杖と魔導技師と少女と魔物7
「以前住んでいた……って」
「その言葉の通りの意味だ。俺は彼女がいた場所に住んでいたことがある」
ナーリャが思わず声を出した内容に、トールは落ち着いた声で返す。以前いた場所だと。
その言葉を聞いたナーリャとリューナは、もう一度驚いた顔をし、互いの方をみて頷きあう。そしてその傍にいた新理愛は、話している言葉が理解できていないため、おろおろとしていた。
「トールさん、住んでいたのですね?」
リューナは確認を込めてそうトールに聞き返す。住んでいた、のかと。
それに対してトールは、ゴーレムの首を縦に振って応えた。
「ああ、そうだ。住んでいたんだよ」
意外と話せる事が多く、規制は案外緩いのなと内心思いながらも、トールはリューナへと返す。
「……トールさん。やはりあなたは元々は人間だったのですね?」
その言葉に、トールは少し驚く。気が付いていたのかと。
ナーリャもまた今日何度目かわからない驚愕の表情を見せていた。
「ちょ、ちょっとリューナちゃん! トールが元々人間だったって、どういう事!?」
「そのままの意味ですよ。今までトールさんと暮らしてきて、いくつか思い当たる節がありました。最初は鉱山ギルドでの話。あれは交渉事にある程度慣れている者の行動をとっていました。知識があるからと言って、出来るものではないでしょう。他にも貴族との交渉や、あの王都でのゴーレムに関する説明の仕方。そのあたりはかなり手馴れているものと見受けられました。そして普段の人間臭さがあれば、もしかしてと思うのもおかしくないでしょう」
リューナは手に持っていた空になった皿を地面に置き、カップのお茶を一飲みして話を続ける。
「以前より不思議に思っていたんですよ。いくら知能がある杖だからと言って、トールさんのそれは人間に近すぎると。すると、元々は人間で、何かしらの要因、思惑といった方がいいかもしれませんが、それがトールさんを杖に変えたのではないかと。違いますか?」
「いや、違わない。そうだな、俺は〇×■▼だった。とこれも駄目だな。まあ、自分に関することや、だれがそうしたかなんて言うのは、この通り言えないんだが、リューナの憶測はあっているよ」
トールは素直に認める。元々は自分が隠していた情報ではないためである。それに、今は新理愛の事も気になっていた。
『すまないな、放っておいた形になって。君の事情に少し関係することだったんだ。それで、君も色々と混乱しているだろうと思うんだが、聞きたい事とかはあるかい?』
『あ、はい。あの、ここは日本じゃないんですよね? だとしたらどこなんでしょうか?』
『先ほども言った通り、ここはファボルの森。クリーオス王国のダナンって街の近くだな。あと、信じられるかどうかわからないが、ここは君の居た世界とは異なる世界だ』
新理愛はトールの説明を聞いて、一瞬黙り込んでしまう。なにを言っているのだというのと、それが何となく理解できてしまうというのが半々である。
『あの、私は帰れるんでしょうか?』
少し黙った後、彼女は意を決してそれを口にする。自分は帰れるのかどうかを。
その答えを持っていないトールは、なんと説明したらよいか少し悩む。そして、ありのままを伝えることにした。
『すまないが、君が帰る手段を俺たちは知らない。ただ、この世界には魔法があるから、それを使って帰る方法があるかもしれない』
新理愛はそのトールの言葉を、少しは覚悟していたが無理だと聞いてしまい目から涙が溢れてきてしまった。そしてそのまま、顔に手を当て、泣き始めた。
「ちょっと、トール! なにをしたの!?」
いきなり泣き始めてしまった新理愛を見て、少し非難めいた感じでナーリャはトールに詰め寄る。
「いや、彼女が帰る手段はあるかと聞いてきたから、俺たちはその手段を知らないと……」
「はぁ。それにしても言い方というものがあるでしょう。確かにそうかも知れませんが、もう少し優しく言ってもいいのでは?」
リューナにも駄目だしされて、トールはちょっと落ち込む。確かにもう少し言い方はあったかもしれないが、下手に希望を抱かせるようなことよりは良いと思ったのだ。
「いや、まあ、そんなんだがな。下手に嘘つくより、いいかと思ったんだが……」
「トールの馬鹿! あのね、アリアちゃん。大丈夫、わたし達がきっと帰る方法を見つけるから」
「ええ。きっと見つけ出して見せます。私達は魔導技師なのですから」
ナーリャとリューナは、泣き出してしまった新理愛に寄り添い、背を撫でで慰める。足元には心配そうに子狐が、新理愛の足に体をこすりつけていた。その横で、トールはやりどころがなく、ゴーレムの頭を掻いている。
そうして暫く泣いていた新理愛であったが、少し落ち着きを取り戻すとナーリャに差し出されたお茶を飲んでいた。
『すみません、いきなり泣いてしまって……』
『気にする必要はない。誰だってこんな状況になれば、そうしてしまうものだよ』
トールはナーリャとリューナに翻訳しながら、慰めるように新理愛に話しかける。ナーリャとリューナもまた、うんうんとうなずいていた。
『それで、ここが異世界だというのですけれど、あなたはなぜ日本語がしゃべれるのですか?』
新理愛は少し落ちついて疑問に思った事をトールに聞く。
それに対して、トールは先ほどナーリャとリューナに伝えた事を新理愛へ話す。元々は日本に住んでいたのと、ある存在によってこの世界に連れてこられたのだという事を。
