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杖と魔導技師と少女と魔物5

 

 飛び出してきた子狐は、そのままトールの周りを駆ける。その光景に振り上げた拳を一度彷徨わせて、トールはそのままおろした。


「狐だな、こりゃ」


 トールは害はないと判断して、そうナーリャとリューナに声をかける。


「まだ分かりませんよ、トールさん。魔物の可能性もありますから、油断はしないで下さい」


「ちっちゃくてかわいいね。だけど見たことない生き物だね」


 リューナは警戒を解かないようトールへと言うが、ナーリャは既に解いた様子で子狐に歩み寄っている。

 その様子に、リューナはため息を一つ着くと子狐の傍によって行くナーリャのローブを掴んで止めた。


「ナーリャさん、迂闊すぎます。もう少し警戒してください。確かに見たことのない生き物ですが、だからこそ小さくても気を付けるべきです」


 そうしてナーリャを止めたリューナに対して、トールの周りを走りまわっていた子狐は方向を変えて駆け寄っていく。そして警戒するリューナの前で止まり腰をおろすと、首傾げた。


「わぁ! かわいいねぇ、リューナちゃん」


「う……」


 愛くるしい所作をリューナにも見せていた子狐であったが、その後立ち上がって飛び出してきた木陰の方へと駆け寄る。そして木陰の前で一度クン、と鳴き声を上げた。


「どうしたんだろ?」


 木陰の前で鳴いた子狐は、その後も何度か鳴き声を上げる。

 その様子が気になったナーリャは、ゆっくりと子狐の方へと近づいて行く。


「ですから、ああ、もう。トールさん、お願いします」


「ああ、分かった」


 ほとんど警戒もなく近づいて行くナーリャに、リューナは仕方がないとトールに声をかけて一緒に付いていくように頼む。

 子狐はナーリャが近づいてきたのを確認すると、木陰の奥に入り込んで、もう一度鳴き声を上げた。


「なんだかついて来いって言ってるみたい」


「……どうしましょう、トールさん」


「行ってみるか。やばかったら≪守護者の巨人≫で守るから、傍にいてくれ」


 トールのゴーレムの横にナーリャとリューナは寄る。そして子狐が鳴き声を上げた方へと向かっていった。

 木陰の奥に入ると、鬱蒼とした木々と背の高めな草などで埋め尽くされており、トールはそれをかき分けて2人が歩きやすいようにしていく。

 子狐の鳴き声は常に一定の距離が離れたところから聞こえており、子狐も移動しているのが分かる。その後に付いて行く形で森の中を進んでいくと、少し開けた場所に出る。

 そしてその開けた場所の中心にある樹の根本に、先ほどの子狐と何かがあるのが見える。


「人、か?」


 日も暮れ始めあたりが暗く、トールにははっきりと確認できないが、どうにも倒れている人のようであった。

 トールはゆっくりとその人影に近づいて行こうとするが、ナーリャに止められた。


「ちょっと待って、トール。『vawJ oYc WaUC HOYJ WaUJ qyr yAr』」


 ナーリャは呪文を唱え、光る球を生み出す。その明かりはこの開けた場所を照らすのには十分な光量を持っていた。


「これでよし、っと。行こう」


 明かりを得て、ナーリャとリューナはその人影に近づいて行こうとする。だが、トールは動かなかった。


「どうしたの、トール? 早く助けないと」


「? どうかしましたか、トールさん?」


 2人に声をかけられてもなお、トールはその場から動かない。

 トールの視線は、先ほどまで暗がりで見えなかった倒れている人、少女を向いている。


「ちょっと待て。何だ? いや、でも……」


 トールは独り言を呟きながら、まだ立ち尽くしている。一見ただの鎧男が立っているだけの様に見えるが、ナーリャとリューナにはトールが動揺しているのが分かった。


「トール!」


「! ああ、すまない2人とも」


 何度か声をかけても反応しないトールに、ナーリャは大きめの声で呼びかける。それでようやく気が付いたトールは、2人に謝罪する。


「どうしたんですか、トールさん。何か気になることでも?」


「ああ、そうだな。まずは確認してみないことにはしょうがないか。悪かった。行こう」


 トールはそういうと、倒れている少女の方へと向かっていく。その後にナーリャとリューナも続いた。

 近くまでやって来たトールは、その少女を見てやっぱりだと確信した。

 黒の長い髪で顔はうつ伏せになっていてよく見えない。しかしその着ている服がトールに衝撃を与えていた。どう見ても現代日本におけるブレザーと言われるものだ。そして少女の直ぐ傍には、学生カバンと思しきものが落ちていた。


