杖と魔導技師と少女と魔物6
少女はゆっくりと目を開くと、少し視線を彷徨わせた後にガバッと起き上がった。そして近くにいたリューナとトールを見かけると、少し怯えた表情で話しかけてきた。
『あ、その、ここはどこでしょうか?』
その言葉にリューナは首をかしげる。なにを言っているか理解できなかったためだ。
「えっと、大丈夫ですか? その、私の言葉が分かりますか?」
リューナはゆっくりとその少女に語り掛ける。
しかしその少女はリューナの言葉を聞いて驚いた表情を見せ、そして俯いた。
『どうしよう……人が見つかったのに。やっぱりここは違うんだ……』
少女は呟き、落ち込んだ顔となる。
少し困った顔リューナであるが、トールがリューナに代わって少女に話しかけた。
『この言葉なら分かるか?』
意識して杖の機能と思われる翻訳をしないようにして、日本語でトールは話しかける。
その声を聴いた瞬間、少女は勢いよく顔を上げて先ほど話しかけてきた鎧姿の男に話しかけた。
『はい! わかります! ああ、良かった……』
言葉が通ると分かり安心したのか、少女はボロボロと泣き始める。
その様子を見てトールは、何となく事情を察して少女の頭をなでる。そうして泣き止むまでつづける。
「トールさん、彼女の言葉が分かるのですか?」
「ああ。以前からよく知っている言葉だよ」
トールは少女を撫でながらリューナに答える。とてもよく知っている言語だった。
「はい、お茶がはいったよ。どうぞ」
しばらくトールが少女をなだめていると、火の番をしていたナーリャがカップをもってやってくる。そこにはお湯で入れたお茶が、湯気を立てて入っていた。
それを少女に笑顔で差し出すと、少女は一瞬逡巡したが恐る恐るといった体で受け取り、一口飲んだ。
『おいしい……』
ゆっくりと冷ましながら飲む少女に対し、トールはもう大丈夫そうだなと思い立ち上がる。
「色々と聞きたいこともあるだろうが、とりあえず食事にしないか?」
「ええ、そうですね」
「うん。今よそっちゃうからちょっと待っててね」
トールは適当に見つけてきた倒木を引っ張り、焚き木の近くに椅子替わりに置く。その様子を見て、大きな木を一人で引っ張ってきたトールに、少女は驚きの表情をしていた。
その間ナーリャは自分とリューナ、そして予備の皿を取り出すと、出来上がったスープを注いでいく。それとパンを皆に配ると、最後に自分の分を用意してトールが用意した木に腰を掛けた。
「それじゃあ、頂きます」
「頂きます」
ナーリャとリューナはそのまま食事をとり始めたが、少女はそれを手にしたまま口にしようとしていなかった。
『とりあえず腹が減ってはとも言うし、食べた方がいいぞ』
『あ、はい。いただきます』
トールに促され、少女は恐る恐るといった感じでスープを食べ始める。そしてやはり空腹であったのか、食べる勢いは徐々に増していった。
その食べっぷりを見て、ナーリャとリューナはとりあえず大丈夫そうだと思い、自分の食事を続ける。
「さて、それじゃあ自己紹介をしなきゃね。わたしはナーリャ」
「私はリューナと申します」
2人がそれぞれ自己紹介をし、それをトールが日本語に訳していく。
『で、俺はトールだ。フルネームは森宮透だ』
『はい、私は早見、えっとその……新理愛と言います』
最後自分の名前を名乗るとき、少し言いずらそうに少女、新理愛は話す。
というのも、彼女は自分の名前が好きではなかったためである。日本人らしからぬ名前で、自分には似合っていないという劣等感を持っていたのだ。
トールは新理愛の態度が少し気になりはしたが、新理愛のいった言葉を2人へと伝えていく。
「じゃあ、アリアちゃんだね。よろしくね」
「よろしくお願いします、アリアさん」
2人はそのあたりは特に気にならなかった様で、新理愛に手を差し伸べて握手をする。新理愛も少し戸惑い、何か言いたそうにしていたが、結局のところ黙ってそれに応えていた。
「さて、色々と聞きたいことがあるのですけれども、まずアリアさんはどちらから来たのですか?」
『あの、私にも良く分からないんですが、気が付いたらこの森の中にいて。家に帰る途中だったはずなんです』
トールの通訳の元、ナーリャとリューナは新理愛に話を聞いて行く。
彼女の説明は、簡潔で家に帰ろうと歩いていると気が付いたらここにいたという。そして二日ほど歩き回っていたらしく、道中木の実などで水分を補給していたが、さすがに体力の限界がきて倒れたのだと。
『それで、ここはどこなんでしょうか?』
「ここはファボルの森の中だよ。わたし達は材料を色々と採りに、近くにあるダナンの街ここに来ていたんだけど、そこでこのちっちゃいのに連れられるような形でアリアちゃんを見つけたの」
ナーリャは子狐を指で指しながら、新理愛に状況を伝える。
新理愛は今まで近くにいた子狐に今気が付いたらしく、ちょっとびっくりしていた。
『この子が……ありがとう』
新理愛は子狐の頭を撫でようとして、ゆっくりと手を伸ばす。それを甘受して、子狐は頭を撫でさせていた。
「家に帰る途中だったと言いますが、街の名前は?」
『え? あ、はい。東京の港区なんですけど……日本という国の』
「えっと、◇●の国にある×▼の□●という場所、なんだが……だめか。『すまないが分かりやすく単語で2人に伝えてもらえないか?』」
『え? えっと、「ニホン、トウキョウ、ミナトク」』
トールはそれを訳して伝えようとする。がそこで日本、東京、港区という言葉に規制がかかり意味の無い音に置き換えられてしまう。そこでトールは、新理愛に頼んで自分の口で伝えてもらうようにお願いし、新理愛は少し困惑しながらも、その通りに話す。
そのトールの翻訳に、ナーリャは首をかしげるがリューナは何か納得がいったという顔をしていた。
「ニホン、トウキョウ、ミナトクですか。ニホンが国の名前でしょうか? 他は街の名ですかね」
「ああ、そうだ。トウの方は都市名でクの方はその都市のひとつの区画を表わしている。俺は発音出来ないみたいだからな。彼女に伝えてもらえるよう頼んだ」
「トールが発音できない? それって、トールを作った人が何らかの規制をかけてるって話だったよね?」
ナーリャはトールが過去に何度か話すことが出来ない事があったのを思い出していた。出会って間もないころから今まで、何度かそういう事を見てきていたのだ。
「アリアさんはニホンという国のトウキョウという都市のミナトクという区域に住んでいたという事ですね。ふむ、私は聞いたことがない場所ですが、ナーリャさんはどうですか?」
「わたしも聞いたことないなぁ。このあたりじゃないのかも。そうすると、その場所からここまで飛ばされてきたってことだよね?」
リューナに聞かれて、ナーリャも聞いたことがない場所だと答える。
と、そこでトールが口、はないが話しかけた。
「ああ、そうだろうな。この世界において知っている人間は限られるだろう。というか、知っている人間がいるのかも怪しい」
「……では、なぜトールさんはその知っている人間がいるかも怪しい情報を持っているんです?」
当然の疑問であろう。トール自身が知っている人間はいないという情報に対して、なぜそれを知りえているのかというのは。
トールは一瞬間をおいてから、2人に語り掛ける様に話始めた。
「彼女がもともといた場所は、おそらく以前俺が住んでいた場所と同じところだ」




