杖と魔導技師と少女と魔物9
魔法陣で生み出した水球で顔を洗うリューナを見て驚いている新理愛を横に、ナーリャは手早く朝食を作り上げる。持ってきたパンに焼いた肉、野菜を挟んでサンドイッチを作り上げていた。
トールもそれを手伝い、皿を用意して出来上がったサンドイッチを受け取っていく。
「そろそろ出来上がるぞ」
「わかりました」
トールは声を掛けて朝食の準備が出来上がることを伝えると、サンドイッチを載せた皿を敷いた茣蓙の上に置いて行く。そして同時に用意してあった湯を急須に入れ、順次お茶を淹れていく。
リューナは顔を洗い終えると、そのまま茣蓙の方へと向かっていく。それに気が付いた新理愛もまた付いて行った。
「今日サンドイッチだよ」
ナーリャは朝食の支度を終えると、手をぬぐって茣蓙へと座る。トールはその横でふよふよと浮かんでいる。
「お待たせしました」
リューナも茣蓙に座ると、それにつられて新理愛も横へと座った。
「それじゃあ頂きます」
「いただきます」
『あ、頂きます』
同じ意味の、異なる言語で食前の挨拶をして食べ始める。新理愛は二人が何かしらをつぶやいた後に追従する形ではあったが。
トールは言葉が通じないとしても、新理愛はかなり大人しい子だなと感じている。もう少し言葉の通じるトールに、質問攻めするものかと考えていたのだが、今のところその傾向はない。ただ単に、まだ信用されていないだけかもしれないが。
トールは3人が朝食をとっている間に、自分のゴーレムの調整をすることにする。野ざらしで夜放置していたので、少し見ておこうと思っていた。
ぱっと見た感じでは特に問題はなさそうであったが、各部関節等に不備はないか確認をしていく。メンテ用の道具を取り出し、各関節の動きを確認する。結果は今のところ問題なさそうであった。念のために各関節部に潤滑油を点していく。
「そういえば、今日はどうしようか?」
トールが食事をとっている3人の横でゴーレムをいじっていると、ナーリャにそんな声をかけられた。
元々本日の予定は、このまま森で採取を続けて明日街に戻る予定であった。しかし新理愛を見つけたことにより、戻った方がいいのではないかというのがナーリャの意見だ。
それに対して異見を唱えたのはリューナである。店の商品が枯渇気味であり、今回の採取はそれを解消するために素材集めに来たのである。それを途中で切り上げてしまうと、見込んでいた素材数が足りなくなり、もう一度来なくてはならなくなる。そしてそれは、新理愛を保護した状態だと難しくなってしまうだろうとリューナの考えである。
「ですので、アリアさんには申し訳ないのですが、今日1日付き合ってもらった方が、今後のためにもいいのではないかと思うのです」
確かになぁ、とトールも思っている。
今店の経営状態は良好であり、貯蓄も王都への依頼である程度確保できている。しかし店を続けていく上では、信頼というのは重要な要素である。何日も店を閉じていたり店に来ても商品がないのでは、そのうちだれも来なくなってしまうだろう。
『という訳なんだが、どうだろうか。少しでも早く街に行きたいと思っているとは思うんだが』
トールは自分達がここに来た目的と、今の話を新理愛へと伝える。そして自分の希望も同時に伝えた。
内心ではかなり卑怯なやり方であると認識している。そもそも新理愛はこの世界において、トール達の他に頼れる者は存在しない。その状況でトール達がここでやることがあるからまだ戻れないと言えば、新理愛はそれに従うしかないだろうと。
『いえ、私は大丈夫ですから』
新理愛の答えは、やはりというべきかトールの想像通りであった。彼女からしたら、付き従うしかないだろう。
『すまない。後1日だけだから辛抱してほしい』
トールは新理愛の心情も鑑みて謝罪を口にする。
すると逆に新理愛の方が焦ったように首と手を振っていた。
『いえ、皆さんにこうして助けて頂いているわけですから、その程度の事は大丈夫です』
ああ、とトールは考え直す。おそらく年齢はナーリャ達と同じ16くらいだろう、その少女とも呼べる年齢でもかかわらず、かなりしっかりとしているなと。取り乱したりもせず、しっかりと自分の状況を理解しているように見受けられる。そして先ほどは大人しいので黙っているのだ評価していたが、こちらに気を遣っていたのだろうとも。
トールは新理愛に確認した事をナーリャとリューナに告げる。
「それじゃあ今日も森で採取して、明日街に戻るとしよう。彼女は俺と一緒にいてもらった方が、言葉も通じるし何かといいだろう。あと、2人もあまり離れないようにしてくれな」
「うん、分かった」
「ええ、承知しています」
『はい、分かりました』
トールは同じ意味の言葉を翻訳しながら3人へと伝える。そして3人とも異存はなく、同意する。
とりあえず今後の予定を決めた3人と1本は、朝食を終えると準備を始める。トールと新理愛はテントの片づけと荷物整理をし始め、ナーリャとリューナは火元の始末と、食器類の後片付けである。
トールはゴーレムの中へと入り込んで作業を行っていた。それは少しでも操作に慣れたいという思いからであった。
基本考えるだけでゴーレムはその通りに動く。しかしその動きにはやはり多少の誤差が生まれている。簡単に言うと、いきなり身長が伸びた人は、今まで通り動くのは困難になるという事だ。
