしているんだよ』
トールは採取した素材の説明ついでに、ナーリャとリューナの2人のことも話す。
魔導技師という職業について。ダナンという都市で店を開いていること。その店で扱う商品の在庫がなくなったため、材料を取りに来たこと。
そのトールがしている説明を、新理愛は興味深く聞いている。少し精神的にも余裕が出てきたのであろう。それにここがファンタジーの様に魔法が存在すると知って、少しわくわくした気持ちにもなっていた。
『あの、私にも魔法って使えるんでしょうか?』
そして新理愛がしてきた質問は、当然の物と言えるだろう。誰しも魔法が存在すると知ったら、使ってみたいものだ。
トールはその気持ちが良く分かると同時に、どうなんだろうと疑問を浮かべる。トールの得た知識では、魔法というものは魔力を用いて使用する。そしてその魔力というものは、大気中に存在していると思われる魔素を体内に取り込んで、器官によって変換して作り出している。
そういった事を考えると、その器官が存在しないであろう地球世界の人類は魔法というものが使えないのではないだろうか。
『どうだろうな。魔法というのは……』
トールはそのことについて新理愛に説明する。魔力がないと難しく、それを作り出せるのかが不明だと。
それを聞いてありははちょっとがっかりしていた。その気持ちもトールには良く分かる。なにせ、こちらの世界に来てナーリャ達と出会って早々に、魔法が使えないか試したのである。
結果は駄目。今では自分で魔力を生み出せるまでになっていたが、それでも魔法という現象を発現させることに成功した試しはなかった。
『じゃあ、その魔力というものがあれば使えるかもしれないのですね』
『そうだな。ただ魔力を生成出来ないといけないからなぁ。こっちの人間はそれ用の器官があるらしいから問題なく生成出来ているが、地球の人類にそんな器官が存在するだなんて寡聞に聞いた事が無い。まあ、あとで試してみるといい』
と、そんな話をしていたトールであるが、ふと一つ思いついたことがあった。例によって≪知識の泉≫の存在である。
この機能、様々なものを説明してくれると同時に魔力測定も出来るのである。ナーリャやリューナが4大属性以外にも魔力属性を保有しているというのが分かったのも、実にこれのおかげである。
物は試しと、早速トールは新理愛に対して≪知識の泉≫を発動させる。
…画像参照:………人間規格外種と判断。魔力生成器官が存在しない特異種。また、魔素との適合反応が高い。
むむ、とトールはその≪知識の泉≫の回答を聞いている。魔力生成器官が存在しないというのは事前に予測していた為驚きはない。人類規格外種というのも、まあ言葉は物々しいが分かる。しかし魔素との適合反応が高いというのは少し気になった。一体どういう意味だろうかと。
すぐさま≪知識の泉≫に確認してみるが、返って来た答えはどれも不定名称というものだけだった。魔素との適合反応という言葉でさえそれである。
まったくもって痒い所に手が届かない機能だなと思いつつ、トールは≪知識の泉≫の機能については伏せ、新理愛にやはり魔力は無理そうだと告げる。いきなり貴女を調べましたなんて言われたらいい気分ではないだろうし、何より彼女が敵に回った時ナーリャとリューナが不利になるような情報は伝えない方が良い。
と、そこでトールは自分の考えに違和感を覚える。なぜそこで敵に回るなどど考えるのか。ナーリャとリューナの2人に不利益になるようなことがあれば、それは確かに排除すべきものだとしても。いや、その考え方自体がおかしい。なぜそこまで……
『えっと、トールさん? どうかしましたか?』
黙りこくってしまったトールに、新理愛は声をかける。何かあったのかと。
その声で現実に戻されたトールは、一度気持ち的に頭を振って今の思考を取り除く。何か違和感があったが、今はそれほど感じてはいない。
『ああ、すまない。ちょっと考え事をしていた。それで、まあ魔法は難しいと思うんだ』
『やっぱりそうなんですか。ちょっと残念です』
残念そうな新理愛をしり目に、トールは自分が感じていた違和感を放り採取へと戻る。
森の恵みとは言ったもので、採取は順調に進んでいった。太陽も昇りきり、昼になったところで一行は一旦集合して昼食をとる。そしてまた採取へと戻っていく。
そうして順調に進んでいた採取であったが、ガサリと茂みから音がなったことで中断することとなった。
「ナーリャ、リューナ! 何かいるぞ!」
注意喚起のため、トールは2人に向かって大声を上げる。2人はすぐさまトールの傍へとやってきて、警戒態勢をとった。
トールは新理愛を後ろに下がらせ、茂みの方へと注視する。そしてそれと同時に、何かが数匹茂みから飛び出してきた。
「ちっ!」
トールはゴーレムの後ろ腰に備え付けてあったメイスを取り出す。そしてその飛び出してきたものをメイスで叩きつけた。
飛び出してきた内の一匹はトールのメイスを避けきれず、叩きつけられる結果となる。それは頭を直撃しつぶれ、一目で致命傷だと判断が出来た。
だが他の数匹は、トール達を取り囲むように陣取った。
「狼、か?」
飛び掛かって来たものは頭に2本の角を生やし、口には鋭い牙を持つ狼のような生き物だった。
トールはすぐさま≪知識の泉≫を起動させ、それを確認する。
…画像参照:風浪狗と判断。魔物の一種。角にため込んだ魔素により風を起こし獲物を捕らえ、牙をもってとどめをさす習性をもつ。
トールが≪知識の泉≫にて情報を得ると同時に、風浪狗は頭に備えた角を光らせると、一斉に吠え出した。
それは風を呼び込み、あたりにあった落ち葉を舞い上がらせることになる。
「風浪狗です! 風を呼び込み、獲物を捕らえます!!」
リューナは警戒を呼び掛けるため、相手のことを叫んだ。その情報は先ほどトールが得たものと同様の内容であり、それが間違いでないことをトールは認識する。そしてすぐに自分が叫ぶべきだったなと反省した。
だが今はそんな事を気にしている時ではないと思い立ち、あたりに舞い上がった落ち葉によって塞がれた視界をどうにかしようと考える。
だが相手も待ってくれるはずもなく、落ち葉によってさえぎられた視界外から飛び出してきた。
「vawJ Sszd YwgeC Hma osJ ey TPmTx yAr!」
リューナは手早く魔法を唱えると、自身の手に発生した紫電を風浪狗に向ける。そして紫電は狙いすましたかのように、風浪狗へと一直線に飛び出していった。
流石の風浪狗もそれは避けきれず直撃する。しかし致命傷にはならず、すぐさま起き上がると、落ち葉が舞う奥へと引き込んでいった。




