杖と魔導技師と少女と魔物4
新年明けましておめでとう御座います。
本年も本作をご愛読の程、宜しくお願いいたします。
トール達が準備を始めた次の日、天気は生憎の雨であった。そこまで強いものではなく、パラパラといった感じで雨は降り注いでいる。
「準備はいいよ」
「では、行きましょうか」
「ああ、向かうとするか」
朝2人と1本は、家の鍵も閉めてファボルの森へと採取へと向かうべく戸締りをしていた。
ナーリャとリューナはいつも着ている緑色のローブ姿であり、トールは王都へ出向いた際に使用していた黒い全身鎧を纏ったゴーレムに乗り込んでいる。荷物は例によって空間拡張と重量軽減の魔法陣を使用したものを、トールが背負っていた。
「雨か。森に着くまで止むと良いんだがな」
「そうだね。さすがに雨の中森に行くのはやだなぁ」
「こればっかりは仕方がありませんよ」
トール達は思い思い話をしながら、ダナンの街の東側外周へと向かう。
道すがらすれ違う人も多く、彼らは雨避けにローブを纏っているのが見かけられる。対して傘の類は全く見られない。
以前にトールは疑問に思った事があり、ナーリャに聞いてみたところ雨避けに傘は無いのだという。ほとんどがローブをカッパ替わりに使用して雨を防ぐのだという。ナーリャ曰く、それだと手が使えないよとの事である。
「お疲れ様です」
ナーリャは門番に一言声をかけて、トール達は街の東門を通って外へと出ていく。小雨ではあったが、王都からの行商人と思しき荷馬車が多く門の前へと集まっている。荷には幌を掛けているものが多く、御者自身はローブを纏っていた。
それらを横目に、トール達は森への道を進んでいこうとする。だが幾人か知り合いの業者が居たので、ナーリャとリューナは時々足どまり挨拶をする。
あらかた挨拶が済むと、改めて2人と1本は進んでいった。
「案外知り合いが多いんだな」
「なにそれ、ひどい。わたしにだって知り合いくらいいるよ」
「いや、そういう事じゃなくてな。行商人にも結構な知り合いがいるんだなって思ったんだよ」
ナーリャとリューナが挨拶をした行商人たちの中にも、トールも顔を見たことがある人が一人いた。彼らは薬の効果が高いと評判を聞きつけて、王都よりナーリャの店「流れる羽」に買い付けに来ていたのである。
「なんで効果が高いんだろう? リューナちゃん解る?」
「私にもわかりません。ペリエ薬でしたら一人でも作れましたが、そんなに効果は高くなかったと思いますよ」
通常のペリエ薬の効果は、かすり傷の治癒速度を高めるといったものである。決して剣で切られた傷をすぐにふさぐといった効果はない。
「そのあたりも調べておいた方がいいだろうけどな。如何せん俺にも薬の知識は無いからなぁ」
トールはペリエ薬の効果が普通の物と比べて高いと聞いて、≪知識の泉≫を使用して調べたことがあった。しかし返って来た答えは、通常のペリエ薬と同様の内容であったのだ。
「近々薬師の方に相談してみましょうか。後は教会ですかね」
「教会? なんでだ?」
「教会には癒し手がいますから。何か知っていることもあるでしょう」
「癒し手?」
「癒し手っていうのは、魔法で治療する人のことだよ。基本教会にしかいないから、相談してみるのも良いと思うよ」
トールは癒し手という言葉を初めて聞く。
それを聞いて、魔法がある世界なのだから治癒魔法もあって当然かと思ったが、一つ疑問が浮かんでくる。
「治療する魔法って、属性はなんなんだ?」
「属性、ですか。そういえば知りませんね。教会独自の技術体系としか知りません。なので教会しか癒し手はいないのです」
技術の独占、というものである。
トールは≪知識の泉≫に聞いてみるかと思い、起動させる。
…癒し手:魔力を用いて怪我や病気の治療を行う人の総称
返って来た答えに、トールはそれは分かっていると突っ込む。そして検索単語を変えていくつか試してみることにした。そして一つ答えが返って来た。