「大丈夫ですか? しっかりしてください」


 ナーリャは倒れている少女の上半身を起こす。そして呼吸があることを確かめると、少しほっとした表情となる。


「息はしているみたい。ただ所々怪我しているみたいだから、治療してあげよう」


「分かりました。野営場所まで連れていきましょう。トールさん、お願いできますか?」


「ああ、分かった」


 トールは近くにあった学生カバンを持ち、その黒髪の少女を抱える。そしてそのまま来た道を引き返していった。その後ろには、先ほどの子狐もついてきていた。


「私は彼女を診ていますので、ナーリャさんは食事の支度を、トールさんはその手伝いをお願いします」


「うん、分かったよ」


「了解」


 先ほど採取物をまとめていた場所まで戻ると、手早く素材類をしまってトール達は野営の準備に取り掛かった。ナーリャはカバンから鍋を取り出して、近くの木や石で火を起こす準備をする。トールは少し離れた場所で薪木を採ってきていた。

 リューナは倒れていた少女を一度診て、持ってきていたペリエ薬で治療を施す。幸いにもほとんどかすり傷程度であったため、すぐさま傷口はふさがれていった。


「こちらは大丈夫ですね。ナーリャさん、お手伝いします」


「ありがと、リューナちゃん」


 とりあえず少女の治療を終えたリューナは、彼女を横にして安静にさせるとナーリャの手伝いに向かう。少女の直ぐ傍では、先ほどの子狐がおとなしく座り込んでいた。

 ナーリャは焚き木の準備を済ませると、そこに魔法の水筒で水を張った鍋を設置する。そしてトールが集めてきた薪枝を入れて魔法で火をつけた。


「今日はスープ、といってもいつもだね」


 ナーリャは手馴れた様子で中に食材と調味料を入れていく。基本的には持ってきた野菜や干し肉、そして塩や香草に香辛料等である。

 他にはこれまた持ってきたパンに木皿を用意していく。


「それにしても、この子どこから来たんだろう?」


 ナーリャは鍋をかき混ぜながら、そうつぶやく。こんな森の中で一人、少女が倒れているのが不思議だった。


「さて、見たこともない服を着ていますし、カバンもかなり精巧に作られたもののようです。というか材料がいまいちわかりません」


 リューナはトールが少女と共に持ってきたカバンに目を向ける。革製でも布製でもないカバンに、リューナは少し興味があった。


「あれはナイロン製だな、たぶんっと。これは話せるのか」


「ないろん? 何ですかそれは」


 トールはナイロンという単語が規制がかかってないことに興味を抱く。今まで日本や自分の前世に関する情報は、杖の機能か話すと別の音に変換されてしまっていた。

 さて、どこまで話しをしても大丈夫かなと今までろくに試していなかった事に気が付き、どうせなら今試すかと考える。


「合成樹脂の一種だな。主に石油から作られるって話だが、製法のあたりは良く知らない。水に強くそれなりの強度を持っているため、こういったカバンや衣類なんかにもよく使われていたんだよ」


「ごうせいじゅし? せきゆ、ですか。今いちピンときませんね」


「樹脂っていうのは、ある特定の樹なんかを傷つけたりすると出てくる分泌液のことだな。スライムの粘液に似ていて、ほっておくと固くなったりするものだ。それを人工的に作り出したのが合成樹脂。まあ、正確には天然樹脂の成分まんまってわけじゃなくて、似たような性質ってだけだがな。後石油っていうのは、まあ、燃える泥みたいなものだな。基本的には地中深くにたまっていて、それから様々なものを作り出すことが出来る」


 トールは前世の知識を思い出しながらリューナに説明する。とはいっても、トールはこの手の材料系はある程度の知識しかなく、ましてや製法や化学式などの知識はない。あくまで一般的なものである。


「……駄目ですね。私の基礎知識が足りていないため、ほとんど理解できません。燃える泥、というと南の方にそのようなものがあるとは聞いたことがありますが、臭くて近づけたものではないという話でした」


「ああ、それかもしれないな。やっぱりあるのか」


 トールは今話をした事が規制に引っかからなかったのが分かり、少し把握する。この規制はトール個人の前世に関する情報と、あの応接間のような場所であったアイニスのような存在について話をすると、引っかかるようだ。技術的な話では、特に引っかかることは今のところ見受けられない。


「しかしその情報も≪知識の泉≫というものから得たのですか?」


「いや、以前から知っていた」


「……知っていた。やはりトールさんは……」


 リューナが気付き、トールへと問いかけようとした時、クンと鳴き声が聞こえた。

 その鳴き声の方を見ると、ちょうど少女が目を覚ます瞬間であった。



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