『俺の場合は、魂だけこっちの世界に来たんだよ。まあ、漫画見たいだよな』
『はぁ』
いまいちピンと来ていない新理愛に、トールは百聞は一見に如かずと思い、ゴーレムの背を開く。そしてその中から本体である杖の姿を現した。
いきなり人の中から杖が飛び出してきたと思った新理愛は、きゃあと悲鳴を上げる。
『これが今の俺の姿だ。杖に宿っていてな。この体は俺が作ったゴーレム、まあロボット見たいなもんだな』
『……なんだか頭が追いつきません。ゴーレムというと、ユダヤ教にある泥人形ですか?』
『ああ、そっちの知識は持っているのか。まあ厳密には違うが、ファンタジーやゲームのゴーレムを思い浮かべてくれればいいと思う。いろんな形があって、それぞれが魔力によって動いている』
『魔力……先ほど魔法がある世界とおっしゃってましたが、これもそうなんですか?』
新理愛は恐る恐るといった体で、トールのゴーレムに触れる。触った感触はもちろん金属に触れたときの少しひんやりとしたものだ。
『ああ、そうだ。この世界の人間は魔力を生み出せて、それをもとに色々な魔法が使える。技術や文化もそれ中心になっていてな……』
トールはかいつまみながら、この世界について知っている事を新理愛へと話す。いきなり色々な情報を聞かされても、おそらくは理解しきれないだろうとは思っていたが、それでも少しでも知っているだけで人間は安心できる生き物だと考えたためである。
そうして、しばらくの間新理愛にこの世界についてレクチャーしていた2人と1本だったが、夜も更けてきたという事で、一旦お開きになる。新理愛については、明日改めて今後どうするかを話し合う事にする。
あたりはすでに陽が落ちて久しく、今はナーリャが作り出した魔法の光があたりを照らしている。その中で、ナーリャはカバンをあさり、一つの石をと取りだしていた。
「じゃあ、結界石を起動するから、トールは気を付けてね」
ナーリャは以前トールが結界を壊したことを思い出し、注意しながら結界石を起動させる。結界石は光出すと、自身を中心に半径数メートルほどの光の幕を作り出した。
その光景を見た新理愛は、わぁ! と言って感動の声を上げていた。そしてその様子を見ていたトールは、最初は俺も驚いたなぁなどとしみじみ感慨にふけっている。
「さて、早速テントを建ててしまいましょうか」
ここ数日雨が続いており、そして今は晴れているがいつまた降るかわからないため、ナーリャ達はテントを建てることにする。
それほど大きくなく、如何にもテントなんか入らなさそうなカバンから、次々と部品が出てくる光景に新理愛は驚きっぱなしである。
『このカバンも魔法が掛かってるんですか? あとさっきの石は?』
『ああ。空間拡張の魔法が掛かっていてな。中は見た目より広いんだよ。後さっきの石は結界石といってな、魔物を近寄らせない効果があるんだ。って、「そういやなんで魔物が近くに来なくなるんだ?」』
トールは新理愛に説明している途中で疑問に思い、ナーリャに尋ねる。今まではそういうものだと思っていたのだが、改めて説明しようとして気になり始めたのである。
「うん? 確か魔物が嫌う魔力を発しているとか聞いたことがあるよ。これがあると、魔物は頭が痛くなるんだって」
「実は良く分かってないんですよね。古来より存在しているらしいのですが、なぜそれが効果があるのかがいまいち不明瞭なんですよ。ただ実証は数えきれないほどありまから、皆分からなくとも使用しているといった感じですね」
ナーリャの説明に、リューナが補足を加える。
「ああ、そうなのか、ありがとう。『まあ、そういう訳で、魔物を近寄らせない効果のある石ってことだな』」
『あ、あの。魔物って……?』
トールは自分が気になった事を確認できてすっきりとした気分で新理愛への説明に戻る。
だが新理愛が気になったのは結界石の原理ではない。魔物という単語だった。
『ああ、魔物っていうのは魔力の元、魔素を体内にため込む性質をもつ生き物の総称だ』
『あの、そういう事ではなくて……』
トールの生物学的な説明に、新理愛は小さく突っ込みを入れる。彼女は魔物というものに脅威があるのかと聞きたかったのだが、引っ込み思案の性格からかうまく言えないでいた。
「さて、テントはこれでいいでしょう。すみませんがトールさんは外でお願いしますね。流石に男性の方が一緒という訳にはいきませんから」
リューナは以前よりトールを男性として扱って来ていたが、さすがに元人間の男性という事が判明した今では、警戒心もすこし大きくなっているようである。
「ああ、それは構わない。まあ、俺は特に寒いとか熱いとか感じないしな」
トールの触覚は基本≪守護者の巨人≫を使用しているとき以外は感じない。あるのは視覚、嗅覚、聴覚であるため、外にいても問題はなかった。少し寂しいのだが。
「それじゃ、お休みトール」
「おやすみなさい、トールさん」
『え? あの、お休みなさい』
ナーリャとリューナはトールに就寝の挨拶を言ってテントに入っていく。新理愛はナーリャ達に引っ張られてテントに連れていかれ、そこから寝るのだと思いトールに挨拶をしていった。
「ああ、お休み」
トールは一人、というか1本外に取り残される。いや、トールの下にはずっと付いてきている子狐が丸まってすでに寝入っていたので1本と1匹であったのであるが。