…治癒魔法:魔力を体内に作用させて治療を行う古語魔法。古来よりこの世界に存在した技術体系であり、属性魔法とは異なる。
おっと、とトールは思う。≪知識の泉≫から返って来た答えは、属性魔法以外の魔法とのことだ。
トールはこの世界にきて今まで魔法と言えば属性がある物だと認識してきた。事実ナーリャやリューナといった魔法を扱う人々に聞いた限りでは、その認識で間違っていなかったはずである。
だが、≪知識の泉≫から返って来たは異なる物で、治癒魔法は古語魔法と言うものだという。
散り合えずトールは、その古語魔法を≪知識の泉≫に聞いてみることにした。
…古語魔法:属性魔法が確立する以前より存在する、魔力を扱う技法。◇▼×〇の影響下になく、各派閥ごとの独自の技術体系。
ああ、とトールはまたも悩む。
属性魔法以外の技術体系という事は、8大属性以外の要素が魔法にはあるという事になる。それに規制がかかって判別不明の用語が含まれていることも気になっていた。またもや自分やこの世界に知られたくない事が出てきたのかと。
「なあ、2人とも。属性魔法以外、古語魔法っていうの知っているか?」
トールはナーリャとリューナ、二人に問いかける。この情報は一般的に知られている物なのかと。
「古語魔法? わたしは知らないよ」
「いえ、聞いたことは無いですね」
その2人の答えに、トールは一般的な知識ではないことを把握する。少なくとも、隠されているかよほど専門的な知識だと。
「俺もさっき知ったばかりだが、この世界には属性を扱う魔法の他にもあるようだ。それが古語魔法と呼ばれている。おそらく癒し手が使う治癒魔法もその一つだな」
「へぇ~。そんなのがあるんだ」
「……はぁ」
トールの答えにナーリャは感心した声をあげ、リューナはため息をつく。また一つ秘密を知ってしまったと。
「トールさん、分かってはいると思いますが……」
「ああ。他言はしないよ。下手に教会に目をつけられたら厄介だ。ちなみに教会は、癒し手についてどう言っているんだ?」
「神の奇跡だと」
ああ、やっぱりとトールは思う。この奇跡が魔法で、古代より続く技術の賜物だと言いふらそうものなら、即刻教会に敵認定されるだろうと。
「了解、把握した。気を付けるよ」
「ええ、是非そうしてください」
トールとリューナが納得しあっている中、ナーリャは何の事だと首をかしげる。トールはその様子をみて、ナーリャに事情を話す。外に漏らすと教会から敵認定されかねないことを。
その話を聞いたナーリャは、分かったよとトールに伝える。
「でも、そんなのがあるんだったら、皆に広めればもっと助かる人が増えると思うんだけどな」
「ナーリャ。そりゃあそうかもだけど、それだと教会が食っていけなくなるかもしれんだろ。技術というのは、出来れば独占しておきたいものだよ」
「うん、分かってる。ゴメン、ちょっと変な事言った」
ナーリャも分かっていたのですんなりと引く。流石に今まで守り抜いてきた技術を開示しろとは思わなかった。
そうした会話をしているうちに、空は晴れてきてパラパラと降り続いていた雨がやんできた。
ナーリャとリューナの2人は、かぶっていたローブのフードを取り、髪を整える。トールは特に何も着込んでいない、というか全身鎧のままだったので特に何もしない。
「森に入る前にやんでよかったですね」
「そうだね。ただ地面はぬかるんでるかもだから、注意しないと」
王都へと続く街道を進んでいた一行であったが、森へとつながっている小道に差し掛かりそちらへと歩みを進める。
街道を歩いているときはあたり一面草原と麦畑が広がっていたが、森に向かうにつれそれも徐々に見えなくなる。代わりに見えてくるのは、高く育った樹と、地面には砂利や石などである。そして進むにつれて樹が増え、あたりはほとんど木々で埋め尽くされた光景になっていた。
「このあたりからはもう森ですね。あまり奥の方へは行かないように気を付けましょう」
「うん、そうだね。それじゃ色々と採っていこうか」