ある程度は問題なく動ける。しかしそれ以上の咄嗟の動きともなれば、体が付いてこないといった事を、王都での経験から把握していたのである。
『そっちのペグを抜いてもらえるか?』
『ペグ? っていうとこれですか? 分かりました』
テントを保持するロープ、それを止めるペグを抜いてもらうようにトールは新理愛へと頼む。その間にトールは荷物整理をし始める。
しっかりと地面へと打ち付けられたペグを、最初そのまま抜こうとしていたが堅くてできなかったため、新理愛はそのあたりに落ちていた棒を使って抜こうとする。棒をペグへとひっかけ、それを両手でつかんで引っこ抜こうとした。
だが思いのほかしっかりと刺さっているのか、新理愛の力ではペグはびくともしない。すると新理愛の足元に、あの子狐がやって来た。
『? どうしたの?』
新理愛が話しかけると、子狐はクン、と一鳴きする。そしてそのままペグを咥える。
『手伝ってくれるの?』
クン、ともう一鳴きして新理愛に子狐が答える。その可愛らしい姿に、新理愛はなんだかうれしくなる。
そして子狐と一緒にペグを引き抜くと、それはすんなりの抜けた。
『あ……抜けた』
先ほど目一杯力を込めて抜けなかったペグがあっさりと抜けたことに新理愛が驚いていると、子狐は別のペグに向かって走っていく。そしてペグの前に来ると、もう一度クンと鳴く。
『うん、わかった』
子狐が呼んでいると感じた新理愛はすぐにそちらへと向かっていく。そして先ほどと同じようにペグを抜いていった。
そうして当初とは裏腹に、簡単にペグは抜けていきあっさりと全部抜くことに成功していた。
『すごいな、全部抜けてる』
荷物整理を終わらせ戻って来たトールは、新理愛がすべてペグを抜いていることに驚いた。荷物整理は流石に素材の種類が分からないであろう新理愛に任せることが出来ないので、テントのペグ抜きをお願いしていたのだが、結構力仕事のため手早く済ませて手伝おうと考えていたのだが、それも杞憂に終わったようだ。
『はい。この子が手伝ってくれまして』
新理愛は手伝ってくれた子狐の頭を撫でる。子狐はそれを気持ちよさそうに受けていた。
トールはその子狐を見ると、ちょっと気になり始める。その体格はとても小さく、この子狐が新理愛を手伝ったところで特に何も出来なさそうに見える。
子狐に見えて実は全く違う生き物なんじゃないかと疑問に思ったトールは、≪知識の泉≫を使用して子狐の事を調べてみた。
…画像参照:魔素集合体と判断。通称精霊種。魔素が集まり、一定レベルの意識を持った生命体。
そしてその結果を聞いたトールは、思わず子狐を見つめ直した。
魔素の集合体。通称精霊種。
その≪知識の泉≫からもたらされた結果に、トールはどう反応していいかが分からない。端的に言えば、危険なのかどうかも不明だ。
トールは詳細を調べようとし、もう一度≪知識の泉≫へと確認する。
…精霊種:魔素集合体の通称。
…魔素集合体:魔素が集まり、一定レベルの意識を持った生命体。
そして帰って来た答えがこれである。
まったくもって新しい情報を伝えない≪知識の泉≫の回答に対して、トールは内心ため息をつく。どうにも≪知識の泉≫は役に立つのか立たないのか、判断が難しいところだなと。
仕方がないので、一般的に知られているのかをいつもの様にナーリャとリューナに尋ねてみることにした。
「なぁ、ナーリャ。リューナ。ちょっといいか? 精霊種って知ってるか?」
「ん? せいれいしゅ?」
「どうしたんですか、いきなり。一応知識の上ではしっていますが……ってもしかして」
食器を洗っていたナーリャはトールの質問に首をかしげながら答え、リューナは聞かれた内容から何かを察したように子狐の方を見る。
「トールさん。もしかしてその生き物が精霊種だなんてことないですよね?」
「おう、良く分かったな。そうみたいだぞ」
ああ、とリューナは手の甲を額にあて、天を仰いだ。このしゃべる杖には何度も驚かされてきたが、朝からまたしても驚きを提供してくるとは。
リューナが天を仰ぎ始めたことを見たトールは、これまた厄介事かなとちょっと身構える。
「もしかして、なんかまずいものなのか?」
「ああ、いいえ。別段まずいというものではないです。いや、まずいと言えばまずいのかもしれません。ただ、とても、ええ、大変とても珍しいものではありますが」
リューナは一度自分の頬を叩くと、説明をし始めた。
精霊種というのは、ほとんど伝説上で語られる生き物である。それは時に救国の英雄、時には傾国の悪人と共に姿を現し、その強大な力をもって影響を与えてきたものであると。
自らの主を見定め、一度仕えると決めるとその主がどのような人物等は関係なく命令に従うという。そしていくつもの国を救い、国を滅ぼしてきた伝説上の生き物という話である。
「実際の所、最近では伝説ではなく存在するというのが通説になっています。まだ一般的には知られていないとは思いますが、北の帝国の建国に際しても、精霊種が関係していたという証拠が見つかったと聞いたことがあります」
「えっと、つまりこの子狐は国を救ったり、国を滅ぼしたり出来る力を持ってるってことか?」
「伝説が正しければ、ですが」
トールとリューナが子狐の見て慄いている中、ナーリャは何のことだろうと首を傾げ、新理愛は子狐と戯れていた。
新年早々に更新が滞り、申し訳ございません。
現在更新が出来ない日が出てきてしまうと思いますが、何卒宜しくお願い致します。