森にたどり着いた一行は、トールが持っていた空間拡張バッグをそれぞれが一つ持ち、木々の合間にある植物や木の実などを採り始める。ナーリャとリューナは手馴れたもので、色々と使い道を話しながら仲良く採取をしている。
一方のトールは、まだ各素材の判別がつかない物も多く、少し離れた所で一つ一つ≪知識の泉≫を使って確認していっていた。
(この青い花がトゥルピネか。この根っこが冷気の筒に使えるんだったな。こっちの低い樹になっているのがエイカンの実か。えっと解熱効果があるから、持って行っても損はないよな。後はこっちの樹はリムの樹。これの実は殺菌作用があるらしいし、これも持って行こう)
現物を見て≪知識の泉≫を使って確認し、その使用先を思い浮かべながらトールも採取を進める。採ったものを空間拡張のバッグにどんどんと放りこんでいった。
トールはいくつかの植物をしまいこむと、先に青白い石を見つける。それは木漏れ日の中で薄い光を発していた。
「これは……水石? アクアシードだったか。こんなところで採れる物なんだな」
トールは王都で見たことのある宝石、水属性との相性がいいアクアシードを持ち上げると陽の光に通して見る。トールが持ち上げると、薄く発していた光は収まり、ただの宝石のようになった。
「ああ、消えるのか。確かにこれなら魔力に関係がありますと言われて、納得できるな」
少し不思議な光景を見たトールは、アクアシードをカバンにしまうと採取に戻ることにする。
森の恵みというのは多種多様で、様々なものが見つかる。植物だけでなく、動物や魔物の亡骸から骨や角等、他にも先ほど見つけたアクアシードのような魔力と相性のいい宝石類もあった。
それらを確認しながら、トールはどんどんとカバンの中に納めていく。そうしていつしか陽も傾き始めたころに、ナーリャとリューナの2人と合流した。
「よう、そっちはどうだ?」
「うん、かなりいい感じだよ」
「結構な収穫がありました。この森は本当に豊かですね」
2人と1本はそれぞれ見つけた物を確認し合うため、カバンを開く。
この空間拡張と重力軽減がかかったカバンであるが、当初と比較してかなり改良を施されていた。
一つは取り出し方法である。これはただ単純に空間を拡張しただけのものであると、中が広くなりすぎて口元から手が届かないという問題があった。
それを解決するため、カバンの中の空間を単純に広げるのでなく、方向性を持たせることにしたのだ。つまり高さ方向へは拡張せずに、縦横方向のみに限定したのである。
そしてそれだけだと結局隅の物は取れないので、口を移動できるように魔法陣を改良したのである。このあたりはナーリャとリューナの二人が、楽しそうに改良していた。
そうやって改良したカバンは、2人と1本が中を覗き込みながら中身を確認するのにも便利だった。
「えっと、これがパリス樹の枝で、こっちがペリエ草でこっちがナスィーム草。あとは……」
ナーリャとリューナ、そしてトールは自分達が採った素材を地面に並べて別けていく。そしてある程度まとまったところで、紐で結いで束にしていく。
「よし、こんなもんか」
「そうですね。明日は一日かけて採取すれば当分の量にはなるでしょう」
「結構採れたね。うん、いい感じ」
本日の取れ高に満足し、日も暮れ始めているので野営を始めようとすると、木陰からごそごそと物音がした。
それに反応し、トールはすぐさまナーリャとリューナの前に出る。
「ナーリャ、リューナ。後ろに!」
「うん!」
「はい!」
トールが前に出て、ナーリャとリューナはすぐさま後ろに下がり、トールは飛び出してきたモノを確認しようと、何者かが隠れていると思しき木陰へとゆっくり近づいて行く。
そしてあと数歩の距離までトールが近づいたとき、それは飛び出してきた。
「こ!……の?」
トールは咄嗟に拳を振り上げたが、それを見て動きを止める。
木陰から飛び出してきたのは、一匹の子狐であった。




